第九章 杜の国 レイリク鍾乳洞⑦
そこには氷壁の中に何かがある、若しくは居るようだった。
「なんだ、あれは?」
「もしかして人間なの?」
それは確かに人の形をしていた。厚い氷に閉ざされて顔まではよく判らなかったが女性のようだ。
「そうだ。あれは」
「それは僕から話そう」
三人の後ろから声がした。聞き知った声だ。
「ソニー、来たのか」
それはソニー=アレスだった。
「ああ、多分君たちがここに来てしまうんじゃないかと思ったからね」
ロックたちの行動などお見通し、という顔だ。
「ルーロの状況も少し聞いていたから、真相を確かめずにはいられないと思ったんだ。当たりだったね」
「なんか付けられていたみたいで嫌だな」
「ロック、そう言うなよ。君たちには僕からちゃんと話したかったんだよ」
「それは判った。で、何を話してくれるんだ」
「取り敢えず外に出ないか?ここは寒すぎるだろう」
一行は元々その場に待機している騎士団員を残して一旦外に出るのだった。
「ああ、やっと寒くなくなった。中があんなに寒いとは知らなかったぞ」
「深いからね。それと寒いからこそ、ということがあるんだよ」
ソニーの表情は明るくなかった。
「それで?」
「ああ、最初から話すよ」
ソニーの話はソニーがまだ10歳の頃に遡る。
当時38歳だったディーン=アレス侯爵は太守の地位を継いでまだ二年目だった。
アストラッド州内の古くからの貴族であるセレン伯爵家の一人娘ジェニファーを正妻に迎え直ぐに跡取りであるソニーも生まれ、前年に先代の急死を受けて太守の地位に順当に付いたのだった。
ただディーンは長男ではあったがその才覚は弟のキィールに劣るとみられていた。時と場合によっては弟のキィールが太守になる可能性もあったのだ。
そんな中での先代の急死は陰で様々な憶測を生んだことは確かだった。




