第四話 アルローデム公爵家
「おかー様ー」
エナス聖国の第二聖都ルルイドを治めるアルローデム公爵家の廊下を、一人の少女が駆ける。
たたた、と元気よく走り、勢いそのままに母親に抱き付く。
「あら、ルゼルフィーナ。おかえりなさい」
少女の名はルゼルフィーナ・リーデル・アルローデム。
アルローデム公爵家の次女である。
「ただいまお母様」
「今日も友達と遊んできたの?」
「うん。でも…」
「でも、どうしたの?」
先程まで元気だったルゼルフィーナは目に見えて元気がなくなる。
そんなルゼルフィーナを前に、母親は慌てること無く優しく訊き返す。
「他の子がルヴィクと遊ぶなんておかしいって言ってくるんだ。
女なのに男と遊ぶのはおかしいって。
そう言っていつもルヴィクをいじめて…。
…ねぇお母様、ルヴィクと遊ぶのダメなのかな?私めいわくなのかな?」
今にも泣きだしそうな顔で母親を見つめる。
ガキ大将共をどうにかする手はいくらでもある。
ルゼルフィーナが身分を明かす。いつもバレないように隠れてついている護衛が出て行って子ども達をボコる。親に言いつける。親子を呼び出す。etc,etc。
ルゼルフィーナが望めばいつでも何でも実行するであろう。だが、目の前の少女はそれを望まない。それを母親は良く知っていた。
公爵という立場の為、ルゼルフィーナには心から友達と呼べる存在が居なかった。
それは仕方のないことであるが、8歳の少女には悲しいこと。そんな環境をルゼルフィーナは自分の力で打ち破り、初めて友達と言える存在を得ることが出来た。
身分を明かすようなことをしてしまえば、今の平民であるルヴィクとの関係も壊れてしまうことは間違いがない。
それを良く分かっているから、母親はそんなことをするつもりはなかった。
「ルヴィク君は何て言ってるの?」
「…なんとも思ってないからほっといて良いって、いつも言ってる。
でも、私ルヴィクのぶたれるとこ見たくない」
実際ルヴィクは露程も気にしていないが、それを二人が知るはずもない。
「そうねぇ…。
ルゼルフィーナがしたいようにしなさい」
冷たいようであったが、母親にはそう言うことしか出来なかった。
自分が動けば必ずルヴィクとルゼルフィーナの関係にひびが生じてしまう。
だがそれ以上に、今回のことを通して娘に成長してほしかった。
ルゼルフィーナは暫く考え込むように俯いていたが、決意の宿った目で顔を上げ母親を見つめる。
「お母様、何しても怒らない?」
「危ないことをしないなら、いいわよ」
「…分かった!お母様、ありがとうございます!」
ぺこりと頭を下げると、ルゼルフィーナは来た時よりも早く駆けて行った。
「…これで良かったのかしら」
「間違ってはいないさ」
母親の呟きに、返事があった。
振り向くと、いつも間に現れたのか彼女の夫であるアルローデム公爵が立っていた。
「あの子は自力で友達を作れたんだ、自分で解決できるはずだよ」
「ですが…」
「護衛もいつも隠れて着いて行ってるんだ、危険なことは無いさ」
「そう…ですよね」
「そうさ。
それに、この程度のこと自分で解決出来ないようじゃこの先やっていけないだろう。
ルヴィク君…だったかな?には申し訳ないが、ルゼルフィーナの成長の役に立ってもらおう」
「…あなた、ルゼルフィーナの友達を利用して、あの子に嫌われても知りませんからね」
ジト目で睨まれ、思わずアルローデム公爵は頬を引き攣らせる。
いや、別に使う訳じゃなくて見守るだけだし手は出さないから利用じゃないよ?ホントだよ?それにほら、ルヴィク君的にもマイナスなことじゃないはずだし悪いことは何もないんだよ、などと大急ぎで捲し立てる公爵を、公爵夫人は心底面白そうに見つめていた。
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