第九章 杜の国 サイレンの魔女⑤
「何かの呪いとかなんだろうか。それにここを出たら君のことを忘れてしまうって、それも呪いの一部なのかな」
「そうかも知れません。私には何とも。でも、鈍いなんて、あなたは何かそう言うことに詳しいのですか?」
「ああ、僕は一応魔道士なんだよ、少しなら魔道も使えるし呪いなら解いたこともある。ちょっとまってて」
ルークはそう言うとサイレンの周りを隈なく確認し始めた。そして部屋の隅々も確認する。
「なるほど」
「何か判ったの?」
「少しね。ところで君は一体何者なんだ?」
サイレンはどうみても15~6歳にしか見えない。生まれてからずっと、だとするとその15年間ほどずっと呪われっぱなしということになる。
生まれる前から呪われているとするとサイレン本人のことではないかも知れない。
「何者だと聞かれても私は私だとしか」
「君のご両親は?」
「気が付いた時にはこの部屋に居ました。父や母の顔は覚えていません」
ルークは考え込んでしまった。
「ちょっとか考えさせてくれるかな」
この部屋を出ればサイレンのことを忘れてしまう。となると例えばキスエル老師の力を借りる、とかの手は使えない。
この部屋を出るまでの間に自分だけで解決しないといけないのだ。
ルークが見たところ確かに呪いはある。ただ養父ヴォルフ=ロジックの時とは違い呪いをかけた魔道士の気配が全くなかった。
呪いをかけてから既に15年以上経過しているのだ、既に掛けた本人は死んでしまっている可能性もあった。
その時は呪いは解除されるのが通常なのだが、稀に死後更に強力な呪いに昇華してしまう場合もあるらしい。
もしそうなら術者に呪いを返した養父の時の方法は取れない。最早返す術者が居ないのだ。
「ちょっと聞きたいんだけど」
どうしてもルークは聞かなければいけないことがあった。
「なんでしょう、何でも聞いてください。私に応えられることであれば何でもお応えします」
「君はここでどうして生活しているんだ?食べ物や飲み物はどうしている?」
部屋からは出られない、いつも誰かが来てくれる訳ではない。となるとその辺りのことが全く解決できない。
「食べ物?飲み物?それは何ですか?」
「えっ?何も飲んでないし食べてないってこと?ちょっとまって」
ルークは魔道で飲み物を取り出した。ただし、それは元々ルークが仕込んでいたものを魔道で取り出しただけで、保管してある物が無くなってしまえばそれまでのことだ。
「これを飲んでみて」
「へぇ、これが飲み物っていうものですか」
サイレンは疑いもせずに、そのままルークが出した飲み物を飲んだ。
「あ、美味しい」
味は判るようだ。
「初めての経験です。飲み物ってこんなに美味しいんですね」
「今まで飲んだことは」
「ありません」
「一度も?」
「一度も」
これは呪いの種類が違うのかも知れない。




