仲間 4
アレスは呻く。生まれて二十数年間、味わうことのなかったそれを。
痛み。怒り。憎しみ。だが、それとともに感じるのは、生の実感。
戦いとは、かくあるべきなのだ。自らの血を流し、敵の血を流す。その中でこそ、自信は輝く。
アレスは左腕をを射ぬいた矢を見た。変哲のない矢、それは先ほど名もなき弓使いが天に放ったもの。
戦いに関係ない、と見たそれが自身の腕を貫いた。
間違いない。奴もまた、「戦神」だ。自身と同じ、「化け物」だ。
アレスはそう決めると、愛剣ロダリオンを構えて、狩人へと向かっていく。
そんなアレスに攻撃を加える、三人の戦士を無視し、加速する。
狂犬は鷹めがけて突進する。集束した魔力を放ち、周囲に邪気を放つ。
ホークアイはなおも矢を射続ける。すべて薙ぎ払われる。しかし、それは想定済みだ。
近接戦は苦手だが、懐に矢を放つ。それではさすがにアレスも避けられまい。
加えてアレスは万全の体制ではない。利き腕を負傷していた。
加速したアレスはあっという間に近くにいた。目と鼻の先に。接戦した二人は剣と弓を構えて向き合う。
永遠のような時間の中で、互いが互いを殺そうとしていた。
「てめえ、名は?」
アレスが剣を突き出し言った。それを交わし、近距離から矢を引くホークアイ。
「人は俺をホークアイという」
「へえ、鷹か、ぴったりの名だな!」
そう言って、顔めがけて放たれた矢を右腕で受ける。さすがに避けられずに右手の甲を矢は貫く。
「お返しだ」
そう言って、足を払いロダリオンで切りかかる。左手と右足を斬られる。骨までは達しなかったが、ホークアイは激痛を感じた。膨大な魔力が、その身を襲う。
その後、自身を死の一撃が見舞うと思っていたホークアイだが、それが来ることはなかった。
「ひゃっは!」
そう言って後退するアレス。腕からは血が噴き出している。心なしか、顔は青い。剣を持つ手に力が入っていないかのように見える。
「もう少し楽しみたいが、どうやら、傷ってのは案外、クるもんだな」
そう言って、傷を負った両腕を抱え込むようにしゃがみこむ。
「じゃあな、ホークアイ。次に会ったときが、てめえの命日だ」
アレスはそう言うと、嵐のように魔力をまき散らして去っていった。
厄介な敵に顔を覚えられた、と感じながらホークアイは幼き日のことを思った。
(・・・・・・これほど、死ぬ思いをしたのはあの時以来、か)
彼が「ホークアイ」と呼ばれるようになった、あの日のことを。
帝国は驚きに満ちていた。
常勝不敗の暗黒騎士が負傷して帰ってきたのだから。現世に生きる戦神アレスの負傷は、どんな英雄の負傷や死よりも驚かれた。
壮年の男は帝都の治療院にいた。
「まさか、お前ほどのものが傷を負おうとな」
最高の暗黒騎士にして、帝国一の剣士ハミルカルがアレスに言う。
アレスは治療を受けていた。帝国の中でも一、二を争う治療術士によって。
「ああ、俺もそう思っていた。だが、おもしれえ。おもしれえ・・・・・・」
アレスは耳に入っていないかのように繰り返す。それを見てハミルカルは隣にいた女性の暗黒騎士に問うた。
「アリシアロットよ、どう思う?」
問われた女性は黒いローブで頭部からつま先まで包まれていた。彼女はくぐもった声で言った。
「終末が近づくとき、古の神々の時代のように英雄たちが現れる・・・・・・。やはり、終末は近いようです、ハミルカル。早く、我が皇帝陛下のもとに世界を納めなければ」
「そうだな、アリシアロット。すべては人類の未来のために」
ハミルカルが重い声で言った。
「それで、アレスを傷つけた男、名をなんと?」
「さぁな、だが、アレスはある言葉を繰り返していた。『ホークアイ』とな・・・・・・」
一方、連邦においても、アレスの負傷は驚きをもって迎えられた。
その知らせを受けて、一人の男が連邦の首都を出た。
男の名はケイ=ザー。
連邦の『銀狼』と呼ばれる戦士であった。