第八章 剣士祭 剣士祭Ⅳ⑤
今までの闊達な打ち合いが嘘のように二人が動かなくなった。あと一撃で決める、それが共通の認識のようだ。もうそれほど体力も残ってはいないのだ。
動いたのは同時だった。同じように袈裟懸けで二人が打ち込む。その剣が打ち合った瞬間、ロックの剣がほんの少し押された。単純な膂力の問題だった。身体はクリフの方が少し大きい。体重も背丈に合わせて少しだけクリフが重い。ここでの差は、単純にその差だった。
ただ、その差の付け方はクリフが敢えて付けた差だった。それ以外は同等、と認めた差だった。手を抜いていた訳ではないが死に物狂いでもない。ロック=レパードと言う将来有望な剣士をいい方向に導く為だった。
そして試合は決着した。
「そこまで。クリフ=アキューズの勝ち」
審判の宣言を受けてもロックは動けなかった。全てを出し切っていたのだ。そのロックの手をクリフが取って立たせる。クリフにはまだ余力があった、ということだ。
「楽しかったよ」
「楽しかったな」
ロックが真剣に戦って負けたのは師匠との修行以来初めてだった。前回はあくまで様子見だった。クリフもそれを判っていて今日を迎えたのだ。
「また試合えるかな」
「もう私は剣士祭には出ないよ。次やったら君にも負けそうだからね」
冗談とも本気とも変わらない口調でクリフが言う。確かに次はロックの勝ちかも知れない。ただロックにはクリフはまだまだ遠い存在に思えた。
「ロック、惜しくなかったね」
ルークが煽るように言う。
「ああ、まだまだ修行が足りない。ルーク、付き合えよ」
ルークはしまったという顔をした。クリフに到るまでのロックの修行に付き合うことは並大抵のことではない。
これでローカス道場とルトア道場は1勝2敗になった。ローカス道場は後がない。
「アクシズ」
ロックがアクシズに向かって手を合わせて名を呼ぶ。次にアクシズが負ければそれで終わってしまうのだ。
「まあ、怪我をしない程度には頑張るさ」
アクシズはそれだけ言うと中央に出て行った。
「副将戦ローカス道場アクシズ=バレンタイン対ルトア道場タキレア=ローラム、始め」
副将戦が始まった。大きな動きは無い。じっと動かない訳でも無い。タキレアは剣士としては強い部類に入る。特段何かの得意な技が無る訳ではないが外連味の無い戦い方をする。
クリフに修行を付けてもらっている効果が存分に出ていると言っても過言ではない。剣筋はクリフに近い。
「おい、ちょっと拙いぞ」
アクシズの声に少し焦りがある。タキレアの実力を見誤っていたらしい。クリフやリンク=ザードの影に隠れているが副将は伊達ではないのだ。
アクシズがマゼランでも有数の実力を備えていることは確かだが、上には上が居ることも確かだ。そしてタキレアも地味だがその一人なのかもしれない。
「アクシズ、無理か?」
ロックが声を掛ける。ここで負ければクレイオン道場との試合が出来なくなる。
「無理、とは言わないけどな」
アクシズがギアを上げる。それまで侮っていたタキレアを同等若しくは自分以上の剣士として認めたうえで自分の底を上げたのだ。
タキレアの剣は教科書通りの剣だった。クリフの教えを正直に守っているのだ。それだけに剣筋が判り易い。普通であればそれでも十分通用する剣だった。
ただアクシズは意地が悪い。フェイント一つでも普通はあり得ない方向から剣が戻ってくる。正当な試合では在り得ないことの連続だ。タキレアからすると見たこともない剣技についていけなくなる。
「アクシズはこんなこともできるんだな、何者なんだあいつ」
ロックが呆れて言う。
「そこまで、アクシズ=バレンタインの勝ち」
ついにタキレアが対応できなくなって決着が付いた。




