第十八話 敗走
遅くなってすみません!
でもまだ日付変わる前だからセーフですよね!
6年という長い年月が流れた。
トオルは15歳になり、幼さはかなりなくなり、少年というよりも青年といった雰囲気になっている。
トオル自身はずっと冥界にいるため時間の感覚がおかしくなっており、自分が15歳になったことなど知りはしないが、成長して戦いやすくなったなとは思っている。
6年でトオル達は冥界の37層にまで進んでいた。
トオルはやはり4階層でゲヴァルトと『魔符』を作ったのは正解だったと思っている。実際、ここまでスムーズに進めたのはこの2つがあったからだ。
まあ6年という時間をスムーズと言って良いのかはトオルとしても甚だ疑問だが。
もし無かったら6年経った今でも10層辺りで苦戦していたか、死んでいただろう。
そして何より、これの存在が大きい。
銃身長約10インチ。全長約390mm。装填数は5発。
黒を基調とした回転式拳銃。
トオルはこれを『魔道銃』と名付けた。
『魔符』や『魔力放出』では近距離から中距離でしか攻撃できない。
やはり戦闘を有利に進めるためには遠距離攻撃の手段も必要だ。
そこでトオルが思いついたのが銃だ。
だが、トオルは銃についてある程度の仕組みなら知っているが、決して詳しくは無かった。
更に、例え奇跡的に銃が作れたとしても、今度は銃弾を作らなければならない。作るにしても材料がない。
いや、正確にはないわけではないが、材料を少ししか持ち運ぶことができない。
材料を少量しか携帯できないとなると、その材料が尽きてしまったらまた運よく見つけるまで探すしかない。
そんなことを一々している時間などない。
そこで、トオルは魔法陣に頼ることにした。
幸い銃の形を作ることは『製作』スキルをもってすればそう難しことではない。
そうして『製作』で作った銃を一回バラバラにし、各部位に魔法陣を刻んでいく。
衝撃吸収の魔法陣、衝撃発生の魔法陣、風の魔法陣等々。
勿論そう簡単に上手くは行かず、何度失敗したか分からない。だが、魔法陣の超技術のお蔭で、銃本体は一年あまりで形になった。
そして問題の銃弾。
これは、作らないことにした。
もし銃弾を作るとしたら、補給できる機会が限られておりおいそれと使えない物となる。そんな安定感のない武器を作るわけにはいかないのだ。
だが銃弾がなければ攻撃ができない。
そこで再びトオルは魔法陣に頼ることにした。
魔法陣は魔力を燃料として動く。
魔力さえ与えれば、魔力に形を与えることを代わりにやってくれるのだ。
そこで、魔力を材料にし弾丸を生み出す魔法陣をシリンダーに刻んだ。
勿論弾丸といっても鉛や、鉛合金に銅合金をかぶせた基本的な弾丸を生み出せる訳ではない。それは錬金術の分野であって魔法陣の知識のみでは不可能だ。
生み出される弾丸は、鉱物に限りなく近い硬度を持つ、魔力を固めた物である。
色々とややこしいこと言ったが簡単に言ってしまえば、弾丸に近い魔力を打ち出すのだ。
勿論魔力を弾として使うからといって直ぐに銃が完成するはずもない。弾が詰まる、銃身で弾が爆ぜる、弾が大きく逸れる、大して飛ばない、そもそも弾が発射されない、等々数えきれないほど失敗をした。
そして三年以上かけて調整を繰り返すことで漸く完成した。
そうしてできたこの銃が、『魔道銃エルガー』だ。
銃と言っても科学ではなく魔法の分野をメインとして作っているため、魔道銃と名付けた。基本めんどくさいのでトオル自身はこの魔道銃を『エルガー』と呼んでいる。
これができてから戦闘は飛躍的に楽になった。
Bランク程度の相手ならば多少魔力を込めて撃てば一発で処理できるし、Aランクの魔物であっても接近する頃にはかなり弱った状態で戦うことができる。
魔道銃に関しては他にもトオルは考えていることがあり、それも少しずつ進めてはいるが現在は攻略をメインにしており、それの開発はあと少しの所で止まっている。
