七、ロシアの希望
7.ロシアの希望
イルクーツクの地下司令部、チェイコフの陰気な顔は思いつめた脅えで凍りついていた。テイーダから入電する戦果は、驚くより、恐れをこの小心な男に抱かせている。空軍千九百機が壊滅し、戦車も三分の二の千両近くが破壊された。残った約四百両弱の戦車も敵に歯が立たないと、森林の中に逃げ込んでいる。イルクーツク周辺には百万の歩兵が控えているが、敵の空軍と戦車を中心とする機甲師団に歯向かえる状況ではない。まして、食料が不足してきていた。住民から強制的に徴発した食糧も、数日分しか無い。住民の目は虚ろな眼差しから、怒りの眼差しに変わった。
「なぜだ!」
チェイコフ総司令官が叫ぶ。その問いに答えられる者は誰も居ない。フルシチョフでさえ、戦力比較で数の有利がソ連軍にあると思ってきたからだ。飛行機も戦車も無く、百万の歩兵で戦うのか? それとも……。フルシチョフにはチェイコフが選択する道がもうすでに読めていた。この男が恐れているのは、アジア民主連合ではない。この敗戦がもたらす責任が間違いなく己の粛清に繋がるからだ。チェイコフ自身も大佐の階級から、スターリンの粛清によって、大佐以上の軍人が九割近く粛清された結果として昇進して来たからだ。
残された道は、三つ。降服か徹底抗戦か? もう一つは逃亡だ。
スターリンからの直通電話が突如鳴る。チェイコフはびくっとして体を堅くした。チェイコフがフルシチョフを見つめて、卑屈な笑顔を作った。
「同士フルシチョフ、まだ戦況分析が終わっていない。同士スターリンに報告するにはもっと調査と時間が必要だ。すまないけれど、私はこれから前線視察に行きたいのだ。同士スターリンにそう伝えてくれないか?」
チェイコフはそう言うと、電話を取らずに身支度を始めた。フルシチョフはチェイコフの選択が何か、一瞬にして悟った。この男は前線視察と称して逃亡を選択したのだ。
「同士チェイコフ、お安い御用だ。もっと正確に状況を把握する事が、今、最も重要だ。よろしい。私から同士スターリンに伝えておこう」
チェイコフは安堵の表情を浮べると卑屈な礼を言って、そそくさと地下司令部を、従卒の名を呼びながら出て行った。机の上の直通電話は鳴り続けている。フルシチョフはふうと息を吐き出して力を抜き、受話器を取った。
「同士チェイコフ、我軍の勝利を早く聞きたいのだが?」
スターリンの声は高みから人を見下す威圧感に溢れていた。
「同士スターリン、フルシチョフです。チェイコフ総司令官は前線の視察に出ております。戻った後で、正確な情報を直ぐ報告すると言う伝言です」
「ああ、同士フルシチョフ、元気かね?」
「はい、こちらの同士は皆、一生懸命戦っています」
「うむ、俄仕立ての帝国主義、アジア民主連合などに祖国を蹂躙させてはならない」
「はい、祖国のために皆命を掛けて戦うでしょう」
「よろしい、ではチェイコフに電話するように伝えてくれ」
「はい、同士スターリン」
フルシチョフも幾つかの選択肢を選ばなければならなかった。だが、この淀んだ地下司令室では、決断したくなかった。地下司令室を出ると、何時の間にか夕暮れになっていた。西側の建物の向こうに霞んだ太陽が沈む。西日を浴びながら、宿舎に向かっていつの間にか歩き出していた。四十五歳のフルシチョフには、重い記憶が幾つも重なって、それが体の重さとだるさになっていた。共産主義の理想に燃えた若い頃、反革命軍との戦いに明け暮れた日々。力と熱情に溢れ、理想が一歩一歩実現されて行く事に、己の選んだ道が正しい事を言い聞かせていた。
だが、愛する妻が餓えで死んだ記憶が蘇えると、栄光の道が急に色褪せた。妻の澄んだ青い目を思い起こす。優しい眼差しだった。己の理想のために、田舎で放って置かれた妻は、フルシチョフが気づいた時にはすでに故人となっていたのだ。フルシチョフもその時、同じ言葉を発した。
《なぜだ!》
