第三話 才能
ルゼルフィーナと共に教会へ入る。
白を基調として作られ、ステンドグラスからの光に照らされた教会内部は宗教の大嫌いなルヴィクの目からしても美しい。
そんな教会の中に、ルルイドの7歳児達が集まっている。7歳児のみと聞くと少ないように思うが、ここはエナス聖国でも2番目に大きい都市であるルルイド。周辺の村々からも集まってくるため、数えるのも億劫になる人数が集まっている。
「たくさんの人がいるんだね」
「そうだね」
教会内を一通り見渡した後、ルヴィクはベルツ達が座っているのとは出来るだけ遠い長椅子に腰掛ける。
ベルツのことなどどうでもいいが、面倒事は避けたいのだ。
ルゼルフィーナもルヴィクの隣に座り、絶え間なく喋る。
ルヴィクはどこか上の空で、適当に相槌を打っているだけなのに楽しそうに話している。
会話を望んでいるルゼルフィーナには少し可哀想だが、ルヴィクが上の空なのは仕方がないだろう。
今日の結果次第でこの世界で自分がどうなれるかが決まるような物なのだ。
スキル。
戦闘に関する技術や物作りの技術、特殊な体質や能力、才能などのことをまとめてこう呼ぶ。
そして、本来目に見えないものであるスキルを可視化した物がスキルカードだ。
努力により習得することが出来るスキルもあるが、それとは別で才能があるのか、どの方面に自分が特化しているのかが今日でスキルの結果で分かってしまう。
つまり、今日の結果が自分の方向性を決めてしまうと言っても過言ではないのだ。
出来れば戦闘向けであってほしい。ルヴィクはそう思っていた。
中身がおっさんと言えど男なのだ。折角ファンタジーな世界に転生したのだから冒険というものをしたい。この世界を自分の目で見て回りたい。そう思っていた。
(戦闘向けスキルがなくても、最悪『魔法適正』だけは欲しいなぁ)
ルゼルフィーナの話を聞き流しながら、ルヴィクは自分の願望に想いを巡らせる。
『魔法適正』。
それは魔法を使うのに必要不可欠なスキルであり、努力では得ることのできない先天性のスキルだ。
魔法は、空気中に含まれるマナと呼ばれる物質を吸収し、体内でマナから変換した魔力を体外に形を持たせて放出することで行使する。このとき最も重要なのが体外へ形を持たせるということだ。
形を持たせる為に、『魔法適正』が必要不可欠なのだ。
こんなファンタジー世界に来て魔法の一つも使えないなんてあり得ないと、ルヴィクは是が非でも『魔法適正』が欲しいと考えていた。
まあ『魔法適正』は九割以上の人が所得しているスキルであるため、ルヴィクもそこまでは心配していない。両親だって持っているのだ、自分も問題はないだろう。そう思っているのだ。
どんな魔法が使えるだろうか、どんなスキルがあるだろうか、そんな妄想に没頭していると祭壇の前に一人の男が現れた。
「皆良く集まってくれた」
好々爺然とした老人だ。
「皆知っていると思うが、この教会の神父を務めているダライアだ。
ルルイドの端から来た子もおり疲れておるだろう。
もう少し休ませてやりたいのだが、あまり時間もない。早速だがスキルカードの発行を始めたい。よいかな?」
ダライアの言葉に子ども達は皆元気に返事をする。
相変わらず好かれてる爺だな、と思いながらルヴィクはダライアを観察する。
優し気な目に人の好さそうな笑顔。誰にでも等しく接しようとするその姿は、住人から好かれるのも頷ける。
一部の住人からは驚くほど嫌われているが、誰にでも好かれる人などいないだろう。
ルヴィク自身は宗教が超が付くほど嫌いなため、ダライアのこともどうしても好きになれなかったが、嫌いという程ではない。
両親が敬虔とまではいかないがエナス教徒であるため、子どもらしくダライアに好いているような態度をしてはいるが、説法を説かれる際はいつも「何がエナス神は平等だだよ、平等だったら世の中もっと綺麗だわ、ぺっ!」と思っている。
エナス教の教え自体は素晴らしいとは思っているが、その教えを自分が実行する気はない。
