第九章 杜の国 サイレンの魔女Ⅲ③
「ルークさん」
サイレンがルークに向かって話しかける。その姿は建物の中に居た時とは少し違っていることに、その場にいた全員が気づいていた。
「どうかしましたか、サイレンさん」
返答するルークも当然異変に気が付いている。
「ルークさんのことは覚えていますが」
「はい」
「他のことも思い出しました」
やはりだ。サイレンは封印が解かれて外に出たことによって失われていた、若しくは同じように封印されていた記憶が戻ってしまっている。
「ノルン老師もご無沙汰しておりました」
サイレンはノルン老師に向かって頭を下げる。その姿からは自らを封印した師匠に対する恨みなどは感じ取れない。
「久しぶりですね、サイレン。全て思い出したのですね」
「はい。私が今の姿になった経緯も、そのために師匠にここに封印されたことも全て」
その言葉が終わらない内にノルン老師も含めてそこにいた全ての人々の足元が凍り付いていた。無詠唱であることを含めてその速さは驚異的だ。
「サイレン、何をするのです」
ノルン老師の身体は既に上半身まで凍り付いている。
「今すぐ術を解きなさい。でないと承知しませんよ?」
ノルン老師の声はかなり強めに聞こえる。その声そのものに魔道力が込められているかのようで、逆らえない強制力をもっているようだ。
しかし、周囲の者たちの氷化は止まらなかった。サイレンには通じなかった、ということか。
「承知しないのなら、どうなさるんです?」
サイレンは明らかに挑発している。ノルン老師に対して機先を制することができたことで圧倒的に有利に事を運べるからだ。
返事をする前にノルン老師は完全に凍り付いてしまった。
「サイレン、こんなことは止めるんだ。君にこんなことをさせる為に外に連れ出したわけじゃない」
ルーク以外の全員が完全に凍りついてしまっている。ルークも顔以外は凍っている。
「では、何をさせるつもりで私を外に連れ出してくれたのですか?」
「君に自由を、自由に生きる道を選んで欲しかっただけなんだ。君が犯した罪を君が覚えていないのなら、君がその罪を背負うことは無いと思った。でも全てを思い出して今またこんなことをすると言うのであれば」
「言うのであれば」
「君を元に戻すだけだ」
その意思、その言葉はルーク本人が思っていたよりも強かった。




