第五話 友達
ぺラ…ぺラ…ぺラ…。
エナス聖国の第二聖都ルルイドの図書館に本を捲る音が響き渡る。
音の発生源はルヴィク。
庶民の識字率が低いエナス聖国…いや、この世界では、無料で利用できる図書館であっても人はあまり訪れない。
字の読める貴族は重要度の高い庶民では入ることのできない図書館へ行くためここには訪れず。字の読める庶民も昼間は労働に従事しており図書館には全くと言っていい程人はいない。
ぺラ…ぺラ…ぺラ…ぺラ…。
ここ半年でルヴィクはそんな図書館の主となり始めていた。
子どもといえど家の手伝いをする。
それはルヴィクも例外ではない。コラル家は只でさえ貧しいのだ、子どもといえど労働力として数えないわけにはいかない。
そんなルヴィクが何故昼間に図書館に居るのか。理由は単純で昼の分の仕事を午前の内に大急ぎで終わらせたから。
午前で家の仕事を片付け、午後は図書館で本を読み漁る。そんな生活をスキルカード作成の翌日から半年近く続けていた。
(…この本からも大した情報は得られなかったか)
読むのは専ら魔法に関する本。この世界の歴史や魔物に関する本なども読んでいるが、やはり魔法に関する本を多く読んでいる。
『魔法適正』スキルなし。『魔法適正』は努力すれば手に入れられるようなスキルではない。この事実を受け入れはしたが、ルヴィクは諦めきれていなかった。
だが、いくら探せど所詮は庶民にも利用できるレベルの図書館。量も少なければ極々一般的な内容の物ばかり。
現状を打開するような物は無かった。
ルヴィクは読み終わった本を仕舞い溜息を吐く。
(やっぱ俺に使えるのは『魔力放出』だけか)
『魔力放出』。
魔法の使えないルヴィクにも使える最も魔法に近い技。
魔法は、魔力に形を持たせ放出することで発動する。『魔法適正』がない人はこの形を持たせるということが出来ない。
だが、魔力を直接放つことはできる。これが『魔力放出』といわれる技だ。
放たれた魔力は風となり周囲を襲う。放出した魔力量に比例して威力が上がる。
これだけ聞くと『魔力放出』も一種の魔法のように思えるが、『魔力放出』は魔法として認められていない。
理由は単純、使い道がないのだ。
攻撃に用いようと思っても威力が低すぎて使い物にならない上に、周囲を風が襲うだけの為攻撃以外に利用方法がない。
過去最高の魔力量を持つと言われている賢者でさえ全魔力を使用しても、干されていた洗濯物を僅かに飛ばす程度であったと書物に残されている。一般の魔法使いでは良くてそよ風しか放てないだろう。つまり『魔力放出』とは、最悪な燃費から放たれるクソ性能な術なのだ。
こんなしょぼい術を使うくらいならば、風系統にもっと燃費が良く威力が出る魔法がいくらでもある。
そもそも、『魔法適正』が無い者にでも使えるのに魔法であるはずがない。
以上のことから、『魔力放出』は魔法もどきとされ、使う者すらいないゴミ技なのだ。
無論『魔法適正』がないルヴィクにもこれなら使える。これを使えば魔法のような事象を起こすことが出来る。
燃費悪い、威力低い、のクソ性能であるが。良いのは形を持たせる必要がない為ノータイムで放てることくらいか。
(まあ、一応試してみるか)
ルヴィクは茜色に染まり始めている空を見て図書館を後にした。
◇◆◇◆◇
試しに『魔力放出』を行う為に川辺へと向かう。
この時間なら人はあまりいない。半年間図書館帰りに見ているのだ、今日も誰も居やしないだろう。そう思い歩みを進める。
が、直後に後悔をする。
「げっ、何で今日に限って」
「見つけたぞクソチビ!」
そこには近所のクソガキ大将であるベルツが居た。
向こうはルヴィクを探していたらしく、早々に駆け寄られ胸倉を掴まれる。
「お前!今までさんざんにげまわりやがって!」
(逃げてねーよ。どうせ勝手にお前が探し回ってただけだろ)
ルヴィクが図書館に通うようになってからというもの、ベルツとのエンカウント率は大きく下がっていた。特にこの二か月は全く会っていなかった。
如何にもアホそうなベルツが図書館に訪れることは決してない為、当然と言えば当然である。
「お前!いつもいつも女に守られてダサいんだよ!」
「…知らないよ。
というか、今日は守られてないだけど」
ルヴィクは内心大きく溜息を吐く。
目の前のアホガキは、ルゼルフィーナに惚れてしまったらしくこの半年こればかりだ。どうやらルゼルフィーナと友達ということになっているルヴィクが気に食わないらしい。
嫉妬して突っかかってくるなら少しは好かれる努力をすれば良いものを。
ルヴィクは知らないが、ベルツはルゼルフィーナと会う度に憎まれ口を叩き意地悪をするという子どもの男の子らしい行動をしてしまっている。それの後悔からくる八つ当たりも多分に含まれている。
ルヴィクにとっては良い迷惑である。
「うるせえ!お前な!ムカつくんだよ!」
「それこそ知らないって」
ベルツがルヴィクの胸倉を掴みあげる。
ああ、もうめんどくさい。数発殴られれば気が済むだろう。
適当に殴られて終わりにしよう。そう思い挑発しようと口を開いた時。
「ダメ!」
「うおっ!」
何者かがベルツに体当たりをし突き飛ばす。
ルヴィクもベルツに引っ張られ倒れそうになるが、こいつと万が一にも重なりたくないと気合で踏ん張り、なんとかその場に留まることに成功する。
「ルヴィクをいじめないで!」
ルヴィクを守るように両腕を広げ、ベルツの前に少女が立ちふさがる。恐怖からか足は震えているが、その瞳は何かを決心したかのように前をしっかりと見据えている。
(デジャヴを感じるなーって、あれ?)
