深緑の巫女 2
一頭の馬の背に二人の男女が乗っていた。ホークアイとクリームヒルトである。彼らが進むのは帝国の辺境。ここから目的地シェルシェはだいぶ遠い。だが、ほかに行くあてもないためにこうして歩を進めるしかない。
「戦争は今、どうなっているのです?」
深緑の少女が聞いてくる。
「今、俺のいる王国が戦争に介入。それに合わせて蜂起した国もある。はっきり言って、どこもかしこも戦争だよ」
ホークアイは答えた。
「曰く終末のためにも世を平定するってのが王国の言い分だよ」
「終末。そうですね、それも近いでしょうね」
少女は言う。
「世が乱れ、戦乱の時代が訪れる。英雄たちが武を競い、そして終わりが訪れる。魔女カサンドレーの何千、何万年もの昔の予言」
少女は何かを思いながら言う。
「あなたもまた、その英雄の一人なのでしょうね、ホークアイさん」
「は、俺が?俺は弓だけが取り柄の男さ」
「いえ、私には見えるのです。あなたを取り巻く運命の糸を」
運命なんてものに縛られはしない。ホークアイは思った。信じてきたのは己だけ。あの戦いの中で信じられたのはいつもこの腕だけだった。自分は自分を裏切らない。少なくとも、自分以外の人間よりは。
夜が更けると、泉の近くで野宿の準備をする。少女のために仮初の天幕を作り、ホークアイは弓の手入れをしていた。少女は今、泉で身体を清めている。目が見えないとはいえ、常人波に彼女は行動できる。その点では心配はなかった。
だが、ここは帝国領だ。敵は多い。野蛮な兵士が若い女を前にその欲望をぶつけることもある。
ホークアイは戦闘の用意だけはしていた。少女を守るのは、ホークアイの役目だからだ。
「きゃ」
少女の短い悲鳴。それを聞くとホークアイは飛び出した。
「クリームヒルト!」
青年は少女のもとに駆けつける。華奢な裸身を極力見ないようにしながら、少女を脅かす何かを探して暗闇を見る。
「そこに、何かが・・・・・・」
少女が指差す方向。そこを見るホークアイ。暗闇の中でも狩人の目は敵を逃さない。
「ん、こいつは・・・・・・・」
ホークアイは泉の向こうの茂みに手を伸ばす。そして、そこにいたのは。
一羽の翼を痛めた鷹であった。
その他化を懐に抱いて気に腰掛けるクリームヒルト。どことなく艶めかしい彼女を意識しないようにホークアイは気を付けていた。
「強い魔力を持つ鷹ね。高貴な空の王者はどうしてこんな傷を負ったのかしら」
鷹に癒しの魔術を施して少女は言った。しばらくすると鷹はその翼を動かせるようになった。すると鷹はクリームヒルトの手を離れ、ホークアイのもとへと飛んでいく。
ホークアイの肩に止まると、鷹は彼を突っつく。優しく、甘えるように。
「ふふ、その子は自分と同じ魂の持ち主に魅かれているようね」
微笑んでクリームヒルトは言った。
「鳥にもててもうれしくはないがなあ」
ホークアイはそう言って肩の鷹をみる。黄金の羽毛に覆われる鷹。確かに、王者とも呼べる品格が漂っている。
「これも運命かしらね」
少女が言う。そして鷹を呼ぶ。鷹は再びクリームヒルトの腕の中に戻る。
「鷹の王ファイール。それがこの子の名前よ」
クリームヒルトが告げる。鷹はその名が呼ばれると、天高く舞い上がり、中空を一回転する。
こうして旅の伴に一羽の鷹が加わった。
翌朝、二人は馬に乗り、空を飛ぶ鷹に従って街道を進む。鷹は何か危険があると、ホークアイに真っ先に知らせた。飼われていたわけではないだろうに、この鷹はホークアイに忠実であった。
「ファイール、ありがとう」
専ら声をかけるのはクリームヒルトであった。そのクリームヒルトにも懐いている。とはいえ、誰にでもこういうわけではないのだろう。先ほど通りかかった村では触ろうとする人間に嘴で威嚇し、大きく鳴いた。この二人が特別、ということなのだろう。
帝国の辺境を抜けるか否や、というところで一行はある村に立ち寄った。そこは廃れた村であり、死のにおいで満ちていた。
クリームヒルトが苦しそうに呻く。
「大丈夫か?」
「ええ、少し、死者の魂に充てられてしまって」
感受性の強い彼女にここはきつい。そう思い立ち去ろうとするホークアイを村人が引き止める。
「お待ちを、旅の方」
くたびれた服に身を包んだ中年の男。彼の顔にはおよそ、生気が抜けていた。
「どうか、この村をお救いください!」
早く立ち去りたかったホークアイだったが、クリームヒルトが引き止めた。困っているものを見捨てられない、と言って。穢れを知らぬ乙女に強くいうこともできず、ホークアイは話を聞いた。
曰く、この村の近くに魔物がいて、それがこの大地の力を吸い取っているという。戦争で帝国軍は動かず、数年間この状況が続いているのだ。
「どうか、魔物を退治してはいただけませんか?」
「・・・・・・」
沈黙して、少女を見るホークアイ。私は大丈夫、という少女を見てホークアイはため息をつく。
「わかった、それで、魔物は?」
さっさと片付けよう。そう心に決めてホークアイは聞いた。
深緑の少女を村に残し、ホークアイと誇り高き鷹は、村より離れた山に来ていた。不毛の大地にぽつんと立つ小高い山。ここに件の魔物が巣食うという。
「行くか」
そう言って山に入ろうとするホークアイ。すると、ファイールが甲高く鳴いて警告する。
ホークアイは山を見る。すると、そこには二本の足で立つ魔物がいた。
「おいおい、マジかよ」
二本足の魔者は知性を感じさせる外見をしていた。体は貴族のような服で着飾っている。およそ魔物らしくない外見。それは敵がただの魔者より格の高い魔神だということだ。
「ほう、人間がこの山に来るとはいつ振りかな」
その魔神は言った。
「今日は好き日だな、人間」
そう言って吸血鬼は漆黒の翼を広げてホークアイへと向かってくる。