第十章 アストラッドの悲劇 レシフェの争乱⑥
そこは普通の建物だった。何かのアジトとも見えない。ただ何かの事務所が入っている建物、と言う感じだ。特に看板は揚ってはいない。
「おい、流石にここで待ってろ。上の人を連れて来てやる」
そう言うと男は中に入って行った。だが直ぐに戻って来た。後ろに居るのが上の人という奴か。
「お前か、ウチに用がある、という奴は」
歳はまだ二十代後半か三十くらいか、いかにもザードファミリーの幹部といういで立ちだ。
「ロック、その人」
「判っている。面白そうな奴だ。話を聞いた後に取っておくさ」
ロックはその男とも戦いたい、という意味だ。魔道よりは剣、それも騎士団員が使うような正規の者ではない邪道の剣。ロックがいままで戦ったことが無い相手で間違いない。
「何の話だ?話を聞いた後、と言ったか?私が何かをお前たちに話すとでも言うのか?」
「質問が多すぎないか?」
「いや寧ろ少ない方だろう。それほどお前たちは異質だ。なぜ二人でこんなところまで来た?」
「まあそう急ぐんじゃないさ。それで中に入れてくれないのか?」
「お前たちが言葉通りであれば、そんな危険な者を中に入れる訳がないだろう」
「だから、そっちの人にも言ったけど話を聞きに来ただけだって」
ロックとしてはただ本心を言っているだけなのだが、普通の感覚で言うと信じられる筈もない。
「本気で行っているのか?」
「本気だよ、なんだったらルークを人質にしてもらってもいい?」
「ロック、それはないよ」
「そうか、それでいいなら応じてもよい」
「えっ」
ルークは抵抗しない。数人がルークを取り囲む。素直に縄を受けている。
「俺も縛ってくれてもいいぜ」
「私たちにも意地はある。人質は一人で十分だよ。では行こうか」
ロックの前を幹部の男が歩いて中へと誘う。勿論後ろのロックへの警戒は全く解かない。ロックはその雰囲気に今まで対戦してきた誰とも違う脅威を感じていた。




