仲間 1
ヴォルクーラ王国が突如中立を破り、両陣営に宣戦を布告し、一年がたった。
王国が戦火にさらされなかった最大の理由は国が山脈に囲まれ、唯一の侵入経路は「魔の森」と呼ばれる危険地帯であったためだ。山脈も、終末が近づいている影響からか、魔物が徘徊するようになった。王国への侵入をもくろみながらも、対立するに大国、帝国と連邦は足踏みするだけであった。
二国に唯一の経路を防がれ、王国は孤立した。しかし、若き王の手腕は確かであり、自国の生産のみで国を保たせることができた。逆に、二大国は兵力その他を裂く結果になっている。故にどちらの国も王国の制圧を早期に済ませようとしていた。
王都近郊の森。帝国の偵察兵がその中を進んでいた。これまでも偵察隊がこの森を進んでいたが、帰ったものは一人もいない。魔物がこの森にいるということは報告されていない。外見上はただの森である。「魔の森」というものの、一切不気味さもない。如いて言うなら、静かすぎるということだけ。
十人の帝国兵は一定の距離と陣形で森の中を進む。だが、森の向こうに見えるのは木々のみ。いまだ王国の全貌は見えない。はや三時間となる。
「陣形を保ったまま、十分休憩」
隊長格の兵士が言う。兵士は警戒を保ちつつ、水や保存食を口にする。
と、突然風を切る音がした。
「隊長殿?」
近くの兵士が隊長を見ると、彼の喉元には一本の矢が刺さっている。
「て、敵襲―――!!」
しかし、それを叫んだ兵士も、警告を受け戦闘態勢に入った兵士も、数秒後には死体となっていた。
叫びをあげると同時に駆けてきた純白の戦乙女の二刀のレイピアに首を切り落とされ、樹上から射かけてくる鷹によって、無慈悲に殺されていった。
「これで何回目だ?」
「14回目」
男の問いかけに、女が答える。それは偵察隊がここ最近侵入してきた回数だ。二人はそれらをすべて駆逐していた。
女の名はブリュン・ヒルデタット・ヴォルクーラ。現国王の妹にして、聖神教が認めた聖騎士。
男には名はない。しかし、その弓の技量から「ホークアイ」と呼ばれていた。
王国の侵入経路の森は彼らによって守られていた。
一年前。王国に迎え入れられたホークアイ。彼は戦争を止める、という国王と聖騎士に雇われた存在だ。
当然、戦争に向かうとは思ったが、国王は一年間は動かない、といった。
「今は動かない。とりあえず、彼らが唯一の侵入経路と見ている、南の守りをするだけで。現状ではあまり兵力も動かせまい」
「唯一の侵入経路、ね。山脈の抜け道を奴らは知らないのか?」
ホークアイが問うた。王国に迎え入れられた際に通った、あの道のことだろう、と思いながら。
「あの道は王族と限られたものしか知らんのだよ」
若き獅子王は柄穏やかな笑みを浮かべて言った。
「奴らは一年間、森の前で地団太を踏むことだろう。その間に抜け道を使い、スパイを送り込み、潜伏させる」
圧倒的兵力で敵を叩きのめすだけが戦争ではない、と師子王は言う。
「もっとも、国内でも兵士の訓練を行う。聖神教の僧兵たちや騎士のみでは二つの大国と戦えはしない」
王はそういって、妹と青年を見た。
「二人は森の侵入者を蹴散らしてもらう。あと、時が来たらそこから敵地へと侵入していってもらう」
「二人だけでかい?」
ホークアイが冗談めかして言った。いくら聖騎士殿が強くても、それは無理ではないか、と皮肉を込めて。
「無論、二人だけではない。あと、三人。リーダーはブリュン、お前に任せる」
五人。たったそれだけかよ、とホークアイは毒づく。この王は馬鹿か、と思いながら。
「まぁいい、そのうちその三人も森へと送り込む。それまで森での攪乱は二人と騎士団に任せる」
森での攪乱と言っても、騎士団は基本監視のみ。戦闘はもっぱら二人が行っていた。
「で、いつ来るんだよ。三人のお仲間は」
「さあね。でも、一年たったからそろそろ来るわよ」
ブリュンが冷静にそういった。一年一緒にいるが、この女は話し相手としては非常につまらない。それがホークアイの偽らざる感想だ。
「おや、なんか来るな」
ホークアイが言った。聖騎士は少し驚いてホークアイを見る。
「まったく、目だけじゃなく、耳もいいようね。野性児は恐ろしいわね」
腰のレイピアは何時でも抜けるようにしている。青年も弓を手にしている。感覚を研ぎ澄まし、前方を見ている。そして言った。
「いや、味方だな。それも、待ち焦がれたお仲間さんの一人のようだ」
彼らの前に現れたのは、深紅の法衣を纏った神官であった。銀の短髪の男。清楚な美丈夫はホークアイと聖騎士の視線を受けてもなお、怯まずにいた。
「ブリュンさま、ご無沙汰しております」
神官は頭を下げる。
「ええ、久しぶりね、パルティアン」
そして、聖騎士はホークアイを見ていった。
「彼の名はパルティアン・カテドラル。聖神教の教皇の義子にして、最高位の神官の一人」
紹介を受け、神官はホークアイにも頭を下げた。
「はじめまして、鷹の目の御仁。紹介されたパルティアンです。あなたと同じように、私にも通称があります」
そう言って、男は不敵に笑った。
「断罪者というね」