第九章 杜の国 サイレンの魔女Ⅲ⑥
「アークは?」
そこにはアーク=ライザーの姿が無かった。
「頼みたいことがあったのですが」
「大丈夫です、彼には迎えに行っていただきました」
ノルン老師は何事も無かったかのように言う。
「老師、それは」
「アークさんが行かないと駄目でしょう」
何も前もって打ち合わせしていなかったが、ノルン老師はルークの意図を正確に予見していたのだ。
「そうでしたか、それはありがとうございます」
ロックは不思議そうな顔をしている。ノルン老師がアークに何かを囁いて、その後アークがこの場を離れたのだがロックや他の者には説明が無かったのだ。
「ルーク、どういうことなんだ?」
アークの行動の意味はロックやシェラックにも見えていない。
「そうだね。サイレンには元の封印された状態に戻ってもらった。それは建物の中の時を止める限定的な魔道によってだ。そして元は建物が出たら入った人間の記憶も消えてしまうようになっていたんだけれど、そこは記憶は消されないようにしたんだ」
「なるほど、それでお前の記憶もそのまま、ってことだな」
「そう。そしてノルン老師がアークに迎えに行かせたのはジェニファー=アレス、ソニーの母親です」
「そうか、ということは」
「そうです、彼女をここに連れて来てサイレンに守ってもらう、サイレンにはソニーの母親の守護者としてここで暮らしてもらう、ということです」
大勢の命を奪ったサイレンは犯罪者として断罪される身ではあるが実際にはその証拠などは見つかっていない。行方不明として処理されてしまっているのかも知れない。
サイレンはジェニファーの守護者としての役割を与えられることによって罪一等を減じる、若しくは猶予するということだ。
「では、老師そろそろアークを追いかけないといけないと思うのですが」
レイリク鍾乳洞で氷漬けにされているジェニファーをここまで連れて来るのであれば途中で解けてしまわないように凍結魔道を掛ける必要がある。そして、その公国一の使い手がノルン老師なのだ。
アークはジェニファーを連れ出す下準備の為に先行したがノルン老師を待って凍結魔道を掛けた貰わないと運べない。
「そうですね、では私は行ってきます。ルークさんたちはここで待っていてください。それとシェラック、あなたはもういいですよ、ここにいてもすることが無いでしょう。あなたは貴方の目的のために先を急ぎなさい」
ノルン老師はシェラックに対してだけ言葉が強くなる。師匠と弟子という事では在るのだがルークは少しだけ違和感を覚えた。シェラックの目的も気掛かりだ。グロシア州騎士団の参謀が非公式に訪れたアストラッドで何をしようというのか。
「判りました老師、行ってらっしゃいませ。では私はこれでお暇するとしましょう」
ノルン老師はふっと消えてしまった。
「ちょっと待ってシェラック、君はアストラッドで何をしようとしているんだ?」
その問いにシェラックが素直に答えるとは思っていない。ただその問いは牽制にはなるとルークは考えていた。
「ユスティの見聞を広げる旅を続ける、ってこと以外はも目的なんてありませんよ、ルーク=ロジック。ではまたどこかで会うこともあるでしょう」
「その時は敵として、なんてことは御免だぜ」
ロックが会話の意味はよく判っていないのだが口を挟む。シェラックはまだしもユスティとは敵として相見えたくはないと思っていた。
「そうならないことを祈っていますよ、では」
「ロックさん、ルークさん、またお会いしましょう、それまでお元気で」
ユスティは笑顔で去って行った。




