第九章 杜の国 サイレンの魔女⑥
「飲み食いせずに15年間なんて普通の人間には考えられない」
「私は人間じゃないと?」
「見た目は完璧な人間だよ。でもだからこそ飲み食いしていないことが問題になるんだ。それともう一つ確認してもいいかい?」
「どうぞ?」
「生まれてからずっとここに居る、と言ってたけど、その生まれてからって言うのは自分が赤ん坊の時のことは覚えているかい?」
「いいえ、私は生まれた時にはもうこの身体でしたので赤ん坊の時はありません」
「やっぱり」
何がやっぱりなのか。ルークは何かに気が付いたようだ。
「何がやっぱり?」
「君に掛けられた魔道について、だよ。君はここから出られないと言うより、この部屋の時が止められている、ということなんじゃないかな」
「時が?」
「そう。だから君は何も飲み食いしなくても15年間生きて来られている。ただ15年間という時間の経過をどうして君が認識しているのかは判らないけど」
「それはアレが一日に一回変わるので」
サイレンが指さす先には数字をパタパタと変えていける暦を表示する札があった。年と月と日を示す三つの札が変わるのだと言う。
「確かに今はシャロン公国暦136年12月30日で間違いない。どんな絡繰りなんだろう」
「私にはわかりませんが。それに時折この部屋に来られる方の中に暦を教えてくださる人もいらっしゃいますので」
「なるほど、それで。でも確信できたよ、やはり君には時を止める魔道が掛けられているようだ」
「そうなんですね。もしそうだとすると私は個々から出られないというのは?」
「多分、多分だけど君がこの部屋を出ると時を止める魔道が解けてしまうんじゃないかな」
最初は部屋に魔道が掛けられているのかとも思ったが、それだと暦が動くことの説明が付かない。結局魔道の対象はサイレン本人のようだ。
「では、もし私がこの部屋を出たら?」
「時を止める魔道が解けて一気に君の時が進む、ということかな」
ルークは少し不安になってきた。もしサイレンに掛けられた時を止める魔道が、サイレンのため、だったとしたら。何かの理由があって時を止めてあるのだとしたら。
「一気に、ということは私はお婆ちゃんになってしまうかも知れない、とか」
「そう言うこともあるかも知れないね。でもまた別のことかも知れない」
「別のこと?」
「判らないけど、例えば君が何かの病気で、それを直す方法が見つかるまで君の時を止めてある、とか」
ルークは話していて、本当にそれが正解ではないかと思えてきた。そうだとすると、問題はなぜ魔道を掛けた本人がこの部屋に戻ってこないのか、ということだ。サイレンの病気を治す方法を探す途中で亡くなってしまった、ということだったらもう戻らないだろう。
「サイレン、君はどこか身体の調子が悪かったりしていないか?」
「たまに咳き込むことはありますが。それ以外は特にありません」
ルークがこの部屋に来てからサイレンは咳き込んではいない。それほど酷い病気ではないのか?でもそれなら時を止める必要もなかっただろう。




