第十章 アストラッドの悲劇 レシフェの争乱Ⅳ④
「昨夜はちゃんと眠れたかい?」
起きて来たサイレンにルークが声を掛ける。サイレンの屋敷を出てからは出来るだけ急いでレシフェに戻って来たのでちゃんとゆっくり眠ったのは初めてのことだった。
「ルーク様、ありがとうございます。ゆっくりと眠れましたよ」
「様は止めて欲しい、と何度もお願いしていると思うんだが」
「いえ、私を開放してくださった恩人を呼び捨てなどできようもございません」
「それでも様はやっぱり止めて欲しいから、いつかは呼び捨てにしてくれると嬉しいな。さあ、ちょっと街を散策してみようか」
ルークとサイレンは二人でレシフェの街を朝の散歩をすることにした。2月の朝はまだ寒い。ただ空気は澄んでいる、清々しい朝だ。
清々しい街に反してところどころの建物が燃えたり壊されたりしている。それは全てザードファミリーの息のかかった建物だ。
「これがそのドランファミリーという組織の仕業なのですね」
ルークが思うにサイレンには善悪の境が曖昧なところがある。サイレンの感覚で言うと目的を達するために手段を選ばないことは悪ではないのだ。
「そうだね。今のところザードファミリーから手を出してはいない。ドラン側からの一方的な破壊活動を受けているだけなんだよ」
「そうですか。それで私にそのドランファミリーとの抗争を終わらせる手伝いをしろと仰るのですね」
「うん。ここに来る途中、説明した通りだよ」
口では説明していたが、やはり惨状を見せないと説得力がないとルークは思っていた。抗争を、これ以上人が死んだり傷ついたりしないように終わらせたい、その為の力を借りたいのだ。
「判りました、ではルーク様の仰るとおりにしましょう」
「ありがとう、助かるよ」
街を散策したのは正解だった。サイレンは直ぐに納得してくれた。これでなんとかルシアを陰で操っている者を炙り出せそうだ。
「あの」
二人で歩いていると後ろから声を掛けられた。ルークは声を掛けられるまで気が付かなかった。サイレンはどうも気が付いていたようだ。悪意がなさそうなので放置していた、というところか。
「ルーク様ではありませんか?」
声の主が問う。ルークの知り合いか?レシフェには知り合いはい無い筈なので心当たりがなかった。
「そうですが、あなたは?」
「お忘れになられましたか、私はロン=スアル、プレトリアのロン=スアルです」
ルークにはその名に聞き覚えがあった。確かマゼランでの剣士祭で戦ったル=ラオ道場の剣士だったはずだ。試合の後、話しかけられた覚えがあった。
「ああ、ロンさん、お久しぶりですね。マゼランにいらっしゃったあなたがなぜ今レシフェに?」
相手の目的が判らないのでルークは警戒を解かなかった。




