第十三話 お助け
「う…ぐ」
相当な高さから落ち痛む体を起こす。
「これ…骨か?」
改造されたトオルの体でもこの高さでは無事では済まないが、下に山のように積まれた骨がクッションになり助かったようだ。
一体どれだけの数の実験体がここに廃棄されたのか想像がつかない。
動くたびにガラガラと崩れる骨山からどうにか降り辺りを見渡す。
ダンジョンと聞くと無数の通路をイメージするが、冥界は全く違っていた。
一面にはトオルの三倍はある岩がゴロゴロと転がっており、岩石地帯という表現がぴったりな光景だ。
見た限り岩以外に何もなく、遠くまで目を凝らしても壁と言えるようなものは見当たらない。
ここが本当に大地の中なのか分からなくなってしまいそうだ。唯一空がないことだけがここがダンジョン内であることを理解させてくれる。
取り敢えず冥界からの脱出が当面の目標になるが、トオルにはもう活動する体力が殆どない。こんな疲れ果てた状態で危険極まりないダンジョンをうろついても自分の首を絞めるだけだ。
安全、とまではいかなくとも四方を警戒しなくても良い場所を探すことにする。
向かってくる敵は全て殺してやる、という強い意志がトオルにはあるが勝てない戦いをするほど愚かではない。
ダンジョンに魔物がいない等ということはまずない。もし今の状態で見つかればトオルは負けるだろう。
トオルにこんなところで死ぬつもりはない。
そのため、一歩一歩慎重に岩に身を隠しながら進んで行く。
どれだけ歩いただろう。
体力も底を付き始め、疲れから足が止まりそうになりながら歩いていると、一つの違和感を覚えた。
前方の景色が妙に近く感じる上に、空気中のマナとは別の魔力が見えるのだ。
ついにあの時刺された目がイカれたかと思い目を擦ろうとした瞬間、トオルの全身が粟立つ。
直感に身を委ねるようにして力を振り絞り横へ跳ぶ。直後、轟音と共に寸前までトオルが立っていた場所が崩れる。
見るとそこには槍のように鋭い一本の尾が突き刺さっていた。
尻尾を伝うように視線を上げると、そこには三メートルはあるトカゲのようなカメレオンのような爬虫類の魔物がいた。大きく迫り出た眼は確実にトオルを獲物として捉えている。
「クソが!」
小さく悪態を吐き走り出す。
既に足は感覚がなくなりフワフワとしてきているが、立ち止まっている暇は無い。
距離を確認しようと後ろを見る。
しかし、そこには爬虫類の姿はない。もう回り込まれたかと正面を向くが、そこにも姿はない。慌てて右、左と視線を動かすがいない。
完全にトオルより素早い。
相手を見失ったことに焦りを覚えながらも必死に足を動かす。
トオルから確認できなくとも向こうはトオルを捉えているのだ、止まれるはずがない。
だが、その逃走は強制的に止められることになる。
「っぐぅ!」
鋭い痛みがトオルの右足に走る。
見ればトオルの右足には先程地面を砕いた尻尾が突き刺さっていた。
後退するか引き抜くかトオルが判断を下すより早く、トオルの体が空中へ持ち上げられる。
突き刺さった爬虫類の尻尾は数枚の鱗が返しになっており、トオルの自重のみでは落ちそうにない。
ぷらぷらと尻尾に垂れ下げられたトオルを爬虫類が口へと運ぶ。
一本一本がギザギザと鋸状になっている歯が無数に並んでいるのを見て、これは痛そうだなどと場違いにもトオルは思ってしまう。
武器など持っていないし、魔力も時間経過で多少は回復したが雀の涙程しかない。体も異常なほど頑丈にはなったが、爬虫類の尻尾が貫通したのだ、咀嚼できないほどではないだろう。
握力でどうにか尻尾を引きちぎろうとするが、伸縮性が高くまるでゴムを握っているかのようだ。
諦めるつもりはない。石に噛り付いてでも生き残ってやる。
トオルの瞳はそう語っているが、打つ手がないのも事実だった。
恐怖はない。あるのはただ悔しさだけ。
僅かばかりの抵抗で決して目だけは逸らさないし瞑らない。食われようとも諦めたりはしない。
爬虫類を睨みつけ、自由な左腕と左足で無駄と分かり切っている抵抗を続ける。
だが、爬虫類にとってそれは気にするほどのことではない。
気にせずトオルを口の中に運び咀嚼する。
「は?」
はずだった爬虫類の頭部が一瞬にして消えた。
それに追従するように爬虫類の体全体から力が抜け落ちる。
あまりに唐突な出来事にトオルは間の抜けた声を上げる。
それ程までに意味不明だった。
先程まで、確かにトオルを美味しくいただこうとしていた爬虫類の頭部。それが一瞬にして弾けて消え、死んだ。
やはりトオルには、思い返したところで意味が分からなかった。
だが一つ確かなのは、トオルが助かったということだ。
半ば呆然としていると、トオルの直ぐ隣から足音が聞こえる。
また新手かと大急ぎで頭を振り向ける。
そこには、一匹の黒い狼が立っていた。
瞳に先程の爬虫類のような敵意はなく、こちらをただじっと見つめている。
口から血が滴っており、今しがた何かを食い千切ったことを物語っている。
「…お前が助けてくれたのか?」
トオルは動揺する心をどうにか押しとどめ、努めて平静を装い声を掛ける。
狼は肯定するかのように鼻を鳴らした。
「そうか、助かった。
礼を言わせてくれ」
できる限り誠意が伝わるように頭を下げる。
それが通じたのか、狼はトオルの前から離れ仕留めた爬虫類の死骸を銜え、眼でトオルに着いてくるよう促す。
狼に着いて行っても食われないという保証はない。だが、体力を回復させられなければここに一人で残っていても待つのは死だけだろう。
何故自分を助けたのか、何故襲わないのか等多くのこと疑問に思いながらも、トオルは逆らわずに狼に着いて行くことにした。
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