第八話 地獄の園
深く。深く沈んでいた意識が次第に浮かび上がる。
酷く重い瞼を開けると、全く知らない場所だった。
白い天井に白い壁、白い床に白い台。
白で統一された部屋は清潔感よりも不気味さを感じさせる。
だが、その部屋以上に不気味なのが周囲に佇む人間だ。部屋に合わせているのか、白い衣服に身を包み皆一様にルヴィクを見ている。
そして全員、例外なく目が汚く濁っている。ルヴィクが前世で見た人間ではある宗教の狂信者であった父がこれに近い目をしていた。だが、ここまで狂った目をしている人間は見たことがない。
新しい玩具を見つけたという視線に晒され、思わず身体が強張り気づいた。自身の体が固く拘束されていることに。
「やっと気が付いたか」
不気味な集団の中で唯一祭服に身を包んでいる男が前に出る。
優し気な目に人の好さそうな笑み。聖職者を絵に描いたような老人だ。
「…神父?」
「やあルヴィク君。スキルカード作成の時以来かな」
エナス聖国第二聖都ルルイドのエナス教会神父、ダライア・ヴァン・ターブグランだ。
優しい目も笑顔も浮かんでいるのに、いつもの好々爺然とした雰囲気は一切ない。
ルヴィクは何も言わず周りを見渡し、どう足掻いても逃げ出せそうにないことを悟ると黙ってダライアを睨みつける。
そんなルヴィクの態度が気に入らないらしく、ダライアはわざとらしく溜息を吐く。
「キミは歳の割りに落ち着きすぎていてダメだ。もっと喚いてくれたり混乱してくれた方がこちらとしても嬉しいのだが。
ルヴィク君は面白みに欠けるな。減点だ」
心から楽しそうに笑い、ダライアが手に持った針をルヴィクの右目に突き刺した。
「あが、ああぁぁアアア!!」
突然の痛みと右目の奥底に突き刺さった異物感から白い部屋の中にルヴィクの絶叫が響き渡る。
反射的に針を引き抜こうと体が動くが、拘束が邪魔をする。
喉が潰れてしまいそうなほどの叫びをダライアは心地よさげに聴きながら。
「おお、その叫びは中々良いな。加点してやろう」
躊躇せず、左目にも針を突き刺した。
一気に視界を失い、痛みと恐怖がルヴィクの頭を支配する。
何故こんなことに、何故こんな目に、何故自分が、何故、何故、何故。
多くの疑問が浮かび上がるが、何一つ答えが分からない。恐怖と疑問が頭を何度も巡り発狂しそうになるルヴィクをダライアは歪んだ笑顔で見降ろしながら、一人謡うように語り始める。
「ここはちょっとした実験施設でね、キミは実験の対象に選ばれたのだよ。
これは素晴らしいことだ、誇っていいよ。
…ちょっと五月蠅いな。おい、口枷をしろ」
叫びが良いなどと言っていたが、ダライアは急に不快そうに眉を顰る。
ルヴィクに口枷が付けられ、叫ぶことすら封じられる。
「最初はね、キミは候補にも挙がっていなかったんだ。スキルカードにも碌なスキルが表示されなかったしね。
でも、偶々見てしまったんだよ。河原で『魔力放出』を行っているキミをね。
最初は勘違いしてしまったよ。『魔法適正』がないのに何故風魔法を、とな。
いや驚いたよ、『魔力放出』であそこまでの威力を出せるほどの魔力を持つ人間がいるなんてな。しかも、我が研究員が言うには少々特殊な魔力をしているらしいじゃないか。
これで『魔法適正』があったら将来は約束されたような物だったろうに。残念でならないよ」
ダライアは熱された鉄の棒を受け取る。
「だが所詮は『魔力放出』、魔法には遠く及ばない。このままではキミはその魔力を無駄にし、ゴミと変わらず死んでしまう。
そこで、我々がキミを有効活用してやることにしたのだよ。
価値の無いキミに価値を与えてやるのだ。どうだい、喜ばしいことだろう?」
ふざけるな。
もし声が出せるのであればそう言っただろう。何も言えないルヴィクを満足気に見て、その歪み切った顔を更に歪ませる。
「そうかそうか、嬉しいか。
それじゃあ、これからよろしく頼むよ。C-104番」
ダライアが気味の悪い笑顔で高温に熱された焼きごてをルヴィクの左胸に強く、刻み込むように押し当てられる。
そこにはC-104と刻まれている。
ルヴィクがこの世界で初めて刻まれた、一生消えない最低で最悪なトラウマとなる傷痕。
「ようこそ我が実験施設へ。
あんまり早く、死なないでくれよ」
これが、永遠に忘れることの無い地獄の始まりだった。
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