自身に背を向けて立つ少女に見覚えはあるし予想も付く。自分を守ろうとするような物好きは十中八九ルゼルフィーナだろう。
だが、どうにも違和感がある。
「なっ、なんでそいつを守るんだよ!」
違和感に首を傾げるルヴィクを他所に、ベルツが顔を真っ赤にして叫ぶ。それは羞恥からか嫉妬からか。
「友達だからだよ!」
「男と女は友達なんかになれないんだぞ!
いいからどけよ!」
どんな理論だそれは。
ベルツの超理論にルヴィクは声にせずにツッコむ。どこか他人事にように見ているルヴィクを他所に二人はヒートアップする。
「友達だよ!」
「うるさい!女なんだからどいてろよ!」
「ぼ、ボクは男の子だよ!
今日からボクは男の子だもん!絶対どかない!」
「「…は?」」
思わずルヴィクとベルツの間の抜けた声が重なる。
「ズボンだってはいてるし、髪だって短くしたよ!
ボクはもう男の子だよ!」
そこでルヴィクも気づく。
そう、長かった金髪が短くなっているのだ。パッと見では少年か少女か分からない程に。
更に毎回スカートを履いていたのに、今日はズボンになっている。
「い、意味わかんねぇし!
お前は女だろ!」
「男の子だよ!
ルヴィクと友達になれないんだったらボクはもう女の子やめる!
ボクはもう男の子だよ!これでもうルヴィクの友達だ!
お、お前なんかどっかいっちゃえ!」
「う、うるさい!」
「いたっ」
動揺したベルツが腕を振り上げそのままルゼルフィーナを殴りつける。
いくら子どもと言えど、相手は体格の良いベルツ。ルヴィクならともかく、細身の少女であるルゼルフィーナが殴られたら堪らないだろう。
「おいクソガキ!いくらなんでもやり過ぎだろ!」
「う、うるさい!うるさい!
クソ!クソッ!!」
ルヴィクの怒声を無視し、大声で悪態を吐きながらベルツは家の方角へと走っていった。
流石に追いかけてぶん殴りルゼルフィーナの前に引っ張ってくるべきかと思ったが、ルヴィクの腕力では勝てるか怪しい。
恐らく貴族の娘であろうルゼルフィーナに手を挙げたのだ。あのまま放置しておいては平民のベルツは処刑されるかも知れない。と思い一瞬慌てたが、別に死んでもいいかとベルツのことは無視することにした。
それに、ルゼルフィーナのことを放っておくことが出来るはずもない。
「大丈夫か?」
「う、うん。大丈夫だよ。
えへへ、ボク達勝ったね」
殴られたことだって初めてだろうに、ルゼルフィーナは泣くこともなくどこか誇らしげに笑っている。
「――――ったく、この馬鹿!
何してるんだよ」
「あたっ」
ペシン、とルゼルフィーナにデコピンをする。
だが、ルヴィクの表情は決して怒っているそれではなく、何とも複雑な表情をしていた。口調まで素に戻ってしまいいつもと少し違うルヴィクに、ルゼルフィーナは何と言い返せば良いのか分からず、座ったまま上目遣いで見つめ返すことしか出来ない。
ナチュラルに繰り出されるあざとい行為に毒気を抜かれたのか、ルヴィクはどこか嬉しそうに溜息を吐く。
「…はぁ。
髪、大事だったんじゃないのか?切る必要はなかっただろ」
「そうだけど…髪の毛よりルヴィクの方が大切だもん」
「髪なんか切らなくったって…その…お、俺達はと、友達だろ。
女と男じゃ友達になれないとか、そんなことないって言ったろ」
顔を真っ赤にしそっぽを向きながら言う。
これで中身がおっさんでなく、生意気な小僧の容姿でなければ可愛らしい光景だ。。
「でも、ボクいやだったんだ。
ボクと一緒に居てもルヴィクだけいじめられるし。ボクもルヴィクと一緒に戦いたかったんだ。
だって、それが友達でしょ?」
小首を傾げるルゼルフィーナ。
一切抗う気が無く、戦う気なんて毛ほどもなかったルヴィクはなんだか申し訳ない気持ちになる。
「でもな……いや、何でもない。
ありがとな、ルゼ」
「――――っうん!!」
心から嬉しそうに満面の笑みを浮かべる。
それを見ているだけで、ああだこうだと言っている自分が馬鹿馬鹿しく感じる。
もう誤魔化すのは止めよう。
―――――この子が俺を友達だと思い、ここまで行動してくれたこと。それが俺はとてつもなく嬉しいんだから。
「なんだかいつも俺が助けられてばっかりだな。
ルゼは俺の王子様だな」
「か、からかわないでよ!」
茶化すルヴィクに対して顔を真っ赤にするルゼルフィーナ。
ルゼルフィーナに手を貸し起き上がらせる。
「ルゼ、何か布持ってないか?」
「へ?布?