最近はそれに関しては素材も安定して集められるであろう脱出後でもいいかとトオルは考えている。
武器だけでなく、トオル自身も強くなった。
戦いだけの日々のため、多くのスキルを身に付けている。
何度も死線を乗り越えたことで、危機などに敏感で感覚が鋭くなり瞬時の回避などに優れる、『直感』というスキル。
常に薄暗闇の中で暮らし、常に遠くを警戒し、エルガーを使うため遠方に目を凝らしていたことで、視力が良くなり夜目が効く『千里眼』と、障害物越しでも敵を視認できる『千里眼・真』の二つのスキル。
直線にしか使用できないが、一瞬で距離を詰められる『縮地』。
どんなものでも食らい生きてきたことから、魔法だろうと毒だろうと何でも食らい自身の魔力とする『暴食』。
上記の5つのスキルを習得していた。かなり人間を辞めてきた感じになっている。
特に『暴食』など人間が習得するようなスキルではない。
トオル本人は今さら人間に戻る気など更々ないため、別にどうでも良いと考えているが。
「ん?」
レックスに乗っていると、かなり先の方に壁が見えてきた。
トオルは『千里眼』のお陰で見えているが、レックスには見えていないようだ。
「レックス、こっから先は壁だ。止まってくれ」
トオルに言われレックスは止まる。
レックスは困ったように首をかしげ、どうするのかとトオルを尋ねるようにみる。
冥界は下から上の階層へ行くことができない。
唯一できるのは下へと進むことのみだ。
下へ降りる手段は、各階層に一つある縦穴から飛び降りることだ。
普通のダンジョンには階段があったりするのだが、冥界には縦穴があるだけなのだ。
トオル達はこの37階層でも今までと同じように縦穴を探して走り回っていたのだが、見つからない。
隅々まで、本当に端から端まで探して回ったのだが、縦穴らしきものは見つからなかった。
そして見つからないまま端まで来てしまった。
レックスがどうするのかと訊いてくるのも仕方がない。
「やっぱり、あれか?」
トオルは顔をしかめながら呟く。
あれ、というのはこの37階層の中心にいた魔物のことだ。
この37階層から出るために思い付くのはあれくらいだ。
「レックス、あれの所に行くぞ」
レックスは軽く頷き走り出した。
◇◆◇◆◇
竜。
個体差はあるものの、総じて強力で、最強の種と言うに相応しい生物だ。
竜には数多くの種類と分類が存在する。
竜の多くは鋭い牙と角を持った肉食恐竜のような頭部、長い首、強靭な四肢、巨大な体躯、長い尾、背中に飛行能力を持つ翼を持っている。
飛竜、亜竜、古代竜、鳥竜、海竜、七大竜、翼竜が主な分類となっている。
等級は、七大竜>古代竜>飛竜=海竜>翼竜=鳥竜>亜竜、となっている。
そして今トオルの目の前にいる竜、ファフニールは古代竜に属する竜だ。
黒紫色の巨大な体躯。その体を覆う鱗は刃など通る余地もない程に頑強。鋭利な牙と爪は鉱石であろうと抵抗する間もなく切り裂いてしまいそうである。
「…これ、殺せるのか?」
そう疑問を抱いてしまうのも無理はないだろう。
20メートルはあろう巨体だ。一体何度斬り付ければ殺せるか疑問に思うのも普通だ。
「ま、殺すしかないよな」
この37階層には下層に繋がる縦穴がなかった。
可能性としてはファフニールが縦穴を塞いでいるか、37階層が最下層か、ファフニールを倒すことで何かが起きるか、といったところだ。
どれだとしてもファフニールを倒す必要があるだろう。
「レックス、援護するから先行してくれ。
アイツがお前に意識を向けたら『縮地』で斬りかかる」
レックスは軽く頷くと瞬時に加速しファフニールとの距離を詰める。
ファフニールはレックスに直ぐに気が付き、迎撃に毒々しいブレスを吐き出すが、レックスにあっさりと回避される。
そこへ、エルガーから放たれた弾丸がファフニールへと降り注ぐ。
「…マジかよ」
思わずといった様子でトオルが呟く。
