第2章 アゼリアの狼 再会②
第2章 アゼリアの狼
2 再会②
「大丈夫ですよ、任せて下さい。」
青年はロックの心配する気持ちが伝わった
のか、安心するように云った。ただ、その場
で心配していないのは青年を除いて誰も居な
かった。特に侍従長のレムスは身元不明の青
年に主君であるヴォルフ=ロジックの運命を
委ねるのは通常では考えられないことだった。
それほどまでにレムスは追い詰められていた
のだ。
「全ての創造者であり、全ての決裁者である
ところの偉大なる主アースよ、邪悪なるカー
スの僕である彷徨いし者の魂をここから祓い
たまえ。」
何かの呪文を唱えた後にロックたちにも判
るような言葉で青年が叫んだ途端、先程から
ヴォルフの天蓋つきのベッドの周りを漂って
いた白い物体が吹き消すように消えた。成功
したのだ。
「やったのね。」
レイラが青年に駆け寄った。レムスが直ち
にヴォルフの様子を覗き込んでみると、眠っ
てはいるが、その顔は安らかだった。いまま
で就寝中でさえ苦悶の表情を浮かべることが
多かったのに。
「敵を追い払ったんだな。」
ロックが感心したように青年の手を取って
云った。剣の腕は自信があるが、魔道となる
と完全に専門外だ。全く役に立たない自分が
情けないのだが、青年を見つけてきたのが自
分だったので、少しはヴォルフ伯父の役に立
てたかとほっとしていた。
「もう、大丈夫です。相手の術者には申し訳
なかったのですが、相手が邪神カースを信望
する暗黒教徒だと途中で気が付いたので、こ
ちらは最高神アースの力を借りました。無事
では済まないでしょう。命を落としてしまっ
たかも知れません。」
「そんなことはどうでもいいことです、それ
より我が主はもうこれで大丈夫なのでしょう
か。」
宮廷魔道師や典医たちが手の施し様が無か
ったヴォルフの容態が見る見る内に良くなっ
ていく様を目の当たりにしてレムスの青年に
対する態度は賓客にするそれに変わっていっ
た。
それから、数日ヴォルフは殆ど眠っている
だけだったが、顔色は土色だったのが赤みが
射してきて病人のそれでは無くなって来た。
そして、青年が術者を跳ね返してから3日後
徐にヴォルフは目を覚ました。
「おお、ヴォルフ公、気が付かれました
か。」
「レムスか、儂はどうしておったのだ。何か
嘘のように身体が軽くなっておる。それに腹
が空いたわ、何かスープでも持ってまい
れ。」
「早速お腹が空いた、ですか。」
「おお、ロックか、久しいの。そう云えば数
日前にお前に遭ったような気がするが、あれ
は夢であったか。」
ヴォルフはどうも数日の記憶が混乱してい
るらしい。
「いえ、4日も前から此方に着いていまし
た。」
「やはりそうか、挨拶を交わしたような夢を
見たのかとおもっておったが。それはそうと、
儂はいったい、どうしたというのだ。あれほ
ど重かった体がもうなんともないぞ。」
「ある青年が誰かが仕掛けた魔道の術を破っ
てくれたのです。」
「そうか、その青年が儂を助けてくれたのか。
典医や宮廷魔道師たちはものの役にたたなか
ったものを。その青年は今何処におるのだ。
礼を云いたいのだが。」
「それが、公を救ってくれた後、ドーバの元
に修行に戻ってしまったのです。公がお気付
きになるまで、側に控えるように申したので
すが。」
レムスは青年に縋るように頼んだのだが、
青年は特に特別な事をした思いが無かったの
か、修行の続きをしたい、と云って城から戻
ってしまっていた。
「そうか、では儂の身体が良くなって動ける
ようになったら儂の方から礼を云いに赴こう。
その青年はドーバの弟子なのか。ドーバはア
ドニスに戻ってくれていたのだな。彼の者が
居れば最初から頼んだのだが。あの老人は気
難しいところがあるが、儂の話はよく聞いて
くれる御仁であった。」
ヴォルフは2年前ドーバに助けてもらった
ことがあった。向こうは気まぐれじゃ、と云
って礼も受けずに修行の旅に出てしまった。
一つ借りがあると思っていたのが、今回そ
の弟子に助けられて二つになってしまった。
自ら礼に行かねばならない。心からそう思っ
た。