第十五話 相棒
あの爬虫類に真っ向からぶつかった場合勝てるだろうかを考えた場合、勝敗は五分五分と言ったところだろうとトオルは考える。
その推測は概ね当たっているといえるだろう。
力という一点ならば三日前から更に強化されたトオルの方が上を行くが、速度は完全に爬虫類が上だ。
この前のように奇襲でなければ『魔視眼』を持っているトオルの方が、爬虫類を常に捕捉し立ち回りに関しては優位に立てるが、戦闘をすれば尻尾や牙、爪など全身が武器になる爬虫類の方が上になる。
トオルの唯一の武器は『魔力放出』。その『魔力放出』は以前は風を放つものだと思っていたが、実際は衝撃を放つ物で、全身がゴムをような爬虫類には効きずらい。
爪猿の頭部を吹き飛ばした時のように槍をイメージすれば貫くこともできなくはないだろうが、所詮は衝撃を放っているだけなため厳しい。
性能面ではトオルが劣っているが、事前に相手に対する知識を持っている分、やはり五分五分といったところだろう。
ではどうやって勝つか。
一応トオルに考えはあるが、ついさっき思いついたため自身は無い。
「まあ、やってやれないことはない、だな」
何とかなる、いや何とでもしてやる、と気持ちを切り替えた時、先頭を行く黒狼が足を止める。
岩から顔だけを出して周囲を伺う。
目的は直ぐに見つかった。正面で一心不乱に爬虫類が自分より一回り小さい爬虫類を食べている。
「同族も食うのか」
それは如何なものかとトオルは思ったが、同族をクソみたいな実験に使う種族の万倍マシかと思い軽く笑う。
食事をしている爬虫類はこの前トオルを襲ってきた爬虫類と同じようなサイズだ。
リベンジにはピッタリだ。
黒狼は自分から倒してみるように言ってきたくせに、どこか心配そうにトオルを見上げてくる。
「大丈夫だ。
あの程度、殺してみせる。
そうじゃなきゃ、あいつらも殺せはしないだろうからな」
あいつら、というのが何を指すのか察した黒狼は何故か不安そうな色をより濃くした。
トオルはそれには気づかず、黒狼を一撫でして立ち上がる。
本当は策を用意してから襲いたいが、それをしてしまうと向こうは確実にトオルに気づいてしまう。
ここまで絶好の奇襲の機会を逃す程トオルも馬鹿ではない。ただでさえ戦闘など慣れていないのだから奇襲をするのは当然だろう。
槍のイメージを固め、いつでも放てる準備を終える。
今のトオルが持てる全力で疾駆する。
三日前の比ではない速度を持って爬虫類に肉薄する。
両足を折り曲げバネのように跳び上がる。
爬虫類が背後から迫るトオルに気が付くが、遅すぎる。
狙うは首。
頭や一撃で壊せそうな尻尾でも良かったが、一撃で殺しきれないことは分かり切っているのだから、二撃目三撃目で仕留めるための攻撃だ。
爬虫類が振り向くより速く、溜めていた『魔力放出』を解放する。
放たれた槍のような衝撃は爬虫類の首へ浅くないダメージを与えるが、ゴムのような皮膚によりかなりの衝撃を吸収されてしまう。
それでも爬虫類が体勢を崩すには十分であった。
追撃を仕掛けたいところだが、空中で踏ん張りが効くはずもなくトオルは後方へと軽く飛ばされる。
その流れに逆らわず、近場の岩に着地する。
ここからは時間との勝負だ。
直ぐ様左手を下の岩に付け、集中する。
自分に最もあるのは何だ、力だ。
アイツを殺すのに必要なのは何だ、武器だ。全てを叩きつぶすような武器だ。
イメージするは剣、欲するは硬さ。
ならば造るのは決まっている。
集中を解き目を開く。
トオルの下にあったはずの四メートルはあった岩は姿を消し、代わりにトオルの左手に180センチはある岩で出来た両手剣が握られている。
四メートルもの岩が押し固められ、トオルの『製作』スキルにより両手剣へと姿を変えたのだ。
