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最弱獣の献身  作者: 白銀トオル
第三章 黎明の噺
22/26

22 未来を想う(2)

2017.02.12 更新:2/2


ひとまずはまた書き溜める作業へ入ります。

ラストはもう間近なのですが、実はまだそのラストに大いに迷っていたり。うう~ん悩ましい!

 焚き火の明かりで照らされる野営地から離れ、静まりかえった草原の真ん中へ移動すると、頭上から注ぐ月明かりに包まれた。清廉な白さは、赤い炎よりも柔らかく、気持ちもいくらか落ち着いてきた。

 草原を優しく駆ける夜風を受けながら、サァラはそっと息を吐き出す。


 人の世界と、獣の世界。互いの認識がどれほど違うのか、ようやく思い知った心地だった。



 ――ユーグリス家の領地で、戦争が起きる



 耳元で囁かれるように、グリフの言葉が甦る。全く想像もしていなかっただけに、あの言葉はサァラの深い場所に植え付けられた。

 良かれと思った事は、彼を助ける事もあれば、血を流す争いを生む火種でもある。

 こんなに、認識が違うとは。


 そもそも、アシュベルが立つ場所というのは、サァラの暮らしとは大きくかけ離れている。数多くの人の思惑が行き交い、野を駆ける獣のように生きていられない世界なら、自分がした事は余計な事だったのかもしれない。


 だけど。


 ――僕、ここで頑張るんです!


 まだ知らないだけか、それとも覚悟の上なのか。屈託無く笑った幼い少年の強かさを、サァラは不意に感じた。


 サァラとアシュベルの暮らす場所と、そこでの生活は、確かにかけ離れている。

 ナーヴァルの里に生まれたサァラには、血の繋がりはあまり重要でなく頻繁に声を掛け合うわけではないが、両親というものは存在していた。同時期に生まれた、ガァクを含む子どもたちが兄弟や姉妹のようなもので、競ったり学んだりしながら共に成長し、それを親のように見守っていたのが大人のナーヴァルたちだ。

 里に暮らしていた全ての仲間が、家族でもあった。

 あの森で暮らす事はとても過酷ではあったけれど、ナーヴァルたちは不完全なサァラを見捨てず生きる術を教え、守ってくれた。

 こうして考えると……サァラが立つ場所は、案外、恵まれている事ばかりだった。


 だからといって、アシュベルの出生やそれまでの暮らしを、哀れむつもりはない。それが彼の暮らす世界であり、彼が選んだ場所だ。

 だが、幼い彼が立つ場所は、あまりにも険しい。


 私が、アシュベルに出来る事は何なのだろう。

 二人で暮らしている時は、彼のためと言いながら結局は自分のためだった。けれど今は、そうではない。もっと別の感情が、サァラの胸に満ちていた。




 草原に座り込み、考えに耽っていると。

 いつの間にか背後には、四つ足の獣姿のガァクが佇んでいた。彼は獣人の姿へ変わると、無言のまま、サァラの隣へ腰を下ろす。


「……森の中と外がどれくらい違うのか、ようやく分かった気がする」


 サァラがぽつりと呟くと、何を今さらとばかりにガァクが大きな溜め息をこぼした。


「俺達と人間が、同じなはずがない」

「それは、そうなんだけど……」

「――面倒なら、これを最後にすればいい」


 これまでにない真剣な響きを乗せ、ガァクは言葉を吐き出した。サァラも思わず、驚いたように顔を上げてしまう。


「もともとナーヴァルと人間は、共に過ごす事など出来ない種族だ。ちょうどいい、これを最後にしてしまえ」

「ガァク……」

「……本来なら、子どもだったからなどと、助ける理由にはならない。だがあの時、長が人間の子どもを見逃したのはな、お前があんまりにも必死に言ったからだ。それに免じて一度だけ見逃してやったら、この様だ。人間とは本当に欲深いな。どうかどうかと言いながら、この先、延々と欲しがるぞ」