エルガーの弾丸はファフニールにダメージを与えるどころか動きを阻害することすらできなかったのだ。
それなりに魔力を注いで撃ったのにだ。
それならばと更に魔力を注いで引き金を引くが、僅かに鱗を突き破り血が垂れる程度の傷しか追わせられない。ファフニールからすればささくれが剥けて血が出た程度のものだ。
だが、それでも一応ファフニールの気を散らすことはできた。
隙をついてレックスがすれ違い様に足に一閃。
レックスの爪は確実にファフニールの鱗を、肉を切り裂き血を噴き出させる。骨まで断つことはできなかったが、確かにダメージは与えた。
ファフニールもレックスを危険と認識したのか、トオルの方を見向きもせずレックスへと襲い掛かる。
ファフニールはその巨躯に似合わぬ俊敏さでレックスへと襲い掛かるが、それの上を行く速度と土魔法を用いたトリッキーな動きでレックスがファフニールを翻弄する。
あれが狼だと言われても誰も信じないであろう光景だ。
ファフニールの意識がトオルから完全に逸れたのを確認し、トオルはエルガーを腰に下げ、ゲヴァルト手に取る。
そして僅かな集中の後、トオルは一瞬でファフニールの眼前へと現れた。『縮地』だ。
流石のファフニールも予想外だったらしく動揺する。
その隙をトオルが見逃すはずもない。
隙だらけの左目に向けゲヴァルトを突き刺す。
眼球ですら驚くほどに硬かったが、魔法陣で高速振動するゲヴァルトの刃は止まることもなく、ファフニールの左目を潰す。
追撃を恐れたトオルは瞬時にゲヴァルトを手放し、ファフニールの顔面を蹴り地面へと戻ろうとする。
その間にも痛みに呻くファフニールに対してエルガーを撃つが、やはり大したダメージは入れられない。
片目が潰れ無闇矢鱈に暴れ回るファフニールの尾が空中のトオルに迫る。
空中では『縮地』も使えずトオルに移動手段はない。『結界』を使い足場にすることもできなくはないが、隻腕のトオルでは瞬時に武器を持ち返る余裕はない。
だが、トオルはそんなことを心配してはいない。
「助かった、レックス」
直ぐ様駆けつけたレックスが、トオルがファフニールの尾にすり潰される前に助けてくれるからだ。
レックスに銜えられながら、トオル達はファフニールから一時距離を取る。
あんな風に暴れられていたら接近戦は危険すぎる。
こういう時こそ遠距離に頼りたいが、生憎エルガーでは碌なダメージにはならない。
もっと魔力を込めれば効くかもしれないが、エルガーが壊れる可能性が高い。まだエルガーはトオルにとってほんの僅かの魔力にしか耐えられないのだ。
「取り敢えず、『来い』」
エルガーがダメならゲヴァルトで叩き斬るしかない。
トオルが魔力を込めて言うと、ファフニールの目の中に埋もれていたゲヴァルトが一瞬にしてトオルの手の中に現れる。
「できればもう片っぽを潰したいんだが、行けると思うか?」
ファフニールの鱗は硬い。
レックスの爪で骨を断つことができなかったのだ、ゲヴァルトの高速振動があっても同様に肉までしか斬れないだろう。
無論肉を斬り続ければいずれは死ぬ。
だが、ファフニールを相手にそのような長期戦は少々危険すぎる。
できることなら視界を奪った状態でやりたいのだが。
「…クゥーン」
警戒されて無理だろうというレックスの考えにトオルも、だよなと同意する。
先程は『縮地』のお蔭で奇襲に成功したが、『縮地』があると知られた今二度目は無理だろう。竜種というのはそこまで馬鹿ではない。寧ろ古竜は人間よりも頭が良く、人語を話せる種だっているくらいだ。冥界に籠っているファフニールは人語を話すことはできないが。
話を戻す。
無論いくらファフニールでも『縮地』を見切ることはできない。『縮地』をして軽く斬ってくらいならダメージを負うこともなく終えられるだろう。
だが、先程のようにゲヴァルトを全力で振るうとなれば話は別だ。
ゲヴァルトは重い。そう楽々と振り回せる物ではない。
