深緑の巫女 3
吸血鬼の接近を容易に許すホークアイではない。すぐさま弓で矢を射る。だが、その矢は吸血鬼にとっては、遅すぎる攻撃であった。
「はっは、人間。そんなちっぽけな攻撃では私は倒せぬぞ!」
吸血鬼が高らかに笑う。だが、そんなことはわかっている。吸血鬼は油断している。
次の矢を放つ。先の一撃よりも遅いその矢を吸血鬼は掴む。
「言ったであろう、人間。こんな・・・・・・」
その瞬間、矢が爆発した。吸血鬼を包むほどの煙が上がる。
「仕込み矢だよ」
そう言ってホークアイは矢を続けて打つ。大した傷は与えられないだろうが、敵の動きは止まっていた。連射される矢を空中の吸血鬼は受ける。だが、吸血鬼は体勢を立て直し、再接近する。より俊敏な動きの敵に矢は当たらない。
「舐めた真似を、人間!」
「てめも舐めるなよ、人間さまを」
吸血鬼が青年の首を掴む。ホークアイは弓を落とす。だが、その目に宿る闘志は失われていない。
「楽しみだな、その目が絶望に迫る時が」
「言ってろ」
そう言って右腕を吸血鬼の顔に向ける。そこから小さな矢が放たれる。
その矢は吸血鬼の左目を突き刺した。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!?」
痛みに唸る吸血鬼。首から手を放し、転げまわる吸血鬼。その吸血鬼の目をファイールが攻撃する。天より急降下し、両脚の爪で抉る。
その隙にホークアイは弓を拾い矢を三本番える。そして一気にそれを引く。ファイールがそれを察知し、舞い上がると、矢は吸血鬼を襲った。ちょうど左目の部分に三本の矢が刺さる。うちの一本は頭を突き抜けた。
それでも吸血鬼は生きている。
「しぶといな」
ホークアイが苦々しくいう。吸血鬼は矢を抜くと、残った右目でホークアイを睨む。
「許さん、ユルサン、ゆる、さない・・・・・・」
膨張する筋肉。崩れるシルエット。吸血鬼の体が変化していく。翼は巨大になり、巨大な蝙蝠の姿へと変化した。
『愚かな家畜よ、殺してやる。生まれてきたことを公開するほどの苦痛を与えてやるぞ』
「そんな下っ端の吐くセリフ言うなよ」
そう言いながらも、ホークアイは焦っていた。的が大きくなったとはいえ、敵の皮膚は厚くなっている。結果的に殺しきれない状況である。
「ちくしょ、だれか来ないもんかね」
「ひゃっはあ!」
突如そんな声とともに狂戦士が現れた。
「アレス・・・・・・・!」
「よぉう、ホークアイ。手間取ってるようだなぁ」
最悪の男が立っていた。
「なぜここに?」
「なぜ?決まってんだろう、てめえだよ。え、ホークアァイ」
そう言ってロダリオンを構えるアレス。その先には吸血鬼。
「の前にィ、このデカブツをつぶすとするか」
とりあえず、この瞬間だけは敵ではないと判断し、ホークアイもまた吸血鬼に弓を向けた。
『一人増えようと、人間如きがこの侯爵たる私を倒せると思っているのか?』
「はん、山に隠れているチキンが何言ってんだ?」
挑発するアレス。
「来いよ、三流野郎」
『貴様――――――!!』
蝙蝠は吠えて宙に飛ぶ。そしてその鉤爪で地上を削り取った。
地に身を伏せ攻撃を回避した二人。アレスは鬱陶しそうに土煙を払っていった。
「おい、ホークアイ。お前、奴の動きとめれば、もう一個の目つぶせるか?」
蝙蝠を顎でしゃくってアレスは聞く。
「俺はホークアイだぞ、それより、止めれるのか?」
ホークアイは笑って言った。アレスは歪んだ笑みを浮かべて言った。
「愚問だなぁ。俺を誰だと思ってやがる?戦神アレスだぜ?」
そう言ったが刹那、空中の蝙蝠の左翼に切りかかるアレス。超人的な跳躍力で蝙蝠に迫る。
それを援護するように弓を放つホークアイ。蝙蝠の移動を妨げる。そして、アレスは剣でもってその左翼を切り落とした。
『!?』
落ちる巨体。その間もアレスの剣戟が続く。血を流す吸血鬼。
風を読み、距離を計算し、すぐさま矢を放つホークアイ。その矢は蝙蝠の残りの目を貫いた。
続けざまに矢を放つ。無数の矢が蝙蝠を襲う。地上に迫りながらも体勢を立て直せず、怪物は大地を震わせて激突する。
土煙が収まると、そこには人間大の吸血鬼が倒れていた。体から血を流し、両目から血の涙を流す死体が一つ。
「吸血鬼の目には魔力が宿る。故にそこをつぶせば、魔力が暴走して体を保てなくなる」
吸血鬼は落下中に体が元に戻り、強い衝撃を受けた。強靭な肉体とはいえ、重力には勝てない。体の内部は粉々に砕けていることだろう。
さて。ホークアイはすぐさま弓を構える。そう、敵はまだいる。吸血鬼以上に厄介な敵が。
吸血鬼の先に立つ暗黒騎士。その姿を認めるや否や、ホークアイは弓を放つ。
それを避けながら、獰猛な戦士が奔ってくる。その身体能力は人間のものではない。
「ひゃっはーーーーぁ!!」
楽しくてたまらない。顔がそう物語る。この戦いはどちらかの死をもってして終わる。そう思った戦いは突如として終わった。
「やめなさい、アレス!」
響いた、鈴のような声。その声はそう、あの少女のもの。
そう思って振り返ると、クリームヒルトが立っていた。
「クリームヒルト?」
「あぁ、姫!?」
アレスの驚きの声。姫?その言葉に疑問を感じるホークアイ。
確かに、彼女の動きには貴族のような気品があった。だが、姫とは?
「すみません、ホークアイさん。危険とはわかっていましたが、ここであなたとアレスを戦わせるわけにはいきません」
そう言って、少女は顔を上げる。閉じられた目。だが、その顔は呆然と立つアレスを見ていた。
「帝国第二皇女クリームヒルトが命じる、アレスよ、剣を納めよ」
力強きその声に、アレスは黙って従う。そして、続けてアレスに言った。
「私を、父上のもとに連れて行きなさい」
「おい、待て。どういうことだ、クリームヒルト」
そういうホークアイに顔も向けずにクリームヒルトはアレスのもとに行く。そして、アレスが彼女を抱き上げると、二人の姿はそこから消えた。
「くそ、どういうことだよ・・・・・・」
ホークアイは弓を持って佇む。そんな彼の肩にファイールが止まる。
彼の疑問に答える者はいない。沈黙がその場を支配した。