第九章 杜の国 サイレンの魔女Ⅱ⑥
「ご無沙汰しておりましたノルン老師。お招きにお応えいただきありがとうございます」
「シェラック=フィット。それとユスティニアヌス=ローラン、でしたか、お久しぶりですね」
氷のノルン。その瞳は深く蒼く、その肌も透き通るほどに蒼かった。数字持ちの魔道士第9位。数字持ちの中で序列第3位である風のフレアとただ二人の女性魔道士になる。
「はい、ご無沙汰をしておりました、老師」
「そして、そちらが?」
「初めまして、ルーク=ロジックと申します。ご無理をお願いして申し訳ありません」
「いいえ、ルーク、我が弟子であるサイレン=ウインドのことですから私が来るのは当然のことです。それに今回のことは私にも責任の一端はあると思いますので」
ノルン老師は色々と事情を知っているようだ。それならば対処方法も知っているかも知れない。
「そうでしたか。それでは何かサイレンがあの建物から出られる方法をご存じなのですか?」
「あれを、サイレンをあそこから出す訳には行かないのです」
「それはどういう意味ですか?」
「そのままの意味ですよ。彼女はあそこから出してはいけない存在なのです」
それからノルン老師はサイレンについて話を始めた。
サイレンがノルン老師の弟子になったのは相当昔の話だった。
サイレンは魔道士としての才に恵まれどんどん実力を付けて行ったが、ノルンはその性格に難があると感じていた。サイレンの魔道を追及する根本は自らの欲望であったのだ。
サイレンの欲望、それは若さと究極の美貌を求めるものだった。その思いがどんどん募っていくのを間近で見ていたノルンはとても危険な物を感じていたのだ。
若返りの魔法については血のブランの研究が進んでいたことをノルンも知っていたが、その方法は許されることではないと思っていた。
サイレンがブランと接触し始めたことを知ったノルンは止めるように言いつけたのだがサイレンは聞かなかった。
結局サイレンを破門、という事になったのだが問題はサイレンがノルンの元を離れても追い求める先は変わらないことだった。
どうしても言うことを聞かないサイレンをただ破門にするだけではなく記憶を一部奪ってこの館に閉じ込めたのだ。
ノルンはサイレンのことを知っているどころか、サイレンを今の状況にした張本人だったのだ。
「では、彼女を外に出す方法は」
「勿論判ります。ただ記憶の操作がどこまでできているか、今も有効なのかどうか、それを確認しないと彼女を外に出す訳には行かないのです」
サイレンが元の記憶を取り戻して元来の目的を果たそうとするのであれば止めなければならない。それは大勢の人間の犠牲の上でしか可能にならないからだ。
「それではノルン老師はサイレンをずっとあの場所に閉じ込めておくつもりだったのですか?」
「そうではありません。彼女の欲望を完全に取り除くことか可能であれば、ただの優秀な魔道士ですから世の役に立つことも可能でしょう」
ルークは少し違和感を感じていた。出会うまでのノルン老師の印象と今目の前で話をしているノルン老師の印象がズレてしまうのだ。勿論実際に会った印象の方が正しいのだろうが、どうもそれがシックリ来ない。
「とりあえず、まずは相談、ってことですね」
ユスティが一応その場を纏めてくれた。