ハンカチでいいなら」
そういうとルゼルフィーナは高級そうなハンカチを二つ取り出しルヴィクに手渡す。
何故二つもと訊くと、ボクとルヴィク用、と躊躇いなく答えられ反応に困る。今日は別に会う予定はなかった筈だが、という疑問も浮かんで来たが、好奇心よりも恥ずかしさが勝りルヴィクはそれ以上の追及を止めた。
受け取ったハンカチの一つを川の水に浸し、ルゼルフィーナの口の端に当てる。
左頬を殴られ口の端が切れてしまい、転んだ拍子に傷口に砂がついてしまっていた。それを除去する為にハンカチを水に浸け、口端へ当てるを数度繰り返す。
川の水と聞くと汚く思うが、地球よりは比べるまでもなく綺麗なためそこまで問題はないだろう。
砂を落とし終わると、ハンカチを全体的に濡らし絞り口端に当てたままにさせる。
傷は乾燥させない方が良いとか聞いた気がしないでもない、というルヴィクの前世でのなんとも頼りない記憶から来る行為だ。
「家に戻るまで当てとけよ。
あと、帰ったらちゃんと洗って手当てもしてもらえ」
「うん、分かったよルヴィク」
使ってないハンカチを返そうとして、ルヴィクは何かを考え込むようにして止まる。
「ルゼ、このハンカチ貰ってもいいか?」
「え?別にいいけど」
ルゼルフィーナの承諾を得ると、ちょっと待ってろと言って座り込み、ハンカチ片手に集中する。
うねうねとハンカチが蠢き形を変えていく。
次第に変化がゆっくりとしたものになり、ハンカチがその変化を終える。
正方形だったハンカチは完全に形を変え、紺色のリボンへと変化していた。
形どころか色まで変化している。
ルヴィクが使用したのはスキルの『製作』。
『製作』は物を作ることに特化したスキル。素材と素材を使って何かを生み出すのみならず、既に完成している物を別の物にすることも容易なのだ。
更にルヴィクの元の手先の器用さも相俟って、この程度のことであれば瞬時に終わる。
「ほら、これ」
「…え?」
「いや、だから…上げるんだよ、ルゼに。
つっても、元々ルゼのだけどな」
恥ずかしさからか、ぶっきら棒な言い方でリボンを手渡す。
「え、でもボク」
「いいから!ほら!」
半ば強引にルゼルフィーナに受け取らせる。
「お、俺の為に一人称まで変えてくれたのは…その…う、嬉しい。…だから、戻してくれとは言わない。
でも、ルゼは男じゃない。男になる必要なんてない。女でも、俺達はと、友達だ。だから、気にするな。
それに、ルゼは髪が長い方が似合ってる」
正面から言われたルゼルフィーナの倍近く赤い顔で言うルヴィク。
男らしさとかそういったのは残念ながら皆無だ。
「今は、その、結べないと思うけど。
また、髪伸ばしてそれで結べるくらいになってくれ。
………楽しみにしてるから」
そっぽを向かずにしっかりと言う。
ルゼルフィーナの顔を直視できずに俯いてるので男らしさはやっぱりない。
何歳も年下の少女にここまで照れてしまうのは些かメンタル面に問題があるように思える。もしかしたら転生したことにより精神年齢も下がっているのかもしれないとルヴィクは言い訳を考える。
どう考えても初めて出来た友達だと意識して照れているだけなのだが。
「………おい、ルゼ。
何か言ってくれよ」
一切反応が無く不安になり声を掛ける。
下を向いていた顔を上げると、今までで一番嬉しそうに笑うルゼルフィーナがいた。
「ありがとう!ルヴィク!
ボク髪伸ばすよ!約束する!」
「あ、ああ。…そうか。その…が、頑張ってくれ?」
リボンを貰ったのがそこまで嬉しいのか、本当の友達が出来たことが嬉しいのか、終始ニコニコ顔のルゼルフィーナ。不思議とルヴィクまで温かい気持ちになる。
前世では体験することのなかった”友達”というものだからかもしれない。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
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