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第5話 【続・穴二つ】

01

 セリ少佐は、ティアスの言葉をどう受け取ったのか、再び外を見つめていた。


「なんで、彼ほどの人が表に出てこないんでしょうね?この間、港に出てきたヤツの時も彼の動きはめざましかった。欲を出してもいい気がしますけど」

「……サワダ中佐のように、ってこと?」


 どうやら彼が高く評価しているのは、サワダではなくイズミのようだ。そう言えば、港であの二人が人間離れした戦いを見せていたときも、セリ少佐は見ていたんだったな。


「そうですね。逆に、サワダ中佐は目立つのを嫌がるタイプに見えましたけど。立場上仕方なく、と言った風に見えます」

「でしょうね」

「逆に、イズミ中佐は上層部からの自身の扱いに対して、不満を持っているように見えましたけれど」

「それは間違ってないかもね。だけど、表に出てくる必要がないってことを、彼は何より理解してる。だから、今の状態に彼は自ら収まっている」


 彼と彼女の言葉を受けたからかもしれない。それに、サワダがケガをしているからかもしれない。だけど、港での戦いの時より、イズミの強さを感じることが出来た。

 カリン姫が捌ききれなかっただけの数より多い、液体のような、人型のような、不定形故のスピードの速さの魔物達を、改造した小型のボウガンで次々に片づけていく。


「武器の改造も、彼が行っているのですか?」

「ほとんどね。ただ、スズオカ准将の力も大きいみたいよ?」

「ああ。あの……。でもあれ、見つかったらまずいですよね?」


 よく見ると、イズミの持つボウガンは、ただ「ボウガン」の形をしている拳銃のようでもあった。この世界で歴史の研究が禁止されてるのは知ってたけど、もしかして武器も制限されてるのか?


『本当の理由は?』

『抑制のため』


 なんでセリ少佐は「まずい」って言ったのか。この人達は、監査に来る立場のはずなのに。

 中王の目的を、吐き捨てる彼女は。


『ユウトは、私の味方でいてくれるよね』


 彼女は一体、何を考えてる?オレはどうしたら?


『ごめんね。多分、振り回されていると思うけど』


 それに、ミハマ……は……?

 今、オレ、結構とんでもない会話を聞いていて、とんでもない立場に立たされてる気がする。

 オレも振り回されてるけど、でも、ミハマも振り回されてないか?オレはこんなに話を聞いてるけど、あいつは知らないんじゃないのか?

 それに、ミハマが信用してるイズミやサワダだって……。仮に、あいつらが本当にそう言うように、ミハマのために全て行っていたとしても、それが全て彼のためになるとは限らないんじゃ?


「……ユウト、心配しないで。大丈夫よ?」

「え?」

「あなたを世話してくれてる、ミハマに恩を感じているんでしょう?だから、彼が心配なんでしょう?」


 また彼女は座り込んだまま、オレの腕に触れた。


「……うん。でも」

「大丈夫よ、悪いようにはしないわ」


 なんか、引っかかる言い方だけど。大丈夫なのかな。でも、彼女の味方でいるって、オレは言った。


「白か黒かなんて、はっきり割り切れるものじゃないでしょ?」

「うん」

「だから、みんなたった一つ、拠り所を求めてるの。それが、例えば神様だったり、お金だったり、他の人だったり、自分だったりね」

「……拠り所?」」

「そう。例えば、サワダ中佐やシンの拠り所は、ミハマよね。私にもそう言う存在はあるし、そこにいるコウタにも、拠り所はある」

「ティアスじゃなくて?」


 その問いに、彼女は黙っているだけだった。


「でも、姫も今は、オレの拠り所ですけどね」

「そう?」


 彼の台詞が気遣いなのか本音なのか、オレには判らなかったけれど。ティアスは少しだけ嬉しそうにしていた。


「コウタ、良いから」

「え?でも?」


 僅かに体を動かしたセリ少佐を、ティアスが制した。彼の疑問の言葉とほぼ同時に、中にサワダが入ってきた。オレ達と距離を保ち、入口近くに立ったまま、こちらを見ていた。


「……セリ少佐」

「この方を責めるおつもりですか?」


 この人、直球だな……。突然そんなこと言われたら、戸惑うか、反射的に怒るか。サワダはどっちだ?