その問いに響き返す何物も無く、空しく掻き消えた。妻の痛みが心の何処から湧きあがり、澄んだ妻の瞳が虚ろに窪んだ表情が浮かぶ。大人しくて忍耐力のある女性だった。支えてくれる夫は戦地、隣近所もまた多くの餓死者を出した村で、妻はたった一人で何に耐え、何を望んだのだろう? 妻が夫に見た夢は一体なんだろう? 力尽きるその刹那、妻は一体、何を……? いつの間にか涙が流れた。
「少なくとも、今の己は妻には相応しく無いだろう」
フルシチョフは立ち止まり、呟いて、深い黒々としてきた天を見上げた。天の深みに目が慣れると、プーシキンの詩が胸の片隅から湧き出すように無言の言葉になった。
たとえ人生に欺かれても、悲しまないで、焦らないで
落ち込んだ日に寛いで、信じて、楽しい日はきっと来るから
心には果てが無くて、未来も永遠だけれど、今はいつも鬱
でも、すべては束の間、すべては過去になる。だから、
過ぎ去った日は、きっと懐かしい思い出になるから
己が信じてきたものが、ある日突然、間違いであると気づいたら……。フルシチョフは、それが今! 自分に起こったことを感じた。
「フルシチョフさん!」
背後から声を掛けられて、振り向くとセルゲイがオートバイに跨っていた。
「セルゲイじゃないか? 君はチタに行っているはずだが?」
「もちろん、行ってきましたよ。飛行機で行き、飛行機で戻りました」
「なんだって?」
「大事な話が山ほどあります。このオートバイに乗ってください」
セルゲイの表情は明るく輝き、自信に満ちていた。フルシチョフはその若者の輝きを信じてみようと思った。きっと、己の人生を変える何かを掴んでくれたに違いない予感がしたのだ。
フルシチョフを乗せたセルゲイのオートバイは東のアンガラ川岸辺を目指して二キロほど走った。アンガラ川はバイカル湖から流れ出て市街の中央に至り、やがて市の東を蛇行して流れて行く。市外から外れると畑と湿地帯が広がり始め、岸辺の小さな丸太小屋に着いた。オートバイのエンジン音と風音の狭間にセルゲイが驚く事を言った。アジア民主連合の参謀、日本人の王仁と言う人物がフルシチョフに会うためにやって来ていると言うのだ。セルゲイは偶然にもウランウデで、この人物に会い、フルシチョフの名を出したら、飛行機を呼び寄せてチタに連れて行き、チタの全てを見せてくれたそうだ。セルゲイは興奮して叫ぶように話した。
セルゲイはチタは素晴らしいと言った。貧しい人も富める人も自由市民になって、生き生きと生活していると言う。粛清された政治犯も全て解放され、知識と経験に基づいて自治組織の中で活躍していると言う。市場や町の通りは物で溢れ、人々の熱気で茹だる位だという。その活力の源は、チタが有する天然資源と鉱物資源だ。それを、アジア民主連合が買い取り、買い取った資金で物が満州や東シベリアから鉄道で脈々と運ばれているのだ。
フルシチョフはセルゲイの話の内容よりも、セルゲイの溌剌とした態度から、全てを感じ取っていた。やはり、何か喜ばしい事が、チタ以東のシベリアで、アジア民主連合の到来と共に起こっているのだ。セルゲイは不思議な事を言った。チタには乞食の代表が政治局員の一人に選ばれているという。
夕闇は濃くなり、小屋から光りが薄く洩れている。セルゲイがオートバイのエンジンのスイッチを切ると、ドアが開いて、長身の影が三つ、小さな影が一つ出てきた。
「フルシチョフさん、お待ちしておりました。さあ、どうぞ中へ」
通訳らしきロシア人が言うと、背の高い東洋人が軽く会釈してフルシチョフを誘った。
丸太小屋には電気が来ていない。ランプの光りに照らされた人物をセルゲイが紹介する。それを通訳のミヤコフが王仁と呼ばれる参謀に伝えた。王仁は日本の伝統的な服装をしているのか、ゆったりとした衣服を身にまとい、終始笑顔でフルシチョフを見つめる。隣には中肉中背の四十位のロシア人、ゲオルグ・イワノフと言う人物が居て、粛清されハバロスクで解放されて以来、民主ロシア建国のために、政治局員に選ばれたと紹介された。その隣に座る少女は十六歳でゲオルグの娘、ユリアだ。
