第九章 杜の国 サイレンの魔女②
ルークがサイレンの街を一人で歩いていると、本来ならば大勢が行き交う時間帯な筈なのに誰一人いなかった。雪が酷く歩くにも不自由するくらいなのだ。
サイレンは雪は降るには降るが年に一、二度であり積もることも少なかった。街の人々は雪には慣れていないのだ。
本来なら新年を迎えて賑やかな街の筈だったのが、街が死んでいるかのようだ。
「ちょっとあり得ない寒さと雪だな。これは自然の仕業ではないと思うんだが、原因は何処、若しくは誰なんだろう」
ルークはこの雪が人為的なものだと考えていた。ただ街を覆うほどの気象を操る魔道が使える魔道士となると数度持ち魔道士の中にもそうそう居ないと思う。
雪を操るのであれば水や氷の二つ名を持つ水のキスエルと氷のノルンあたり、キスエル老師は考えられない、というかロスでのんびりしているだろあから、可能性があるのは氷のノルンか。
旅の途中で判れたシェラック=フィットの師匠というか後見人であるところの氷のノルンであれば、この状況を作り出すこともできるかも知れない。
シェラックを追っていったジェイはあれ以来戻ってこない。心配しても仕方ないのでロックも何も言わないが、戻ってこない所を見ると死んだ、というか消滅したか、未だシェラックを追っているかのどちらかだと思う。
今回の件にシェラックが噛んでいるとするとノルンの関与も十分疑えると思うのだが今のところ情報が全くないので何とも言えない。
「山から下りて来る風が雪を運んでくるみたいだ。行ってみるかな」
ルークはサイレンの街の北の山に向かった。どうも山から雪が噴き出ているようだ。
山裾に近づくまでは、ほぼ前が見えないほどの吹雪の中を進まなければならなかった。やはり山に近づけば近づくほど雪は酷くなってくる。
ただ、山裾までくれば突然雪が止んだ。山中の少し上のところから雪が噴き出ているからだ。
「あそこか」
ルークは当たりを付けて山を登りだした。20分ほど山を登ると石積みの城壁のような物が見えてきた。砦のようだ。ここからならサイレンの街が一望できる。街を管理するために作られた要塞のようだ。最近は使用されてはいないようで、廃墟の様になっている。
その建物の中の一室から雪が噴き出しているのだ。ルークはその部屋に向かった。
「ここだな」
部屋に入ると、中は割と整っていた。ただ今でも利用されている様子ではない。廃墟は廃墟なのだが、その部屋だけは廃墟らしくなかった。
部屋の中央に丸いテーブルが置かれており、その周りに椅子が全部で四脚置かれている。少し古びた椅子だ。
その一脚に座っている姿があった。
「そこの方、お話をお聞きしたいのですが、よろしいですか?」
ルークが声を掛けてみる。後ろ姿なのでどんな人物なのか全く判らなかったが、ローブを来ている様子から魔道士なのではないかと思われた。
声を掛けられた人物は返事をせずに立ち上がってルークの方を見た。若い女性だ。実年齢は魔道士の場合判らないが、見た目はルークよりも若そうだ。
「どなたですか?」
声を聴くとやはり若い女性に思えた。
「申し遅れました、僕はルーク、ルーク=ロジックといいます」
「ルークさんですか。初めまして、私はサイレン=ウインドと申します」
「サイレンさんですか。この近くの街と同じ名前なのですね。それでお聞きしたいことが有るのですか」
「サイレンは私の名です。あの街の名ではありません」
ルークは『えっ』という表情を浮かべてしまった。相手が不快に思わなければいいのだが。
「そうなのですね。では改めてサイレンさん、お聞きしても?」
「いいですよ、私がお応えできることであれば、何なりと」
「あの街に、僕かあなたの名前と間違ってしまった街に雪を降らせているのはあなたですか?」
サイレンの表情が少し曇った。




