第九章 杜の国 サイレンの魔女Ⅱ
「私の目的ですか。それが自分でもよく判らないのです。というか覚えていない、というのが正しいのかも知れませんね」
「覚えていない、とはどういう意味だ」
「そのままの意味ですよ」
サイレンは素直にロックに話した。嘘が吐けない、というか嘘を吐いてもロックに見破られてしまうからだ。
サイレンは血のブランという魔道士に自身を若返らせる魔道の研究をさせていた。そしてそれはある程度成功していたのだが継続、と言う部分が完成できなかった。それでサイレンはこの屋敷で時を止めてブランの帰還を待っていたのだ。
それと問題は若返りの魔道の副作用で記憶が飛んでしまっている、ということのようだった。魔道を掛けられた時の事を全く憶えていないのだ。
「ブランが死んだことは?」
「知りませんでした」
「じゃあ、あんたの魔道は完成しないじゃないか」
「そうかも知れません。自分では最早判らないのです。何か足りなかったのか、何が間違っていたのか」
「それとあんたが若返りの魔道を掛けてもらったということはたくさんの血が必要だった、と言うことになるんだが、それは憶えているか?」
「本当に事を言いますと全く覚えていません。それは本当の事なのですか?自らの若返りのための大勢の命を奪ったと?」
「エンセナーダでブランがやっていたことは、そうだったな。それだ俺たちが追い詰めてブランは死んでしまったんだ」
「あなた達がブランを。そうですか、それで私の魔道は完成しなくなってしまったと」
サイレンのその言葉と同時に部屋の温度が急に下がりだした。
「そうなるな。あんたのことは当然知らなかったが大勢の若者の血を集めているブランは野放しにはできなかったから仕方ない」
「そうですね、仕方ありません、あなたは知らなかったのですから。でも私の邪魔をしたことは事実」
「確かに事実だ、それでどうする?」
ロックは挑発している。時を止めてしまうような高位の魔法使いだ、ロックの相手になるかどうか見当が付かない。
ただ、ロックとしてはサイレンが魔道を発動する前にサイレンの首を落とすことなら可能か、などと物騒なことは考えている。
「どうもしませんよ。あなたはやはり怖い人のようです。私では敵わないでしょう」
「そうかい?試してみないと判らないぜ」
「止めておきましょう。素直にルークさんの帰りを待ちます。あなたも良ければここから出て貰ってもいいですよ。私はここから出られませんので」
確かにロックがここでサイレンを見張っておかなければいけない理由は無い。サイレンはここから出られないのだ。だだもし出てしまったらどうなるのかは誰にも判らない。
「それで俺もルークも戻らなければ、あんたは未来永劫この部屋から出られないかも知れないが、それでもいいのか?」
「そうですね、私がなぜ若返りたかったのは今はもう自分でも判りませんが、何か理由があったのだと思います。それが叶わないのであれば、この先生きている意味もないのかも知れません。そう言う意味では、いっそどうなってもいいからここを出る、という事も考えなければなりませんね」
「あんたは、それでもいいのか?」
「いいか、悪いかは判断が付かないのですから仕方ありませんよ。どうぞ、ご自由になさってください」
そうサイレンに言われても、直ぐには出て行く気にはなれないロックだった。