王仁が口火を切る。人懐っこい笑顔をフルシチョフに向けて、明るい自信に満ちた声だ。
「フルシチョフさん、チタには検閲がありません。新しくできた民主ロシアの軍隊も同様です。誰もが誰にでも手紙が出せ、電話が掛けられるのです。自分の身の回りに起こっていることを遠くの親戚や友人へありのままに伝える事ができるのです」
王仁は意表をついた事から話し始めた。だが、フルシチョフはその意味が直ぐに分かった。王仁はフルシチョフの顔に浮かんだ僅かな動きを見逃さずに続ける。
「チタ、いや東シベリアの新聞もラジオも全ての報道媒体も自由です。アジア民主連合を批判し非難する言論の自由が保障されています。反面、東シベリアの自由や経済の活力、人々の生活などもありのままに報道されるのです」
「フルシチョフさん、アジア民主連合には国境も無いのです」
話を添えたのはイワノフだ。イワノフはハバロスクで解放された後、満州や韓国まで視察に行ったと言う。そこで見たものは国境を自由に行きかう溌剌とした人々だったと言う。
「今、チタやハバロスクで行っている最大の改革は、最低賃金の保証です。最低賃金とはどんな仕事にも適用され、その人が年間普通に生活できる給与の事です。さらに誰もが受けられる病気医療用の社会保険、失業保険、親のいない子供達の教育施設など、かつてのロシアが夢見た社会制度が急速に確立しつつあるのです」
イワノフは娘のユリアを見ながら語る。ユリアは目を輝かして聞き入っていた。
「王仁殿、この東シベリアで起こっている新しい動きは、必ず西に伝播すると言いたいのだね」
「ええ、フルシチョフさん。人が自由であることは、人の言葉が広がって行く事なのです。西のロシアの人々が国境を作らない限り、検閲を強化して人の耳と口を無理やり閉じない限り、自由市民が生き生きとして幸福なことは、西に必ず伝わって行きます」
「戦争に負けて、占領されて、国が良くなるなんて信じられない事だ……」
「お隣の国が圧政から解放され、自由に物が言えて、自由に好きな仕事が出来て、自由に人と物が行き来できれば、お互いの国が栄えるのが道理です。東シベリアは天然資源の豊かな地域です。この極東ロシア民主国は本来豊かになるべき国なのです。日本はかつて、韓国に進出し、そして満州にも進出した。日本がもし、かの地を属国化して、欧米と同じように帝国主義の道を歩んだとしたら、満州も韓国も今の繁栄はありえなかったでしょう。そして日本もまた、搾取だけしてお互い分かち合う事をしなかったのなら、今の日本の未曾有の繁栄は無かったのです」
「今のウランウデは皆飢えているのよ。病気になっても医者も薬も無い。市場には物も無いし。それでも、赤軍は皆から食べ物や品物を奪おうとしている」
ユリアが言った。チェイコフの命令が早くも実行されていたのだろう。
「王仁殿、今の私に何ができるだろうか? あなたの国の軍隊にやられた極東派遣軍総司令官のお目付け役、ソビエト共産党政治局員のフルシチョフに何が……?」
「スターリンの真実を世界に語って欲しいのです。そして極東ロシア民主国のリーダーの一人として建国に携わって欲しいのです」
ユリアが突然強く言った。
「フルシチョフさん、お願いです! 皆が幸せで飢えない国を作って」
セルゲイもイワノフもユリアも、そして王仁も熱い眼差しをフルシチョフに向ける。その視線には何か途方も無い希望に溢れていて、フルシチョフは少したじろいだ。だが、心のどこか深い所でずっと前に、こんな日が来る事を予想していたのか、決意はすでに出来ていた。
だが、フルシチョフは重大な決断を確り記憶に留めるために、ほんのちょっと一人になりたかった。