 怯んでしまいそうになるほど、いつになくガァクの口調は強い。しかし、それを恐れて気にするようなら、里の仲間たちから不信感を買って出たりしなかった。


「そうだね、うん、きっとそう。ガァクの言うとおり。でも、私、嫌じゃないよ。それを選んだのは私自身だから」

「……」

「ガァクは、里の事とか、色々心配してくれてるから。分かってるよ、迷惑はもう掛けない」


 さすが、未来の族長だね。

 サァラがそう笑った途端、ガァクは突如、不機嫌な形相へ変わった。


「ナーヴァルの里のため、だと」

「え、ガァク……?」

「サァラ、お前は――本当に、どこまでも、馬鹿だな」


 あまりの言い方に、さすがのサァラもむっと表情を歪めた。

 だが、ガァクはその眼光でサァラの視線をはね除けると、サァラの肩を掴んだ。白い毛皮に包まれた大きな手はあまりにも強く、サァラは抵抗の間もなく草原に押し倒される。

 仰向けにひっくり返ったサァラの上に、強靱なガァクの身体が覆い被さった。月明かりが遮られ、目の前に降りた暗闇の中、真紅の眼光がはっきりと瞬く。


「里のためだったら、お前に着いてきたりせず、放っておいた」


 肩をちょっと押さえ付けられただけで、万の力で制されたようだ。サァラが身動ぎをしても、全然、全く、これっぽっちも、動かない。サァラはすぐに抵抗を止め、仰向けの格好のままガァクを見上げた。


「それと、何か勘違いしているようだから言っとくが――俺が族長になる事は、これから絶対にない」


 突然聞かされた話に、サァラは仰天した。

 そんなはずがない。ガァクは昔から有望で、将来の長として一目置かれていた。その彼が族長にならないのは、天地がひっくり返るほど、有り得ない事だ。


「な、なんで?!」

「里を頻繁に抜け出すような戦士が、里を守る長になるなんて、馬鹿げていると思わないか」

「で、でも、だからって」

「長からも、既にそう言われている。もとより覚悟していた事だ。なにより、そんな長は俺自身でも認めない」


 グルグルと唸り声をこぼす獣の頭部に、サァラは愕然とし力を抜く。

 長から、もう既に言われている。

 それはつまり、覆しようのない決定事項であるという事だ。


「……いつから」

「お前が里を出た、あの日から」


 しかも、一年近くも前から!

 全く知らなかった新事実に、サァラは絶句する他ない。


「どうして……」


 サァラの口から出たのは、その言葉だけだった。しかし対照的に、ガァクには全く不満の色はない。


「……さあな、阿呆のやるような事だとは思うが」


 狼を彷彿とさせる獣の顔が、サァラを真っ直ぐと見下ろす。夜空に昇り詰めた白い月を背にした光景は、恐ろしいほどガァクに似合っていた。


「長の立場などよりも、放っておけないものがあったから。それだけだ」


 ガァクは顔をゆっくりと下げる。近づいてきた口が開き、静かに牙を覗かせる。

 けれど、その顎が、サァラの首を捕らえる事はなかった。


「……だが、お前にとっての放っておけないものは、ナーヴァルではなく……あの子どもなんだろうな」


 小さく笑う仕草には、諦めたような色が滲んでいる。ガァクは口を閉ざすと、その濡れた鼻先でサァラの顔を小突いた。


「行くな構うなと言ったところで、お前が聞くはずもない」


 ガァクは身体を戻すと、サァラの上から退く。仰向けに転がるサァラを引き起こし、静かに視線を落とした。


「……あれの側に居たいなら、居ればいい」


 サァラは、思わず両目を見開かせる。今まで何に対しても反対を重ねてきた彼が、初めて口にした言葉だった。


「落ちこぼれだが、お前もナーヴァルの一頭。気に食わんが、鬱陶しく考えていないでいい加減に選べ」

「ガァク……」

「人間たちは、明日にはまた居なくなるんだろう。その時、お前はどうする?」


 森の外に出るのか。

 それとも、森の中で暮らすのか。


「今度こそ、選び取れ。自分の意志で」


 サァラが何か言う前に、ガァクは早々に立ち上がる。獣人の姿から四つ足の獣の姿へと変わり、彼は身を翻して去って行った。


 残されたサァラには、夜のせいではない、重い沈黙が訪れた。


「私が、どうしたいのか……」


 サァラは夜空を仰ぎ、月を見上げる。

 自分は、どうするのか。自分がアシュベルに出来る事は、何なのか。

 深く考えるサァラに、刻々と近づく。人にはなれない、獣にもなれない、中途半端な存在が決断すべき――夜明けの時が。





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