「……責めるしかないだろう。ただ、判断はオレがするわけじゃない」


 サワダはサワダで、直球で攻撃してきたセリ少佐を無視して、ティアスを見ていた。


「コウタ。この人、判ってたのよ?」

「え?」


 思わず、声を漏らしてしまった。だけど、誰もオレの方を向くことはなかった。だって、ティアスは今、サワダが彼女のことを知ってるって、そう言ったんだぞ?それって気付いてたってことなのか?それとも……


「だけど、確実な証拠があるわけではなかった。そうでしょう?」


 サワダは、彼女の言葉に頷きもせず、ただ彼女を見つめていた。


「……シンのことは……」

「シンはシンで、あなたが疑う以上のことを言わなかったから、痺れを切らした。そうじゃないの?」

「それは……拡大解釈以外の何者でもない。オレは、そんなつもりじゃないし、そんな綺麗なことを言うつもりもない」


 彼女から目を逸らし、吐き捨てるように言った彼を、彼女は真っ直ぐに見つめる。

 なんだよ、これ。ティアスのこの態度。なんなんだよ。


「もうすぐ、ミハマ達が来る。どうせお前はカリンにも疑われてた。ただ、何者かはっきりしただけだ」

「……はっきり?」


 彼女の苦笑いに、サワダは溜息をつく。彼が、空いた壁の入口から、こちらへ近付いてくることはなかったけど。


「はっきりしてる。お前が、あの中央の楽師だってことは」

「名前も、顔もない女の、何がはっきりしたというの?」

「ここに、お前という存在がいれば充分だ。名前なんかあろうと無かろうと。顔すら必要ないかもな、ミハマにとってみたら」


 いや、顔は……見えてるし。なんかもう、サワダはミハマのことばっかり言ってて気持ちが悪いな。依存しすぎだっつーの。


「ミハマも、最初から気付いてた?あなたが気付いていたころから」

「いや……しばらくしてからだと思う。多分」

「なんで、私だって思ったの、あなただけは最初から。私は楽師としては、あなたの前では戦ったことはなかったのに」


 彼女がここに来たとき。魔物に襲われ、サワダが彼女を助けたとき。彼は彼女のことを「戦える」からこそ「疑わしい」と言っていた。けれど、それが直接楽師へつながっていたわけではないってことか?


「……何となく。だけど、カリンはお前の動きで疑っていた。『誰かに似てる』って。ミハマも……」

「他の人のことは聞いてないよ」


 サワダはただ、黙ってこちらを見ていた。





02


「君の言葉を聞きたい」


 座り込んだまま、彼女は真っ直ぐ彼を見つめた。その緊張感が、オレを潰す。

 やっぱり、何もなかったって言われても、彼のことをどうとも思ってないと言われても、それは信じられなかった。オレに触れたはずの彼女は、どうしてこんなに真っ直ぐ彼を見つめるのか。


「姫。オレはこれで。あなたも人が悪い……」

「そうね」


 今度は、ティアスも彼が立ち去るのを止めなかった。彼が音もなく消えたと同時に、ミハマとイズミが、サワダの後ろから現れた。

 それにしたって、「人が悪い」って。セリ少佐には似合わない言葉だな。


「テッちゃん、こんな所に突っ立ってると邪魔なんですけど。途中でいなくなるし」


 憎まれ口を叩くイズミに、隣にいたミハマも苦笑いをしていた。その様子をティアスは見ているかとも思ったが、大きく溜息をついて、膝に顔を埋めていた。

 真っ直ぐサワダに何かを求めるように、強い目をしていた彼女とは、まるで別人のようだった


「五月蠅い。元々オレはフォローだけだって言っただろうが。処理はしてきたのか?」


 ティアスに駈け寄ろうとするミハマの後ろから、イズミに促される形で二人もゆっくりこちらへ寄ってきた。ミハマは彼女の側に跪き、案ずる声を掛けた。


「親衛隊が来たし、カントウの護衛の人達も来たから。今ごろ、警備隊も来たけど、中庭に行ってもらった」

「中庭って?」


 思わず突っ込んだオレの言葉に、珍しくイズミが応えてくれた。


「あの魔物は、三位一体で行動するんだよ。こっちに二体来てて、中庭に一体いた。だからこそ、そんなに脅威もなかったわけだけど」

「妙だな。バラで行動するなんて。こないだも一体しかいなかったし」


 疑問を述べたサワダが一瞬、彼女を見たような気がした。気のせいなら良いけど。

 おかしいだろう。なんで魔物の行動のことで、彼女を見る必要がある?


