第十二話 決意
アルローデム公爵家の自室で、ルゼルフィーナは一人丸くなっていた。
また明日、そう約束した次の日。図書館の前でいくら待っても、約束をした本人が来ることは無かった。
その次の日も、その次の日も、いくら待っても来ることは無かった。
不安を覚えたルゼルフィーナはルルイドの中を探し回るが、当てもなく大きな都市を歩き回ったところで見つかるはずもない。
ルゼルフィーナ自身、自分の身分を隠すために互いの家に関することを話すのは避けていたため相手の家も知らなかった。
いくら探しても見つからない。
ルヴィクに会いたいという気持ちが身分がばれたくないという思いに勝り、父であるアルローデム公爵に捜索を依頼した。
それでも、見つかることは無かった。
自らの治める地の住人のことの為両親は直ぐに分かったが、ルヴィクという少年が見つかることは無かったのだ。
いや、正確には見つけることが出来ないというのが正しい。
コラル家の一人息子であるルヴィクは、魔物に襲われ死んでいたのだ。
ルゼルフィーナと会う約束をしていたその日、ルヴィクは勝手にルルイドの外に出てしまいそのまま帰らぬ人となった、という話だ。
無論公爵も証拠もなしにこんな話を信じない。
だが、門番の記録にはしっかりとルヴィクが出て行った記録があり、その日巡礼から帰って来た教会関係者数人が襲われるところを目撃しており、どうにか助けようとしたが間に合わなかったと証言しているのだ。
この世界で死が明確に確認されることはそう多くない。
これだけ証拠が確認されたのだ、ルヴィクは死んだ者と公爵が判断を下したのは仕方がなかっただろう。公爵でなくとも皆そう判断しただろう。
ルヴィクは死んだ。そう判断した公爵は隠さずにルゼルフィーナにこのことを告げた。
ルゼルフィーナはまだまだ子どもだ。暫くはショックで立ち直れないかも知れないが、一か月もすれば立ち直るだろう。そう思ってストレートに言った。
だが、これが失敗だった。
ルゼルフィーナにとってルヴィクという存在は公爵が思っていた以上に大きなものだったらしく、三か月経った今でも部屋から全く出ようとしない。
公爵がこのことで妻にこってり絞られたのは言うまでもないだろう。
「…ルヴィク」
何度目か分からない呟きは、ルゼルフィーナ自身からしても酷く掠れて弱々しいものであった。
この三か月、ルゼルフィーナは一切前へ進むことができていなかった。
本当に死んじゃったの?どうして死んじゃったの?ボクはどうすればいいの?
そんな疑問だけが何度もルゼルフィーナの頭に浮かんでは消えるを繰り返している。
答えてくれる者はいないし、答えが出るはずもない。
「ボク…寂しい」
「そう、寂しいのね」
ルゼルフィーナの呟きに返答が返って来た。
驚き見ると、いつの間に入って来たのかルゼルフィーナの母であるリリアが立っていた。
入って来たのがリリアだと分かると、ルゼルフィーナはぷいと顔を背け再び布団にくるまる。
「ルゼルフィーナ」
「出てってよ」
いつまでそうしてるのかと叱りに来たに決まっている。父様が無理だったから今度は母様が来たんだ。
そう思ったルゼルフィーナは一切取り合う気はないと無視を決め込む。
二人とも、自分の気持ちなんて分かる訳がないのだ。
「こっちを見て、ルゼルフィーナ」
何を言っても起き上がろうとしないルゼルフィーナ。
リリアはルゼルフィーナの寝ているベッドに腰を掛ける。
「ねぇルゼルフィーナ、貴方はそれでいいの?」
ルゼルフィーナから反応はないが、リリアは気にせず続ける。
「寂しいのは、貴方だけじゃないと思うわ。
ルヴィク君も寂しいはずよ」
「ルヴィク?」
「ええ、ルヴィク君よ。
ルヴィク君だって、貴方に会えなくて寂しいと思っているはずよ」
言われ考える。
自分と会えなくてルヴィクは寂しいだろうか。
自分と同い年なのに妙に大人っぽくて、落ち着いていて、全く子どもらしくない少年。
確かにいつも一緒だが、ルゼルフィーナが懐いていただけでルヴィクはそうでもないのかもしれない。
でも、一緒に居て少しだけど、ルヴィクは嬉しそうだった。めんどくさそうにすることはあっても、嫌がることは無かった。
「ねぇルゼルフィーナ。
確かに、もうルヴィク君には貴方からは会えないわ。
でもね、ルヴィク君からは貴方には会えるもしれないわよ」
「ほ、本当!?」
リリアの言葉に勢いよく飛び上がる。
「本当よ。
お墓を作ってあげるの」
「お墓?」
「ええ、お墓よ。
ルヴィク君の両親ね、お墓を作る余裕がないらしくてね。
ルヴィク君にはまだお墓がないの。
それって、とっても悲しいことだと思わない?」
ルゼルフィーナは黙って頷く。
「お墓を作ってあげれば、ルヴィク君はそこに戻って来てくれるかも知れないわよ。
そうすれば、ルヴィク君からは貴方と会えるようになるわ。勿論、確証はないけれど。
でももしルヴィク君が来てくれれば、貴方とまた会えるようになるわ」
リリアの言葉にルゼルフィーナは俯き考える。
「このままでいいの?」
下げられていた顔が上がる。
上がったルゼルフィーナの顔は、先程までより少しだけ、前を向いていた。
◇◆◇◆◇
子どもでも運べそうな小さな石が立てられている。
周りには実に多くの種類の花が添えられていて、ちょっとした花畑のようだ。
その石の前に一冊の本を少女が置く。
「はい、これ新しい本だよ!」
少女―――ルゼルフィーナは石の前に座って一人で話をする。
昨日は何を食べた、外を歩くようになったら父様が五月蠅い、母様は相変わらす綺麗だ、図書館に本が増えた。
いつもルヴィクと話していた何でもないありきたりな雑談。
それを話すルゼルフィーナの顔は、不思議と楽し気に見える。
「ルヴィク、ボクね、強くなろうと思うんだ。
力を付けてね、強くなりたいんだ。誰かを守れるくらい。
もしボクが強くて、ルヴィクが外に一緒に連れて行ってくれたらって、今でも思うんだ。
だからね、強くなりたいの。今度は誰かを守れるように」
一人話すルゼルフィーナの顔に冗談の色は一切なく、本気で言っていることを如実に表している。
「だからね、その、ボクのこと見守っててほしいんだ。
ボク、ルヴィクが見ていてくれたらがんばれるから」
じゃあ今日はもう行くね、と言いルゼルフィーナは立ち上がりルヴィクの墓から去っていく。
その瞳は決意に燃えている。
「絶対、強くなるから」
その日から、ルゼルフィーナはアルローデム公爵家の私兵の訓練に交ざるようになった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
次からは殺伐とした主人公のターンです。
ちょっと毎日更新が厳しくなってきたので、更新が1時越えたりするかも知れません。
次回の更新は明日の予定です。