第6章 街道の要所エンセナーダ 陸路を行く⑩
「レイズ殿下。」
「なんだ。」
「やはりまずいのではありませんか。」
「何故だ。」
「少なくともクレイ公にはご連絡をしておくべきでしょう。」
レイズ=レークリッドは現公王ロウル=レークリッドの嫡男だった。
「友人のグロウスに会いに行くのに問題は何もないだろう。」
「そういう訳には行きません。相手のグロウス様はクレイ公のご子息であらせられます。先触れも無しにご訪問されるのは問題があるのではありませんか。」
「そういうものか。」
レイズは突然思い立ってガーデニア州太守のカール=クレイ公爵の次男であり既にガーデニア騎士団の大隊長に就いているグロウス=クレイを訪ねてきたのだ。
レイズとグロウスは聖都セイクリッドの貴族の子弟のみが通う幼年学校で知り合った。歳はグロウスが一つ上だったが、すぐに打ち解けて友人となった。グロウスには少し打算があったのかも知れない。公太子であるレイズとの誼を結ぶことは将来的に色々と有利に働くはずだからだ。
カール=クレイ公爵も次男であるグロウスは太守を継ぐことはないのだから広い世界を見せて見聞を広げさせたいとセイクリッドの幼年学校に入れたのだから、公太子と縁が出来たのは目論見通りだっただろう。青年学校も卒業してガーデニアに戻ると直ぐにガーデニア騎士団に中隊長として入団させ、一年も経たずに大隊長に昇任させていた。長男よりも頭もよく剣の腕も優れている次男が可愛くて仕方なかった。
レイズは供回りも連れずにお忍びでの旅だった。一応公王には連絡をしておいたが、付き従うのは公王の親衛隊の副隊長で公太子付のダーク=エルク一人だった。ダークにしても夜中に一人で馬を走らせたレイズを追いかけるのが精いっぱいだったのだ。
「明後日にはエンセナーダに入ります。既にガーデニア州に入ってしまっておりますので私の手の者もおりません。とりあえず街に入りましたら落ち着き先を決めて、私が先触れをしてまいのますので、しばらくはお待ちください。」
レイズはあまり納得は行かなかったがダークのいう事はいつも正しいとも思っていたので言う通りにすることにした。
ロウル公王があまり気に掛けなかったこともありレイズは自由奔放に育ってしまっていた。レイズは18歳になったこの年、御前試合に出場が許されなかったことが不満で仕方なかった。会場に招待もされなかったのだ。実はダークの手配で内密に見に行ったのだが優勝者の他数名には勝てる気がしなかった。自分が強いと思っていたレイズはそれが思い上がりだったと知ったのだ。
父ロウルはひとり息子であるレイズが負けるところを見るに忍びなかったのだろう。それで御前試合に出場させなかったのだ。ロウルはレイズに挫折を経験させることも必要かと思ったのだが自らが出場した御前試合で決勝で負けて味わった挫折感は相当なものだったので、それを息子に味合わせたくはなかった。
翌々日、レイズとダークがエンセナーダに入ると目の前を一台の馬車が相当な速さで横切った。
ダークは(公太子の御前で不敬な)と思うのだが、お忍びなので仕方がない。すると、さっきの馬車よりもさらに早い速度で馬車が横切った。
「ダーク、エンセナーダの馬車はいずれもあのような速さで走っているのか?」
「いいえ、そのようなことは無いと思います。いずれも特別に急いでいる何かの理由があるのでしょう。お気になさるようなことではありません。」
「そういうものか、判った。」
ダークは直ぐにエンセナーダでも高級な宿屋を見つけて公太子を落ち着かせた。グロウスに会えれば黒鷲城に入れるはずだった。ダークはグロウスを訪ねる為にガーデニア騎士団に向かうのだった。