「王仁殿、我が心の内はすでに決まっています。ですが、大事な事は一人になって決めるのが私の習慣です。しばし、小屋の外で川面を見つめる時間をいただけないだろうか?」
「もちろんですとも、フルシチョフさん。人は一人で生まれ一人で逝くものです。さらに、人は誰かのために生き、誰かのために逝くものでもあります」
フルシチョフはじっと王仁を見つめる。王仁の表情はランプの暖かい光りに照らされて薄い影が浮かんでいたが、目の光りと声音には微塵の影もなかった。
アンガラ川はバイカル湖から唯一流れ出る河だ。他の川は四方からバイカル湖に流れ入る。命がバイカル湖で育まれ、アンガラ川を下る。やがて、北に流れてエニセイ川に流れ入り、北極海に注ぐのだ。フルシチョフは静かに流れを見つめ続けた。遅い春の雪解け水は、力強い流れとなって、ゆっくりだが滔々と動いてゆく。フルシチョフが見つめる一点の水は、上流のバイカル湖の無尽蔵の水へ繋がり、下流はアンガラからエニセイを経て、紆余曲折しながらまた、北極海の無尽蔵の海へ途切れることなく続く。フルシチョフは脳裏の中で、水が途切れずにバイカル湖の水から北極海の水まで繋がっている朧な絵が浮かんだ。目の前の水が動いているのではなく、バイカル湖から北極海へ繋がる水そのものの全体の動きが感じられた。水は一つなのだ。そして、この水をさえぎる物は何物も無い。
《誰かのために生き、誰かのために逝く》
王仁は不思議な事を言った。東洋独特の言い回しだ。だが、この言葉を聞いた時、フルシチョフは一瞬、妻の面影を見た。決意を表明する勇気が沸々と湧いてきたのだ。
気がつくと、後ろにユリアがテイーカップを両手に挟んで立っていた。
「フルシチョフさん、春とは言え、まだ夜風は体に毒です。暖かいお茶を飲んでください」
「ありがとう、お嬢さん。ユリアさんだったね。でも、やっと決心がついたんだ。これからはあなたやセルゲイの若い人のために、生きて行こうと思う」
ユリアは満面に笑顔を浮べた。ユリアの手が静々と伸びてフルシチョフの手を握り、小屋へ誘った。
「王仁殿、まずはイルクーツクにいる赤軍百万の武装解除を行いましょう。すでに、チェイコフ総司令官はスターリンの粛清を恐れて逃亡しています。私がスターリンの悪事を暴いて軍を説得してまとめましょう。その後、東シベリア民主国建国を宣言、アジア民主連合に加盟しましょう。百万の軍を新たな国家の軍として編入しましょう。もちろん、西に帰りたい兵は返しますが、おそらく誰も西に帰りたいとは思わないでしょう」
フルシチョフは力強く言った。ランプが瞬き、皆の顔に光りが灯った。
フルシチョフと王仁は更なる詳細な打ち合わせのために、深夜、黒く塗装した晴空特別機が小屋の前のアンガラ河に静かに着水し、そこからチタに向かった。チタで視察と現状の打ち合わせを一日でこなし、またイルクーツクに戻る予定だった。
バイカル湖の上空に差し掛かると、副操縦士が操縦室から出てきて言った。
「昼間の空戦で、相当数のソ連機がバイカル湖に不時着水、あるいはパラシュート降下しています。ソ連軍からの救援船舶は全く出ていない模様です。百式偵察機の報告では百数十人があちこちで漂流しております。バイカル湖は広いので、現在、水上機を総動員して捜索救難に当っておりますが、大園司令の伝達で、当機も燃料と時間が許す限り、救難活動に参加せよとの事です」
「了解した。早速救難活動に入ってください」
「はっ、我々の担当はバイカル湖南です」
通訳のミヤコフが状況を説明してくれた。飛行機は高度を下げ、探照灯を湖面に向ける。低空を何度も東西に往復し、少しずつ北上しているようだ。機内前方部の覗き窓にしがみ付いていたユリアが叫んだ。
「あっちに何か浮いています!」
操縦士も探照灯係りも気づいて、機首をユリアが目指す方向にゆっくり向け、探照灯が水面を彷徨うように照らした。大きな流木に数人がしがみ付いているのがちらりと光りに映った。飛行機は回り込んで着水し、ゆっくり流木に近づく。探照灯がしっかり照らすと、四人のソ連操縦士の一人が必死に手を振る。叫び声も聞こえた。
