第十章 アストラッドの悲劇 レシフェの争乱③
「ソニー=アレスやアーク=ライザーは友人だぜ」
友人と言うより知人でしかないのではないかとルークは思うのだが口は挟まなかった。
「ソニー様とアーク中隊長か。確かにあの二人は幼馴染だが。ソニー様は今はアストラッドにはいらっしゃらない筈だが」
「ソニーさんとはロスで会いましたよ。あとエンセナーダでも会ったかな。それに最近ならサイレンでも」
「ソニー様とサイレンで会っただと?戻っておられたのか、そんな話は聞いていないが」
「ちょっと急な用事で戻っただけだから。また直ぐにガーデニアに行かれたよ」
「ソニー様はアストラッドには戻られないと思っていたが」
「どうして、ソニーはアストラッドに戻らないんだ?アレス家の嫡男ならいずれ太守を継ぐ身だろう」
ソニーからは少し事情を聞いていたのでロックも理解していたはずだがソニーの立場は少し微妙だ。
「なんだ、友人なのに何も聞いていないのか?」
「いや、少しは聞いているけど彼本人から聞くのと第三者の客観的な意見は少し違うかも知れない、と思ってね」
直接核心を聞かないなんてロックらしくはない、と横でルークも思ったが、いい機会だとそのままにしていた。
「ソニー様の母君は前に亡くなられて今のディーン=アレス侯の後妻サーシャ奥様のご子息パーン様が跡継ぎだと言われているからな」
そんなことを簡単に初対面の自分たちに騎士団員が話してしまうほど一般的に認知されている話、ということなのか。
「それは既成事実なのか?」
「既成事実というか、アストラッドの民はみんなそう思っていると思うぞ」
ソニーがアストラッドに戻りたがらないのは、これが原因か。ある程度は予想していたのだが。
「でもソニーが嫡男であることは変わりがないだろうに。普通ならソニーが跡継ぎだろう」
「そこから先はあまり言いたくないな」
ソニーの母親が死んだことになっている件だろうことは容易に想像できる。毒殺された(実際には死んではいない)母親と同様にアストラッドに居ればソニーも何かの方法で亡き者にされてしまう、ということだろう。
「それで、そのパーンというソニーの義弟はどうなんだ?」
「パーン様は凄く良い方だよ。母親の方は色々と、な」
パーンの母親サーシャは元々アレス侯の弟で毒殺されたキィール=アレスの妻だったのだが、キィールが死んで、アレス侯の正妻だったジェニファーが同様に毒殺されてから後妻に就いた女性だ。アストラッドの民たちも疑惑の目を向けざるを得ない。
そしてその息子であるパーンも色々と偏見の目で見られても仕方ない筈だったが、パーン本人は素直で優しく兄であるソニーを慕っていた。
パーンは臣下にも評判が良かった。勉強熱心で本人としては兄の役に立とうと一生懸命勉学にも武道にも励んでいたのだ。ただ魔道については苦手だった。
アストラッドでは魔道士は少し地位が低かったので太守やその弟が魔道士である必要はないとパーンは思っていたのだ。
「ソニー様よりパン様に太守に座に就いて欲しい、と思っている者は城にも大勢いることは確かではある。そんな折にソニー様はアストラッドを出られたのだ。誰もがもう戻られないと思っていたのだがな」
ソニーも母親のことが無ければアストラッドに戻るつもりも無かったのではないか。




