婿入り飯~お姫様即堕ちハッピーエンド~
「あぁっ!もう!」
なんと憂鬱な気分なのだ。
世界中で私だけではないだろうか?明日に控えた自分の結婚式で、こんなにも気分が優れないというのは。
たしかに私にも落ち度があった。
子どもの頃は野山を駆け巡って猪姫と呼ばれ、成長期には男に混じって剣術を習い、国で五指に入る剣士となった。他にも、王女らしからぬ事を色々とした自覚がある。
そのせいで齢十九を過ぎても、一向に嫁の貰い手がないことも、申し訳ないと思っている。
だからといって、流れ者の武人と無理矢理婚約させられるとは何事なのだ。いや、実は東の国の皇族に連なる将軍家の次男という事だから、家格としては問題ないのだけれども。
それでも私だって、アルハイン公爵家の令嬢と大恋愛の末に結婚した兄様や、隣国のネフド王子から熱烈なプロポーズを受けて嫁いでいった姉様に憧れていたのだ。
なのに、私はお父様が決めた相手と結婚。しかも、急な取り決めだったせいで、相手の顔さえ知らないときた。
「納得いかない」
こうなったら、無理矢理にでもこの縁談をブチ壊してやろう。
◆◇◆
とはいえ、刃傷沙汰にするわけにはいかない。結果として、相手が引いてくれるのがベストなのだけれど。
「となると、こちらが嫌がっているという意思を見せ付けるのが効果的ね」
しかし、直接それを伝える機会が、私にはない。いったい、どうすれば…
「そうだ!料理で」
今夜行われる顔合わせで、出される料理に細工して酷い物を出せば、この結婚が望まれたものでない事を向こうも察するはず。
「そうと決まれば、急がなければ!」
まずは、食糧庫へ。
「まずは、これね。」
私は、備蓄されていた米に目をつけた。
この国で穀類といえば、最も高級なのが精製された白い麦パン。次いで、混ざり物の多い黒麦パン。最後が、ドロドロの米粥となる。
米は、国民にあまり馴染みがないが、土地面積あたりの収穫量が多いため、非常用作物として一定量が栽培されているのだ。
幼い頃、試しに米粥を食べてみたが、パンと比べて味気なく、まさに非常用という感じがしたのを覚えている。
「今回は、さらに手を加えてやるわ」
ただでさえ食べ馴れないお米だが、今回は粥にするどころか、水気がなくなり粒が固くなるまで炊きあげる。
すると、粘り気が出て器に貼り付く、とても食べづらい状態になるのだ。
「よし、次ね」
調理場の隅である物を見つけた。
料理人が試作で作ったカツオの燻製だが、カビが生えて固くなってしまい、放置されていたものだ。
「さすがにカビが生えたものは…いえ、私の一生が掛かっているのだから!ここは心を鬼にして」
とはいえ、相手に倒れられても不味いので、表面を削って鍋で煮沸消毒する事にする。
「よく煮えたわね」
ここまで熱すれば、多少はマシになるだろう。
「あ!」
カツオを床に落としてしまった。さすがに、これは使えない。
「仕方ない。残った湯の方を使いましょうか。後は…これで良いかしら?」
お湯に、樽で保管していたが腐ってしまった大豆を加える。腐敗してドロドロになった部分はさすがに可哀想なので、その上澄みの汁だけを。
「これも、追加…と」
昨日、山で見つけた茸を取り出す。松の根本に生えていたものだ。まるで、本で見た殿方の逸物のような形をしている。
「これを縦にスパッと切った物を見たら、気分も萎える事でしょう」
サクッと四分割して汁の中に放り込む。毒の心配もしたが、本で確認した限り『独特の匂いはあるが無毒』と書かれていたので大丈夫だろう。
「何か色合いが地味ね」