片腕しかないため片腕で扱うのに両手剣はおかしいかと思ったが、サイズ的には両手剣といっておかしくはないし別に良いかと直ぐに思考を切り替える。思っていたよりすんなりと造れたため、爬虫類がトオルの元まで来るのにはまだ僅かに時間がある。
『鍛冶』スキルで造ったような立派な剣ではないが、一応剣をイメージして作ったからか両手剣を地面に突くとすんなりと刺さる。
自由になった左手を正面に構え、『魔力放出』の準備をする。
今度は槍ではなく巨大な壁をイメージする。魔力を押し固め準備を終える。
爬虫類の突進が届く直前、トオルの放った『魔力放出』が爬虫類を迎え撃つ。
爬虫類の突進と『魔力放出』は拮抗に終わったが、爬虫類の足を止めることは成功した。
トオルは両手剣を手に回り込み、爬虫類の首を力任せに下からかち上げる。
決して剣としては優れていないため、爬虫類の首を断ち切ることは無かったが、怯ませるに十分な威力はあった。
伸縮性の高い爬虫類の首がくの字に折れ曲がる。
それを見届けることなくトオルは瞬時に膝を曲げ、跳び上がる瞬間に『魔力放出』も用いて高く上空へと跳ぶ。
このまま重力に任せて爬虫類に斬りかかるのでは遅い。反撃を受けるだけだろう。
トオルはジェットエンジンのイメージで『魔力放出』を放つ。
想像以上の勢いに一瞬焦るが、直ぐに頭を切り替え上段に両手剣を構える。
爬虫類に激突する直前、『魔力放出』の勢いと重力、トオルの剛腕から繰り出された一撃が爬虫類の首に叩きつけられる。
下からかち上げた時とはまた違う、何かを砕く感触がトオルの手に伝わる。首の骨を折ったのだ。
だがそれだけで止めない。更に渾身の力を振り絞り両手剣を振りぬく。
衝撃に耐えきれず、トオルの両手剣が中ほどからへし折れる。
真っ二つになった両手剣を気にも止めず、トオルは追撃を仕掛ける。
着地し、間髪入れずに残った両手剣の残骸で爬虫類の首を横から殴りつける。勢いに逆らわず爬虫類の首は面白いように伸び、そのまま動くことは無かった。
決して巧いとは言えない力任せな戦い方ではあったが、トオルは確かに敵を屠ることに成功したのだ。
達成感に包まれるトオルの元に満足そうな黒狼がやってくる。
「どうだ、俺はお前の相棒として合格か?」
黒狼は静かに頷く。
「そりゃどうも。
…そういえば、お前って名前とかあるのか?」
黒狼の名前を呼ぼうとし、そこでトオル自身が名乗っておらず、黒狼の名前も知らないことを思い出した。
今更感が半端ではないが、訊かない訳にもいかない。
トオルの問いに、黒狼は尻尾を振る。
そうかと小さく呟きトオルは考える。
これから協力をしていくのに、名前が無いのは不便だ。
「…じゃあ、俺が名前付けてもいいか?」
黒狼がどことなく嬉うに頷く。
トオルは自分自身のネーミングセンスに全く自信を持っていないが、適当に良さげなのを考える。
「…レックスでどうだ?」
完全に響きからなんとなくだ。何か意味を持たせた名前を考えようかとも思ったが、碌な物が思い付かなかったため雰囲気で決めてみた。
いい加減に言ってみたのだが、中々どうして気に入ったらしく黒狼改めてレックスが頷きながらしきりに吠えている。
「じゃあ、これからよろしくなレックス。
俺は…」
口を開いたまま固まってしまう。何と言えば良いのか分からなかった。
自分はもう芳賀亨ではない。ルヴィク・コラルという人間だ。だが、この名を使う気にはなれなかった。
親に捨てられ改造され化け物になり、情けなく死を乞うことしかできなかった惨めな存在。今の自分がそんなルヴィクと同じであると思いたくなかった。
だから。
「俺はトオルだ」
芳賀亨でも、ルヴィク・コラルでもないただのトオル。
そう名乗ることで、確かに自分が変わることができるような気がした。
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