「ティアス。悪いけど、オレ達は見てたんだ」


 彼女に確認させるように、ミハマはそう言った。真っ直ぐ見つめて。彼女もまた、彼を真っ直ぐ見つめ返していた。


「……ごめん。言えなかった」

「言えなかった?」


 まるで子供のような彼女の言葉を彼も繰り返す。彼女の謝罪の言葉に、彼は一体何を思ったのか。

 ミハマに任せているのか、突っ込むかと思ったイズミもサワダも、後ろから見守るだけだった。


「君たちが、少しずつ感づいてきてたこと、判ってた」


 ティアスもまた、オレと同じ不安に似たものを持っていたのだと。だけど彼女は、オレにも、もちろん彼らにも、彼女の部下にも言えなかったんだ。

 ミハマはただ黙って彼女を見つめていた。だけどその目には、不思議と威圧感のようなものはなかった。


「そのために、影で動いていることも知ってた」


 彼女の視線の先には、イズミとサワダ。影で動いていたのはもちろんイズミだろう。でも、もしかしたら、サワダもかもしれない。影で動いていたからこそ、二人がこっそり会っているように見えたのかもしれない。

 いや、それがオレの妄想でしかないことを、オレはよく判ってるはずだ。イズミがいる。


『テツが、ホントの所どう考えているか判んないし。彼女も』

『何?テッちゃん、心配した?』


 イズミの台詞が、オレの不安を、心配を、現実化していく。目の前の彼女の行動と台詞の意味が、もうそこしか指し示さなくなってきている。

 なんでオレは判ってるくせに、それを必死に否定しようとしてるんだ?


『ユウトは、私の味方でいてくれるよね』


 オレだけは彼女の味方でいる。彼女が言うことを信じたい。

 きっかけはオレのいた時代の彼女かもしれないけど。だけど、オレと秘密を共有している、オレに味方でいて欲しいと言ってくれた、目の前にいる彼女を……。

 多分、どうしようもないくらい好きになってるんだ、オレは。


「ティアス。良かったら事情を話してくれる?もしかしたら、オレ達は力になれるかもしれないよ?」

「……力になる?私の?」


 「力になる」と言ったミハマの真意は判らない。だけど、思いは判る。オレと同じなんだ。彼もきっと。

 ミハマはフラットで、生々しさもなくて、妙に綺麗だから判らなかったけれど。だけど、彼の一言一言に籠められた思いが、今ならよく理解できる。


「バカなこと言わないで。敵か味方かも判らないのに?むしろ……」


 彼女は中王の手のものだ。中王の支配下であるオワリ国の王子からすれば、敵でないかもしれないけれど、味方でもないだろう。それは、何より彼女が一番よく判っているはずだ。


「オレの敵かどうかは、オレが決める。味方は、判らないままでも良いんだよ」


 彼女は顔を上げ、しばらくきょとんとした顔でミハマを見ていたが、突然、笑い始めた。

 それにつられたわけではないのだろうが、何故かイズミとサワダも笑っていた。


「なんでみんなして笑うかな」

「別に……ミハマらしいなって思っただけよ。怒らないで」


 むっとした顔のミハマをフォローしたのは、ティアスだった。まるで、彼のことをよく知っているイズミが言うような台詞だったことに、オレは驚いていた。

 ついさっき、テラスで並ぶ二人を見たときに感じた綺麗なものを、再び見せつけられているようだった。

 彼が彼女を思いやり、彼女が彼を理解している。まるで理想的なカップルのようだった。綺麗な映画のようだと思っていたけれど、今は綺麗すぎて不愉快になった。


「でも、甘えられないよ」

「甘えろって言ってるわけじゃないよ。君に力を貸すことで、オレ達にもメリットがあるなら、それは対等な関係だと思うけど」


 そうだね。とティアスはまた笑う。今度は悲しげに。


「君の後ろに立つ人たちは、その台詞を受け入れられるの?」

「愚問だな、ティアちゃん。こんなの予想の範囲内でしょ。うちの王子様の台詞としちゃ」


 座り込む二人の側に寄り、同じ目線になるよう屈んで笑って見せたのはイズミだった。サワダは彼らから距離をとったまま動かなかったけど、大きく溜息をつきながら頷いていた。イズミが笑ってることは何とも思わないのに、サワダが微笑んでいたことは妙に腹が立った。胸を撫で下ろしているような、その態度が。


「いいんじゃない?ユノちゃんも、めんどくさがってたし。だからこそ、テッちゃんが一旦出した『疑問』を、押し込めたことを不審がってたけど……」


 押し込めた?