ちょうど視界の端にゴツゴツした柑橘類を見つけたので、細く刻んで汁に投入する。ただし、可食部の実は入れない。苦味のある皮だけが汁の底に沈んでいく。
「さて、メインディッシュに」
調理場の陰に、調理予定だったであろう平たい大魚を見つけた。
「これは白身ね。本来ならムニエルにでもするのだろうけど」
ここで問題が発生する。これだけ上質の白身魚だと、煮ても、焼いても、揚げても、如何なる調理法でも、それなりの物が出来てしまうのだ。
それでは、駄目なのだ。相手にこちらの意図が伝わらなくなってしまう。
「こうなったら、生で!」
開き直って調理をせず、そのままで出すことにする。
「はっ!」
鱗を落として、皮を剥ぎ、肉の筋を見極めながら包丁を入れていく。まさか、剣士としての修行がこんなところで活きるとは。
「こんなものかしら」
白身を細長いブロック状に切り分けた。ふと、残った頭部と尾部に目が向いた。
「元の状態が分かった方が食欲も失せるでしょう」
そう考え、頭と尾の間に切り分けた身を収めなおしてみる。
「添え物の野菜は、これで良いかしら?」
山で見つけた緑色の根菜を添える。一口囓れば脳天を貫くような辛い物だ。
「辛さを増す為に摺り下ろしておこうかしら……っ!ひゃらい!ひずっ!」
試しに口に含んでみると、ツーンと鼻を通るように辛味が突き抜けた。汗が出るような普通の辛さではない。むしろ、涼やかささえ感じる他に例えようのない辛味だ。
「…水を飲んでも、まだ痛い」
舌がヒリヒリするがしょうがない。次の作業に向かうとする。
「後はデザートか」
デザート候補には、一つ当てがあった。
「ああ、まだ有ったわね」
山で見つけた鮮やかな朱色の果物。しかし、幼い頃に一口齧り、とても食べられないと結論付けた物だ。
「見た目の割に渋いのよね、これ。…ええと、確かここに」
調理場の勝手口から出たところに、その果物がいくつか吊るしてある。
煮汁を塗って本の虫除けにするつもりが、うっかり酒樽の中に落としてしまった物だ。何とか使えないかと干していたのだが、表面に白い粉が出てしまい、そのまま放置していたのだ。
「これは…そのままで良いか」
特に手を加えずとも、見た目が悪いし。
続いて、器の選定にかかる。
「これで良いかしら?」
普段なら薄焼きの白磁を使うところだが、今回は厚みがあって土色のゴツゴツとした器を選ぶ。
「トレーも銀以外を使いましょうか」
調理場の棚を隈無く探すと、木に漆を塗っただけの飾り気のない盆を見つけたので、それを使う事にする。
「フォークとナイフ、スプーンは銀製しかないのね」
仕方ないので、自分で用意する事にする。フォーク等という上等な物は用意しない。中庭にあった白木を削って、太い串にしただけの物だ。
「これで良し……折れたら困るわね。同じ物をもう一本作っておきましょうか」
計二本の白木の串を盆の上に置いた。
「これで縁談はブチ壊しね。ごめんなさい…まだ見ぬ東の人。私のワガママで酷い事をして」
◆◇◆
「こ、これは!今日の為にわざわざ食材を揃えて、手ずから調理してくれるとは。何と素晴らしい心遣い!顔も合わせておらぬ故に不安であったが、杞憂であったようだ。このような素晴らしい女性と夫婦になれるとは、何たる幸運!」
「え?え?」
十年後。そこには、たくさんの子どもに囲まれて、穏やかに微笑む二人の姿があったという。
(相手の為に、ここまで手間暇を費やし、一国の姫が調理場に立つとは!何と、素晴らしい心根の持ち主か)
(え、あれを全部たべた?もしかして、私に恥をかかさない為?私は、こんな酷い事をしたのに…何て器の大きい人なの!?)
真相が分かって、喧嘩したり仲直りしたりするのは、この一年後。