第十六話 戦力強化
「左だ!レックス!」
トオルの鋭い指示が辺りに響く。
直ぐ様レックスが身を翻し、左から迫っていた触手を叩き落とす。
叩き落とされた触手目掛けトオルが両手剣を振るう。岩で出来ている両手剣ではあるが、元は木である触手を斬り飛ばすのはそう難しくはない。
トオルとレックスは互いをサポートし合いながら、触手を飛ばしてくるトレントビショップへと少しずつ迫っていく。
本来トレントの触手は有限で、斬り払っていればいずれはなくなる。
だが、トレントビショップは回復魔法も操ることができるため、触手が尽きることがなく厄介な相手だ。
触手を防いでいても勝ち目はない。仕留めるには本体を叩く必要がある。
一気に仕掛けて倒す確実性を上げる為二人は、正確には一人と一匹は少しずつトレントビショップとの距離を詰めていく。
たまに地面から根っこも攻撃を仕掛けてくるため、上下左右への警戒を怠らない。
互いに背中を預けながら、死角となる場所はもう一方が迎撃する。ほぼ完ぺきといえるコンビネーションを前に、トレントビショップの触手が届くことは無い。
「突っ込むぞ!」
「ウオン!」
トレントビショップまで凡そ二メートル。
体を傾けるようにし駆け出し、一気に距離を詰める。
トオルは多少のダメージは無視しながら突っ込み、レックスは触手を完全に見切り触手の上を駆け抜ける。
レックスの爪が上半分を、トオルの両手剣が下半分を切り裂く。
トレントビショップは抵抗虚しくあっさりと動きを止めてしまった。
「ふぅ…」
トレントビショップが完全に動かなくなったのをしっかりと確認してから小さく息を吐く。
ここは冥界の第4階層。
トオルがレックスに相棒と認めてもらった日から既に1年近くの年月が経っていた。
3階層までは順調に進むことが出来ていた。少しずつトオルも戦闘に慣れ、三か月程度で攻略することが出来た。
しかし、4層からは思った以上に上手くいっていない。
4階層は沼地になっており無駄に体力を消耗してしまう上に戦闘がかなりやりずらい。それ以上に敵とのエンカウント率が異様に高いのだ。
七か月経った今でも4階層の半分を攻略できたかできないかといったところだ。
「取り敢えず今回はここまでにしておくか」
トレントビショップから使えそうな素材を剥ぎ取りながら言う。
まだ戦えそうではあるが、無理をする必要はない。
安全を優先するべきだろう。
トオルは今日はここまでにして四階層での拠点に戻ることにする。
「ウオン」
「ああ、頼む」
自分に乗れと吠えるレックスに従い、トオルはレックスに乗る。
レックスは沼地を走っていても全く足を取られていない。レックスは『土魔法』を扱うことができるのだ。
自分の足が触れるところを泥から普通の土へと変化させることができ、当然トオルが走るよりも速い。
もしレックスの体力が無制限だったらレックスに乗りながら階層の探索ができるのにと、トオルは少し残念に思いながら襲ってくる敵を迎撃するのだった。
◇◆◇◆◇
「お疲れ」
「ウオン」
トオルは労いの言葉を掛けレックスから降りる。
目の前にはしっかりとした小屋がある。
これが4階層でトオル達が拠点にしている場所だ。
これはトオルが建てたものではない。『製作』スキルではここまでの建物を造ることはできない。もっと簡素な物なら出来なくもないだろうが。
家具は椅子しかなくとても生活ができる環境ではないが、外よりはマシだ。
誰が造ったのかはトオルには分からないが、グズグズの泥の上で寝るのは流石にトオルも気持ちの良いものではない。ありがたく使わせてもらっている。
小屋の中に入り両手剣を下ろそうとして、ふと動きを止める。
(やっぱり、このままじゃ埒が明かないか)
トオルには武器がない。
いや、あるにはあるのだがたった二つだけだし、二つとも今一決定力に欠ける。
『魔力放出』は消費魔力に目を瞑れば牽制にも使えるし、防御にだって使える。非常に取り回しが利くのだが、これだけで冥界の敵を倒すのは難しい。
両手剣は材料がただの石である。石は簡単にレックスの魔法で作り出せるためいくらでも作れる。