 思わず聞き返すとこだったけど、判りやすくティアスとサワダが動揺した表情を見せたので、成り行きを見守ることにした。


「……オレは別にそんな」

「そう言うの、後でやってよ」


 ミハマは特に強く言ったわけではなかったのだが、視線は真っ直ぐ二人を射抜いてた。意志のある強い瞳に、サワダもイズミも小さくなってしまった。最初のころは、この怪獣のような連中が、言い方は悪いけど、ミハマのような綺麗なだけの男に従っているのか判らなかったけれど、今は少しだけ判る。

 彼は再び、ティアスを正面から見つめる。こころなしか、彼女が一瞬震えたように思えた。


「ティアス、オレはお互い様だと思ってるよ。君はオレ達に隠し事をしてた、暗躍もしてたかもしれない、敵として動いていたかもしれない。だけど君の立場の微妙さは判ってるつもりだし、手をさしのべてくれたことも知ってる。オレは、誰がどう思おうと中王の楽師に感謝してる。この間のパスの件もそうだ。それに、中央に行ったときの君の話、ピアノと歌。それから、テツのことも」

「オレは……」


 とサワダは言い掛けたくせに、ミハマに一瞥されただけで黙ってしまった。


「別に、サワダ中佐のことは……」


 楽師がサワダに優しかったことは、オレだって知ってる。なのにどうして、あえて否定する言葉を出す?


「感謝してるよ」


 ミハマの言葉に、彼女は目を逸らしてしまった。




03


 その後、不思議なことに、ミハマは彼女に猶予を与えた。明日の昼、話をしたいと告げた後、サワダとイズミを伴ってカリン姫の元へ向かった。オレにもお咎め無し(イズミが何か言ったかもしれないけど)。

 彼は一体、彼女をどうしたいんだろう。

 オレと二人、取り残された彼女の元へ、今度はニイジマがセリ少佐を連れて現れた。階級的にはニイジマの方が下のはずなんだけど、どうしてそう言う構図になるのか。

 ちょうどサワダとイズミが立っていた場所に二人は立っていた。座り込んだままのオレ達と少し距離をとっている形で。


「もしかして、話し合いの時間をくれたってことか?あの王子様は」


 どこかで、一部始終を見ていたのだろう。ニイジマが、オレとティアスを交互に眺めながら、ぼやいた。


「でしょうね……ホント」


 ティアスの苦笑いには悪意が感じられなかった。


「変わってるって?そんな一言ですまされるのか、これ。なに考えてんだ?」

「なに怒ってんの?」

「どうして良いか判らんから!」

「でしょうね。私も判んないわ」


 二人して溜息をついた。


「どうすんだ?カナさんも来てるし。さっき、応接の方を見に行ったら、待たされてイライラしてた」

「心配してくれてるのはありがたいけど、わざわざ一人で前乗りしてくることはないでしょう……。いつものことだけど、どんな手を使ったんだか」


 ニイジマの後ろで、セリ少佐はニコニコしているだけだった。なに考えてるんだろう。

 それに、オレはどうしたらいい?


「あの王子が味方かどうかって言うのは、どう思うんだよ」

「2割……」

「少な!」

「違うわよ。敵である確率よ。あの子は信用しても良いと思う。サワダ中佐も……」


 そこまで言って、バツが悪そうな顔して俯いた。そう言う顔されると、オレは口出しできないんですけど。

 まあ、オレは嫌われたくないから出来ないけど、ニイジマは口を出せるみたいだった。


「その、サワダ中佐だけど。お前ら何、出来てんの?」

「もっと他の聞き方はないわけ?」

「ないな。つーか、他の聞き方ってなんだ。めんどくさい」


 彼女はニイジマを睨み付けたまま、黙ってしまった。


「姫。どうなんですか?」

「どう、って何よ。コウタまで……。大丈夫よ、何もない」


 なんでセリ少佐に対して、そんな風に弁解する?!ニイジマと違うだろ、その態度は。二人は同じようにティアスの部下じゃないのか?!

