第七話 軋み
血流のように全身を循環している魔力に意識を集中する。
右手に集中させ、一気に解き放つ。
右手を中心に風が発生し、周囲の石を大小関係なく吹き飛ばす。
「やっぱりな」
目の前で起きた現象を見て、ルヴィクは一人ごちる。
ルゼルフィーナと別れた後、ルヴィクは一人で川辺に来ていた。日課になっている実験と修練を行うためだ。
修練といっても武術ではない。出来ることなら武術の訓練もしたいが、喧嘩すらしたことのないルヴィクが素人考えで訓練したら変な型が付いてしまうかも知れない。そう思い武術訓練は行っていない。
では何をやっているのか。
答えは『魔力放出』の修練だ。
『魔力放出』は魔法とは異なり、いくら訓練しようと消費魔力が減少したり威力が向上したりすることは無いと言われている。
確かに『魔力放出』は訓練を積んだところで消費魔力減少、威力の向上はない。だが、コントロールが出来るのをトオルは発見した。
普通に『魔力放出』を行うと風が円形に波のように発生するだけだが、しっかりとイメージを固めてから放つと風をイメージした通りに飛ばすことが出来た。穿つ槍をイメージすれば細く直線的に、左から薙ぎ払うイメージをすれば前方に左から右へと風が発生する。
そのイメージをスムーズに固める為にルヴィクは訓練をしているのだ。
こんな誰でも思いつきそうなことが何故発見されていないのかルヴィクは疑問に感じたが、魔法の完全劣化でしかない『魔力放出』などという使えない技の研究に時間を使う物好きが居るはずがないため知られていないのも仕方がないだろう。
ルヴィクがやっぱりと納得したのはイメージにより『魔力放出』が操られること以外にもう一つある。
「多いよな、魔力」
そう、魔力量が多いのだ。
過去最高の魔力量を誇る賢者が全魔力を使い『魔力放出』を行い洗濯物を飛ばす程度だったと言われている。
対してルヴィクは先程軽く放っただけでも川辺の石を吹き飛ばすことが出来た。このことから、ルヴィクはその賢者よりも魔力量が圧倒的に多いことが分かる。本気の『魔力放出』なら人すらも飛ばすことが出来るかも知れない。
間違いなく歴代最高の魔力量だ。
「はぁ…これで『魔法適正』さえあったら…」
湧きでる不満を思わず口にする。
もし『魔法適正』があればルヴィクは歴史に名を遺す魔法使いに成れていただろう。
が、ない為宝の持ち腐れも良い所である。
『魔力放出』を完璧にコントロールできるようになった所でそこまで役に立つとルヴィクは思えなかったが、覚えて損はないだろうということでこの川辺での訓練を日課にしているのだ。
もう直ぐで日が沈んでしまうし、取り敢えず今日の所はこれでいいだろうとルヴィクは川辺を後にした。
自分を見続ける視線には気づかずに。
◇◆◇◆◇
「ただいま」
「あ、ルヴィク…おかえりなさい」
ルヴィクが帰ると、母親のナタリーがぎこちなく笑いながら迎える。
直ぐにご飯にするわねと言い食事の準備をしようとするが、大きく咳き込んでしまう。
「大丈夫?母さん」
苦しそうに咳き込むナタリーの背中をルヴィクが擦る。
最近ナタリーはこうして咳き込むことが多くなっていた。
元々体が丈夫ではないが、最近は特に酷い。 病気ではないとルヴィクは聞かされているが、心配になる。
前世での親と違い、ナタリーとレオはルヴィクのことを心から愛してくれている。
二人の前では必死に子どもであろうとしてはいるが、どうしても子どもらしくない行動をしてしまうルヴィクを、しっかりと息子として愛してくれている。
ルヴィク自身二人を両親だと思えているかは微妙だが、人として決して嫌いではない。感謝だってしている。
親子としては歪だが、確かに愛情があるのだ。
「ありがとう、ルヴィク。
もう、大丈夫。ありがとうね」
悲し気にルヴィクを抱きしめ、夕食の準備に戻る。
不思議に思ったが、ルヴィクは追及はせず準備の手伝いをする。
「ねぇ母さん、父さんは?」
いつもなら父のレオも揃ってから夕飯を食べるのだが、今日はまだレオはいない。
ルヴィクは雑談くらいの気持ちで訊いたのだが、ナタリーは困ったように眉を顰める。
「お、お父さんはね、今日少し忙しくって帰って来れないの」
「僕が手伝いに行こうか」
「いいの!畑の仕事じゃないからルヴィクはしなくていいの。
だから、一緒にご飯食べましょ」
「うん、分かった」
ナタリーの態度に違和感を覚えるが、素直に従い食卓に着く。
夕飯もいつものパサパサのパンに具なしの薄味スープ。
ではない。
パンはいつもと同じだが、スープにはジャガイモと人参が入っているし、ハムまである。こんなにも豪華な食事は初めてだ。
「か、母さん。これ、一体どうしたの?」
「偶には贅沢して美味しいものを食べないとね」
コラル家は庶民の中でも特に貧乏な部類に入る。
ハムだってそこまで高い訳ではないが、コラル家が気軽に手の出せる物ではない。現にルヴィクはこの世界に来てから肉なんて食べたことがなかった。
「でも…いいの?」
「ええ、勿論。
だってそのために買ったんだもの」
「そ、それじゃあ…いただきます!」
誰にも取られないと分かっているが、大急ぎで口に運ぶ。
ルヴィクだって日本人だ。仕方がないと分かっていても、食事に関してはかなり我慢していた。
7年ぶりの肉を前にして思わず、いただきますとまで言ってしまう程興奮している。
久しぶりの肉は涙が出そうになるほどに上手く、口に運ぶたびにえも言えぬ幸福感に包まれる。
だからだろうか。
次第に自分の意思と関係なく瞼が降りてくるのにも気が付かず、ナタリーが静かに涙を流しながら謝っていることにも気が付くことが出来なかった。
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