だが、材料が石であるため耐久度はそこまで高くなく、切れ味も低い。一戦するごとに壊れてしまうため、命を預ける武器としては物足りなすぎる。
トオルは存在が半魔物であるが、なまじベースが人間であるため、自分の身に武器となりえるものを持っていない。
この4階層だけなら時間さえかければ今の状態でも攻略はできるだろう。
だが、5階層から先はどうだろうか。
ダンジョンは階層が進むごとに難易度が上がる。
今以上に強い敵が出てきたとき対応できるかと訊かれると、トオルは頷くことができない。
やはり、武器が必要だ。
幸いこの小屋には今まで集めた目ぼしい素材を溜めてある。
ここは攻略を急ぐより、準備を整える方が重要だろう。
そう考えるトオルは一冊の本を手に取る。
タイトルは『魔法陣について』。著者はヨハネスと書いてある。
内容は誰かにあてた説明を書いてあるというよりも、自身の研究成果を記録してあるといった感じだ。決して分かりやすくはないが、聖国の一般公開されている図書館にあった本の何倍も為になりそうである。
トオルはレックスに暫く探索を休みたい旨を説明し、早速武器の製造に着手し始めた。
◇◆◇◆◇
「…できた」
数週間後、完成したものを見てトオルは満足げに呟いた。
岩でできていた両手剣は冷たい光を持った銀色をした刀身に変わっている。
トオルの持っているスキルは『製作』。武具を造ることに特化した『鍛冶』ではない。そのため剣として優れた物を造ることはやはりできなかった。
だが、良い素材を使えば耐久度は上がる。
今回はリオリス鋼と言われる硬さに特化した鉱石を使い作った。リオリス鋼は硬い代わりに半端ではなく重いが、トオルの腕力なら問題はない。
かなり頑丈な物に仕上がった。これならちょっとやそっとじゃ壊れることはない。
そして何よりこの剣には2つの魔法陣を仕込んである。
魔力を流すことで刀身を超高速で振動させ切れ味を上げる魔法陣。これで切れ味の悪さをカバーすることが出来る。トオルのように膨大な魔力を持っていなければ扱えないほど魔力を必要とする欠点があるのが残念だが。
もう1つの魔法陣はトオルの「来い」という声に反応してどれだけ距離があっても一瞬で手元へ飛んでくるという物だ。
ただ来いといっても飛んでは来ないのだが、声に魔力を乗せて言うことで魔法陣が反応する。
この魔法陣が作れたのは、ヨハネスという人物の研究書のお陰だ。
そもそも魔法陣とは何なのか。
魔法陣とは魔法と同じような効果を持った陣のこと。その陣に必要量の魔力を流すことで効果を発揮することができる、という物だ。
魔法のようにいつでもどこでも使うことはできないし、一から魔法陣を書くのは時間がかかってしまうため、魔法の劣化とされている。
利便性は高いため、日用品には多く使われているが、戦闘にはあまり用いられない。
では何故トオルは用いることができるのか。
その多すぎる魔力と、漢字で魔法陣を作ったからだ。
この世界の言語は漢字と違い、少ない文字で意味を持たせることはできない。
そのため、どうしても強力な魔法陣を作ろうとするとサイズが大きくなってしまう。
だが、漢字を使うことにより、圧倒的に魔法陣を小さく収めることができた。
本来トオルのような魔法陣に関して基礎の基礎しか知らない人間が、漢字を使ったからといって簡単に魔法陣を作ることはできない。
だがそれは、この『魔法陣について』という研究書が解決してくれた。
魔法陣に関して基礎から応用まで事細かに記載されていたのだ。
所々に分からない用語が入っていたりはしたが、魔法陣を作るのに十分な知識を与えてくれた。
トオルは改めてこの本を書いたヨハネスという人物に感謝をする。
「よし、あとは実戦だな」
トオルは苦心して造り上げた両手剣、『ゲヴァルト』を背負い立ち上がる。
そして、ゲヴァルト以上に苦労したある束を掴み、レックスと共に実戦のため外へと向かった。
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