隣の馬鹿観察記-by-俺。
―――であるからして……。
カツカツと黒板を叩くチョークの音と、イントネーションの変わらない中年の声が教室に満ちる。
退屈な授業。
ただでさえ眠い古文は、火曜5限目……即ち、昼飯による満腹感でより眠く。
そもそも古文担当の清潔ハゲ教師は一定のテンポで喋るし、常に黒板を向いて授業を行う。
早い話が、眠くなる要因倍増しながら、居眠りしてもバレない、って事だった。
テストの内容も、簡単な暗記問題ばかり。誰かにノートを見せてもらえば小一時間で80点は取れる様なモノだ。
ただ、世の中にはそんな簡単な問題でも落とす馬鹿がいる。
何を隠そう、隣で完全に落ちている馬鹿の事だ。
他の生徒は頬杖を付いて寝ぼけ眼。寝てるにしたって、教科書を盾にして隠すくらいはしている。
……だがこいつは違う。
他の生徒とは一線を画すのだ。
なんとまあ見事にノート教科書すべてを枕にして、完全に突っ伏して寝ているのである。
そもそも、その教科書も4限目の化学だった。昼も食わずに寝るとは恐れ入る。
不可思議な日常を送っているこの馬鹿は、実に興味深い男だった。
隣に座る馬鹿が、今日はクラスメイトに視線を向けていた。
いつもの事だ。
いつも通り、斜め向かいのセミロングの女子生徒に視線を向けていた。
これで、今月に入って37回……今週で19回だ。
まだ第2水曜だと言うのに、ペースが早い。
他の男子が視線を向ける回数は、最多でも週8回程度だ。
だというのに、こいつはたった3日で倍以上に視線を向けていた。
なるほど、こいつはやはり彼女に気があるのだろうか。
というか、気があるのだろう。
この馬鹿が、彼女に惹かれる理由は何なのだろうか。
やはり、髪型か?セミロングなのだろうか。
彼女の癖なのか、ふとした時に左手で髪を掻き上げる時、いつも視線を向けている気がする。
いや、より正確にはその瞬間まで視線を向けていて、終わったら満足したかの様に視線を戻すのだ。
そこで、俺は一計を案じてみる事にした。
木曜5限の古文後の休み時間。教室移動の為に、という大義名分を以って起こす事が出来る唯一の日。
しかも木曜の4限は体育である。疲労、満腹……そして5限目に睡眠。
寝起きで頭が働いていない事は一目瞭然、つまりは無意識の内に本音を引き出せる可能性が高い。
実験は秘密裏に、そして速やかに行われた。
企画、計画、実行、観察。すべて自分ひとりで行うミッション。
痛みを与えぬ様に、軽く肩を揺すって起こす。
そして、寝ぼけたままでも動けるように、廊下へと誘導するのだ。
環境は万全、対象の状態も万全。
今こそ、試す時だった。
「なあ、ところで髪を少し伸ばしてみたんだ。……どう思う?」
髪を軽く掻きあげ、その長さをアピールする事も忘れない。
さあ、どう反応するのか。果たしてセミロングに反応するのだろうか。
返答は――沈黙。
次いで、困惑。
「………イメチェンか?」
「そんな感じだ」
「正直言ってどうでもいい」
「まあ、だろうな。参考になったよ」
「そうかい」
それっきり、特に会話は続くことも無く。ただ足音が廊下に響いた。
結局得られた感想は「どうでもいい」、たったそれだけだった。
つれない奴だ、と内心そっとため息を付く。
………とりあえず、解った事がある。
多分、こいつはバイじゃない。
とは云え、俺もバイでは無いのだが。
―――― しかし、俺はゲイだ。
どうでもいい登場人物ショーカイ。
【主人公】
特に名前も無い、一人の男子生徒。
ノートを見せてくれる奴筆頭。多分きっとメガネ。
趣味は馬鹿をガン見する事と、その経過をデータとして記録し、統計すること。
※髪は翌日切りました。
【馬鹿】
これといって特徴の無い男子生徒。
強いて挙げるとすれば、前に座ってる子が気になるって事かナー。
名前は以下略。
【彼女】
セミロング。
【清潔ハゲ】
古文担当。
清潔ハゲとは恐らくスキンヘッドの意。
寝ている生徒を見ても怒る事も無く、かといってテストで地獄に叩き込んでくる事もない。
その授業スタイルから、多くの(あまり真面目ではない)生徒からは、「まるで後光が指してる様に見えるぜ!」と言われる。
ただ机に突っ伏して見上げたとき、蛍光灯の光が頭にいい感じに反射しているだけだが。
この光景は、学園の裏5大絶景として生徒の間で秘密裏に語られている。