第十七話 魔符
トオル達の10メートルほど先に、二足歩行のカエルがいる。
全身は毒々しい紫をしていて、如何にも毒を持ってますよといった風貌だ。
あの魔物はオークフロッグ。
人と変わらぬ背丈をした二足歩行のカエルの魔物だ。
毒々しい色をしているが、一切毒は持っていない。その代わり、酸性の強い消化液を吐き出してくる。
カエルの名に恥じない脚力を持ち機動力が高く油断できない相手である。
繁殖力も高く、種を問わずに雌であれば卵を産み付けることでも有名だ。
「できればトレント種が良かったんだが…仕方ないか」
ゲヴァルト以外の武器である、ある物を造るのにトレントを使っているためできればトレント種を狩りたいと考えていたトオルだったが仕方ない。
「レックス。今回は俺が一人でやる」
レックスは小さく頷いて魔法で小さな山を作り、その場で蹲り傍観の姿勢を取る。そこからトオルを見守りつつ、他の敵が来たら迎撃もしてくれるつもりなのだろう。
本当に魔法は便利だなとトオルは軽く羨ましく思いながらゲヴァルトを構える。
剣術など微塵も知らなかったトオルだが、戦いだけの日々の成果からか我流ながらもそれなりに様になっている。
足裏から『魔力放出』を放ちながら跳びだし一気に加速をする。
『魔力放出』の音でオークフロッグに気づかれる。
オークフロッグが反転するよりも前に全力でゲヴァルトを投げる。
オークフロッグは咄嗟に跳ね上がりゲヴァルトを避ける。
オークフロッグは空中で身を捻りトオルの方へ向き、口から消化液を吐き出す。
「『結界』」
トオルがそう呟くと、掌に張り付けていた表面に魔法陣の刻まれた樹皮のような札から薄い膜―――『結界』がトオルを守るように展開される。
トオルに飛来したオークフロッグの消化液は『結界』にあっさりと受け止められる。『結界』は消化液を打ち払うと、その役目を終え消えてなくなり、札に刻まれていた魔法陣も消えてしまった。
役目を終えた札をトオルは捨て、別の札を取り出しオークフロッグとの距離を詰める。
2発、3発とオークフロッグは消化液を吐き出すが、先程と同じように『結界』が防ぐ。
そしてオークフロッグの着地の瞬間を狙い、トオルが横を通り過ぎる。
「『爆符』」
瞬間、オークフロッグの腹が爆ぜた。
トオルは先程横を通り過ぎるときに、『結界』とは別の札を張り付けておいた。
それがトオルの声に反応し、札が爆発したのだ。Bクラスに該当する魔物であるオークフロッグが耐えられず死んでもおかしくない威力だ。
だが、トオルは攻撃の手を緩めない。
「ゲヴァルト、『来い』」
トオルの魔力を乗せた声に反応し、投げたゲヴァルトが一瞬でトオルの左手に現れる。
『爆符』の爆発により上半身と下半身が千切れたオークフロッグの頭目掛けゲヴァルトを振り降ろす。
トオルの剛腕とゲヴァルトの重量、更に魔力を流すことにより切れ味を大幅に上げた強力な一撃が、オークフロッグの頭部をあっさりと切り裂いた。
「よし、問題はないな」
自分の作り出した武器の性能を確かめ、トオルは満足そうに頷く。
今までの両手剣なら先の一撃で壊れていたが、ゲヴァルトにはひび一つない。耐久度は問題ない。
魔法陣も問題なく使用できた。
そしてあの樹皮のような札。あれがゲヴァルト以外の武器である、ある物だ。
あれは樹皮のような物ではなく、樹皮そのものである。トレント種の樹皮を剥ぎ取り、手ごろな札のサイズに調整したものだ。
その札に用途別の魔法陣を刻み、声に魔力を乗せ札の名前を言えば発動する仕組みを組み込んだものだ。札の魔法陣は一度で消えるようにしてあるため、戦闘中に捨てた札を相手に取られても問題はない。
トレントの樹皮は意外と滑らかで凹凸が少ないため魔法陣を刻むのに適していた。
トオルはこれを、『魔符』と名付けた。
魔法を使いたいという欲求がヒシヒシと伝わってくるネーミングである。
将来的には紙と墨で『魔符』を作りたいとトオルは考えているが、それは冥界から脱出してからの話だろう。
先程の戦闘で使った『魔符』は、『結界』と『爆符』。
『結界』は札から障壁を生み出す『魔符』で、込めた魔力によって強度が変わる。
『爆符』はその名の通り爆発が発生する『魔符』で、これも込めた魔力によって威力が変わる。
『魔符』にはこれ以外の種類もあるが、ネーミングセンスのあまりないトオルが名付けているため、大体名前を聞けば効果が分かるだろう。
「ウオン」
「ん、ああ、ありがとな」
レックスがトオルを褒めるように吠えてから擦り寄ってくる。擦り寄ってくるレックスを撫でながらトオルは礼を言う。
どうやらレックスも先の戦闘を満足してくれたらしい。
トオル自身も先程の戦闘は十分に満足のいくものだった。
ゲヴァルトは頼りになる両手剣になったし、『魔符』は準備をするのが面倒という難点があるが、その分強力だ。
これまで以上に巧く戦うことができるだろう。
撫でられ目を細めるレックスを見ながらトオルは小さくほくそ笑んだ。
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