「水面下の流木の大きさが分からないので、これ以上の接近は無理です」
流木から十数メートルの所で副操縦士が言い放つ。王仁が側面のハッチを開いて、大声を上げて手招きする。ミヤコフもフルシチョフもセルゲイも叫んだ。操縦士達もなにか弱く叫んで、流木から離れて弱弱しく泳ぎ始めた。だが、長時間、春の雪解け水のバイカル湖に浸って、体力が殆ど尽きているのだ。一人が湖水に沈んで行く。ユリアが叫び声を上げた。
王仁が着ている物を脱ぎ捨て、湖水に飛び込む。セルゲイもフルシチョフもミヤコフも続いた。王仁が沈みかけた操縦士を引き上げた。他の者も溺れそうな者を引っ張るように泳ぎ帰ってくる。ユリアが叫んだ。
「頑張って! あと少し。頑張って! もう少し。あともう少しで生きられる!」
ロシア語で叫ぶ少女の声を聞いた男達に力が出た。堅くなった両腕で必死に水をかいた。機内の兵士も湖水に飛び込み、残った操縦士らも口々に叫んだ。
「がんばれ! がんばれ! がんばるんだ」
了
極東及び東シベリアを民主化して、『仮想戦記 五族共栄』も一段落と言ったところです。米国の当時の戦略もそうですが、ソ連の当時の実体も、ソ連邦が解体して初めて出てきた事実がかなりあるようです。その辺を調べながらの作業になってしまい、筆は遅々として進みませんでした。しかし、地勢を調べながらの色々な作業自体はとても楽しく、スターリンやフルシチョフを調べることも軽い興奮さえ感じてのめり込んでいました。
『五族』はこれまで、読者の皆さんの中には気づかれた方もいるかも知れませんが、アジア民主連合の兵士は一兵も戦死していないのです。明らかに、仮想戦記といえども、戦記物としてはリアリテイ不足に思われるかもしれませんね。ですが、これは意図したもので、科学技術と兵器の圧倒的な優位性を描きたかったのです。昭和十九年六月のマリアナ沖海戦で、レーダーにより索敵誘導された米機動部隊の艦載機に、小沢艦隊の艦載機が待ち伏せされ、機動部隊に近づけた特攻をも辞さぬ新型の彗星も彩雲も、敵のVT信管(近接信管)の対空放火に殆ど全滅した状況を下敷きにしています。
さらに、近年発生した米軍のイラク侵攻もまた、制空権を確保し、最新鋭のスーパー戦車で進撃した米軍に対して、イラクの正規軍はほぼ反撃らしい反撃もできずに終わっている事実。孫子の兵法にも、勝てない戦はしない事とあります。さらに戦を始めるなら絶対に勝つ体制で臨む事が求められることではなかったのか? それは意味深長で、当時を知らない戦後生まれの戯言であるかもしれません。でも、太平洋戦争当時の日本の指導者達はそこですでにミスを犯したのかも知れないと、過去を分析する事が無用であるとはどうしても思えないのです。
当時、ソ連で起こっていたことは一種のホロコーストでもあったのでしょうか。日本政府と軍部はそれを知っていたのでしょうか? シベリアに眠る豊富な資源を知らなかったのでしょうか? もし、確りと実情を把握していたら、何もわざわざ遠い南方へ海軍力を頼らずとも、韓国や満州を基盤として、シベリアへの道も有ったのではないか? そこが仮想戦記の良い所ですね。想像が膨らみ、興味が尽きない点です。
読者の方でこの辺の事情にお詳しい方のご教授を賜りたく思います。
第五話で書きたかった事、プーシキンの詩にあるように、生きている間には、時に、人生に裏切られたように感じる時があるものです。特に戦乱にまみれた時代には、肉親が死んだり、思わぬ人生の転機が訪れたり、あるいは無能な指導者の下で強制された過酷な生活を余儀なくされたり。でも、それもまた、じっと耐える前向きな忍耐力さえあれば、何時かは微笑んで回想することが出来るよとプーシキンは言っているのですね。
そんなことが少しでも伝われば、望外の幸せです。