エナス聖国に住む以上は表向きだけでもエナス教徒でなくてはいけない為、色々とルヴィクには住みづらい街なのである。
(ま、今はスキルだスキル)
頭を切り替え集中する。
今後に関わる重要なことなのだ、エナス教に関する愚痴を言っても仕方がないと祭壇に注目する。
ダライアは近くの子どもから祭壇に呼び、スキルカードを作っていく。
子どもが渡されたカードに血を一滴たらす。カードをダライアが受け取り、何らかの魔法を掛ける。一瞬カードが発光し、無地だったカードに文字が浮かび上がる。
これでスキルカードの完成だ。
なんともあっさりとした物であり、大掛かりな儀式とかは一切ない。
大人数を一斉に行うのだから当然と言えば当然だが、ルヴィクは少し物足りなさを感じる。
「ねぇねぇルヴィク」
「何?」
「ルヴィクはどんなスキルが欲しい?」
「俺は…欲は言わないから『魔法適正』が欲しいな」
ルヴィクは自分に大した才能がないことは知っている。前世では手先が器用だったこと以外取り柄なんてなかったくらいだ。
ルヴィクという身体がどんなものかは7年しか経験していないから詳しくは分からないが、期待しない方がいい。
英雄譚の主人公のような才能や力なんてものは自分に与えられる筈がないのだから。
「ええーそれだけなの?」
ルヴィクの返答が不満なのか、ルゼルフィーナが口を尖らせる。
「期待しすぎると現実を知った時により落ち込むから、過度な期待はしたくないんだよ。
それに、あんまり自分を期待してやるのも、自分が可哀想だし」
「……なんだかルヴィクって、むずかしいこと言うんだね。
私にはまだ分かんないや」
暫く腕を組んで唸っていたが、諦めたのか不思議そうな顔でルヴィクを覗き込む。
7歳のガキに何言ってんだと自嘲し、気にしなくていいとルゼルフィーナに言っておく。
期待しつつ、それでも過度な期待は決してしないでルヴィクは自分の番が来るのを待った。
◇◆◇◆◇
「はぁ…」
ルヴィクは今日何度目か分からないため息を吐く。
手には己のスキルカード。何度見直してもその内容に変化はなかった。
教会を出るときにルゼルフィーナとダライアが何か慰めるようなことを言っていたが、ルヴィクには全く届いていなかった。
カードの内容はこうだ。
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名前:ルヴィク・コラル
種族:人族
スキル:『解析』 『製作』
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『解析』と『製作』。
それがルヴィクに与えられているスキル。
『解析』は物の性質を大まかに理解できるというもの。
これは図鑑に載っているような物しかない街中やそこらの森ではほぼ意味がない。いや、正確には需要が無い。未知の土地に行きでもすればかなり有用ではあるスキルだが。
そして『製作』。
これは『鍛冶』や『家具職人』、『複製』などの上位のスキルへと派生することのある基本中の基本のスキル。拙いながらも家具が作れるし剣や鎧を作ることも出来るが、精度の低い物しか作れない。
物を作るのに特化していると言えば聞こえは良いが、ぶっちゃけ手先が器用なだけである。これを見た時、俺は俺でしかないんだなとルヴィクは大層嘆いた。
以上の二つがルヴィクのスキルである。
不満はあるが、この二つのスキルに関してはまあいい。
人より数が少ないし碌なのが無いが、これから増やして行けばいいから、良しとしよう。
だが、大切な物がないのだ。
そう、『魔法適正』である。
極々一般的で持っていない人の方が珍しいスキル、魔法を扱うのに必ず必要なスキル。その魔法適正がないのだ。
こうしてルヴィクは、無能の烙印が押されたのだった。
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