第十章 アストラッドの悲劇 レシフェの争乱Ⅳ
ロックは一見でレフの力量を見切っていた。真剣に戦いたいとは思えなかったのだ。ただ、確かに強い。マゼランの有名道場でも副将なら務まるかも知れない。その程度の腕、ということだ。
戦う前に余程のことが無い限り勝ちが見えてしまったのでロックとしては興ざめしてしまっていた。ロックの触手が動くような相手はなかなか居ない、ということだ。
ただ相手からするとただの若造が生意気な態度で突っ掛かって来た、という風にしか見えない。
「レフ・ガレンだ。覚えなくてもいいがな」
レフとしては目の前の青年がそれほど強いようには見えなかった。ただルシア=ミストから話は聞いていた。
ただ、ロックはあなたより強いと思いますよ、と言われて素直にそうですか、と引き下がるような奴は居ない。
「おい、お前たちしそっちの奴の相手をしておけ。俺の邪魔をするなよ」
レフが配下の者たちに指示する。指示された方もそのつもりだ。知らない男を倒すよりドファミリーの幹部を倒す方がファミリーでの評価が上がるからだ。
少し広めに空けられた場所でロックとレフが対峙する。
「開始、の合図はいるかい?」
「お前も剣士祭の経験者らしいな」
「まあ負けたんで自慢にはならないがな」
「俺もスレイン道場では副将を務めていたが、当時よりも数段強くなった。お前でそれを確認できるのは嬉しいぞ」
レフの自信は崩れていない。剣技もそうだが試合ではなく命のやり取りを『終焉の地』で繰り返してきた実績があるのだ。
基本『終焉の地」の仕事は暗殺だが当然相手が剣士の場合もある。腕に覚えのある剣士たちも数多く葬って来たのだ。
レフは暗殺者としてはシャロン公国直轄の暗殺部隊キル=ホーラのネーズ=カーターとも肩を並べるくらいだと自負していた。
「判ったからさっさと始めよう」
ロックは少し面倒になってきていた。速めに終わらせたい。
ロックの言葉が終らないうちにレフが打ち込んできた。意表をついたつもりなのだ。
しかしロックは動じなかった。剣速で言えばクスイー=ローカスとは比べ物にならない。ロックとしてもクスイーとの稽古はとても有用だったのだ。
レフの剣を余裕で避けてロックが打ち下ろした剣はレフの剣を打ち落としていた。ロックは落とした剣を踏んで自らの剣をレフの首筋に充てる。
「はい、終わり。まだ遣るかい?」
「うっ」
レフは言葉が出ない。なぜ自分の剣が手を離れたのか判らなかった。ロックに強く打たれた訳ではない。軽く当てられた感じしかなかったのに剣は手を離れて落ちた。何が何だか判らなかった。




