第十章 アストラッドの悲劇 レシフェの争乱Ⅲ③
「ルシアとしてもザトロス老師が手伝ってくれているのなら表立って大々的に広めるだろう。その方が手っ取り早い」
ロックの意見はもっともだった。ザトロス老師が出張ってきているのであればロックとルークでは到底太刀打ちできない。ただそこに居るだけで大きな牽制になるのだ。
ルシアがそれをしない、というのであれば本当にザトロス老師は居ないと見てまたが居ない筈だった。
「そうだね、多分それが正解だと思う。と言うことはとりあえずルシアを抑えないといけないね。でも僕はここを離れられないとなると今のところ手の打ちようがないかな」
ルークに妙案は浮かんでいなかった。ザードファミリーの構成員には魔道士と呼べるような人材は皆無だった。それは本来ドラン側にしても同じことだったはずだがルシアの教え子たちが簡単な魔道を使ってザード側の構成員を襲っているのだ。
対抗してザード側にも魔道を教えるといっても、今からでは間に合わないだろう。少し防御系の魔道を身に着けるくらいが精一杯だ。
「カロムさん」
そこへ若い構成員が入り込んできた。
「なんだ、どうした?」
「やられました。今度は第七倉庫です」
先に焼失してしまったのは第八倉庫だった。そこよりは街中に近い。第七倉庫からは既に全員引き上げていて無人だったので人的被害は無いが、やはり食料や日用品が全滅してしまった。
「それと」
「なんだ?」
「ドランファミリーが貧民街で食料を配っているようです」
ザード枷話の食糧庫を焼いた上でドラン側から食料を配ることでザード側が支配していた地域を寝返らそうということだ。
「誰も死んでいないし怪我もしていないのね?」
ルルの関心はそこだけだった。身内が一度に五人も遣られたことが一番応えているのだ。
「はい、無人の倉庫に火がつけられただけです。中の食糧なんかは全滅ですが」
悔しさを滲ませて若い構成員が膝を落とす。
「あいつら何でこんなことを。今まで小競り合いはありましたが人が死んだり大切な食料を焼いてしまったり、そこまでする奴らでもなかったんですが」
その辺りが謎だった。カロムも違和感を覚えると言う。特にファルスが言った『殲滅』という強すぎる言葉が腑に落ちないのだ。
今まで二大ファミリーは東をザードが西をドランが抑えており、地域を分断することで共存してきたのだ。小さなファミリーを吸収したり同盟したりして二大ファミリーの勢力はほぼ拮抗していた。だからこそ特段大きな諍いは怒っていなかったのだ。
それが突然規模としては同程度のザードファミリーを殲滅することに舵を切ってことがどうしても解せなかった。