更に先程のようにファフニールに突き刺さるほどの威力を持たせるには、溜めが必要になる。
『縮地』が来ると知っていれば、ゲヴァルトを振るう前の溜めの時にトオルを叩き落とすくらいファフニールは問題なくできるだろう。
そう考えると、もう片目を狙うのはリスクが高すぎる。
「仕方ない。
徐々に弱らせていくしかないか」
ゲヴァルトを構え重心を前へと移す。
「俺が『縮地』で一気に攻める。
レックスは追いついたらできる限り俺を援護してくれ」
「ウオン!」
頼もしいな。
トオルは己の相棒の頼もしさに薄く笑い、『縮地』をする。
一瞬にしてファフニールの元へ現れる。場所は足。
素早く斬り付け再び『縮地』で距離を取る。
ファフニールの反撃を受けないために満足にゲヴァルトを振るえていないため、与えた傷は深くないが仕方ない。
『縮地』で距離を詰める。斬る。『縮地』で逃げる。距離を詰める。斬る。逃げる。距離を詰める。斬る。逃げる。
三度も繰り返している内に、ファフニールの元に辿り着いたレックスがファフニールの胴へ爪を立てる。
鱗を貫通し、肉が抉れ、浅くないダメージをファフニールに与える。
トオルが四肢を、レックスが全身を駆け巡りファフニールを傷だらけにしていく。
レックスの速度と技術、トオルの無拍子の間に近づき離れる『縮地』に翻弄され、ファフニールはその巨躯を血に染めていく。
一体何度繰り返した頃だろうか。
トオルが再度『縮地』を行い近づいた時、ファフニールが反応し今にも斬りつけられそうだった足を引っ込めたのだ。
ファフニールは気づいたのだ。『縮地』が行えるのは地に足がついている時のみだと。
地上から空中へ『縮地』をすることはできるが、空中から地上へはできない。
先程は隙を付き動揺させることができたから『縮地』で空中へ行き、ファフニールの目を突き刺した。だが、『縮地』がバレた状態では逃げる時も『縮地』しなければ反撃を受けてしまう可能性がある。
だからトオルは地上から地上にしか『縮地』していなかった。
地上から攻撃できるのは一か所のみ、足だ。
それに気づいてしまえばファフニールにとって対応することは、そう難しくはない。
自身の四肢に集中をしていればいいのだ。
まさか対応されるとは思っていなかったトオルは動揺した。
だが動揺は一瞬だった。
それでも、それは致命的だった。
一瞬の硬直を狙われ、トオルが今まで散々斬りつけてきた足に蹴り飛ばされる。
それだけで、トオルは全身がバラバラになる錯覚を感じた。
それ程の威力だった。
直ぐに立ち上がろうとするが、体と意識が切り離されたかのように反応しない。
そこへ、ファフニールのブレスが襲った。
毒々しい色をしたブレスはトオルの全身を包む。
明確なダメージこそなかったが、それだけでトオルの体は猛毒に侵されてしまう。
何転したか分からない体を起き上がらせようとするが、力が入らず立ち上がれない。
見ると四肢が曲がってはいけない方向へと曲り、腹部は穴が開いている。
これなら動けるはずもないか、とトオルは場違いにも冷静に考える。
痛みに慣れ過ぎたため思考には問題がない。だがいくら痛みに慣れても体の機能を阻害されてしまえば動くことはできない。
次第にトオルの意識は朦朧としてくる。
(これは、拙いな)
意識を失う寸前、トオルが最後に見たのは自分を銜え走るレックスの姿だった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
魔道銃に関しては、ライフリングどうなってるの?とかスプリングどうやって作ったの?とかそこら辺は全て魔法陣のファンタジー技術です。
これで許してください。すみません。
因みに銃のモデルはS&W M500です。
銃身長とか全長とか色が違うのはわざとです。
あとトオルの武器が基本ドイツ語なのはただドイツ語がカッコいいからです。
次回の更新は明日の予定です。