 こんな所に伏兵が……。サワダやミハマにばかり気を取られていたけど、この人もか?しかも、ティアスに近い分タチが悪い。


「ユウトまで。しつこいわよ」


 オレの視線を不愉快に思ったのか、怒られてしまった。


「はっきりしろよ、めんどくさいな。それでどう行動するかが変わってくるだろうが?あんたがどうしたいかも」


 怒られることにも、むっとされることにも慣れているのか、ニイジマは彼女の態度を気にする風でもなく、続けた。


「関係ないでしょうが、そんなことは」

「じゃあ、とりあえず、あの王子様とその護衛部隊はどうする気だ?敵か?味方か?どういうつもりでオレ達は動くんだ?」

「そんなのは、転んでみなければ判んないよ。私の味方は、あんた達しかいないんだから」


 彼女の世界の狭さに、狭くせざるえない彼女に、言いようのない焦燥感を覚えた。もしかしたら、ニイジマも同じ気持ちだったかもしれない。


「……2割……減らす?増やす?」


 少しだけ柔らかい態度で、彼女に決断を迫る。


「その価値はある?」


 柔らかくはなったけれど、その内容は、酷いものだった。


「減らしましょう。その価値は未知数だけれど。この国があいつにとって、何か大きな価値を持ってるのは確かだもの。取引材料になるかもしれない」

「だろうな。ここ最近の執着は、ちょっと異常だもんな。意味が判らん」


 ティアス達が警戒してる相手って……


「……あいつって?もしかして……」


 オレの質問には答えず、彼女は黙って、壁の隙間から東の空を見つめた。


「だけど、気をつけて。あの子達も決して、一枚岩ではないから。ミハマだけで良い」

「みたいだな。さっきの様子からすると。気をつけとくわ。理解した?コウタ?」


 何を?と言った顔でニイジマに微笑み返すセリ少佐。この人、ホントに優秀なのか、ますます疑問は大きくなる……。


「明日は、そのつもりで話を進めるから。そろそろ戻るわ。カナにも姿を見せておかないと、心配してるでしょうし」


 立ち上がり、オレにも立つよう促す彼女の表情には、いつもの自信が戻っていた。気が強く、真っ直ぐな彼女が。

 いや……、「いつも」の?

 オレは久しく、彼女のこんな顔を見たことがあったか?最近の彼女は、こんな風だったか?

 でもあの覆面の中は、いつもこういう顔をしていたのだろう。それは容易に予想できた。

 それが怖くもあり、嬉しくもあった。彼女の強さと弱さが、良くも悪くもオレを動かしたことを実感する。



04



「ティアス……。君は一体、何者なの?なんで、中央に……」


 オレの持った当然の疑問を、彼女は笑顔で流した。答えてくれる気はないらしい。

 だって、何となくの想像しかできないだろう?ニイジマやセリ少佐が彼女のことを姫と呼ぶことも、中央正規軍に属しながら、あの態度なのも。オレは何も知らないから、それ以上想像することすら出来ない。

 だからなのか?今となっては、サワダが彼女の正体を知っていたのは明白だ。知っていて、彼は、彼の仲間であるはずの護衛部隊の前で、それを言うことを途中からやめたと、彼らはそう言っていた。その理由はどうしてなんだ?サワダと、ティアスの間に何かあったと考えるイズミの方が、自然じゃないか。

 おそらくイズミは、オレ以上に何かを見ているはずだ。


「ユウトはもう、部屋に戻った方がいいわ?疲れたでしょ?」

「姫は、どうなさいます?」

「サワダ議員が迎えに来るわ。……きっとね」


 その言葉を受け、ニイジマとセリ少佐はどこへともなく消えた。それと入れ替えで、彼女の言葉通り、サワダ議員が現れた。テラスから歩いて。


「こんな所で何をしている?挨拶をしに戻ってきてくれないか。息子も待っているのでね」

「……白々しいわ」

「え」


 思わず出てしまった言葉を飲み込むしかなかった。彼女は隠し持っていたあのジャックナイフを、サワダ議員に向けていたのだから。


「彼は、元々知っていた?君のこと」


 ナイフを眼前に突きつけられているにも関わらず、彼は顔色一つ変えずにオレのことを彼女に聞いた。見ているオレの方がどきどきしてるんじゃないだろうか。動くことが出来なかった。


「顔を……知られていたから」

「へえ……」


 ちらっと、サワダ議員がオレを見た。見たって言うより、値踏みされているというか。飲まれそうな雰囲気を醸し出す彼が怖かった。


「別に、この子が何かを知っているというわけではないけれどね。残念ながら。さっさと行きましょう」


 ナイフをおさめ、彼女はテラスに出て、サワダ議員に謁見室の方へ戻るよう促すが、彼の視線はオレに注がれたままだった。


「ユウト。戻りなさい」


 ニイジマ達にはしても、オレに対してはしなかった強めの態度で、彼女はオレに動くよう命令した。オレはサワダ議員に飲まれそうなまま、動けなくなっていた体を無理矢理動かし、彼女の後へついていく。


「戻る必要はないだろう。君とももう少し話がしてみたいものだ。一緒に来たまえ」

「必要ないわ」

「それは君にとってだろう。私にとって、王の御前は、重要な場所だ。君にとってオトナシの前がそうであるようにね」


 彼女が彼を睨み続けているにも関わらず、彼はそれを無視してテラスの入口から廊下へ戻った。渋々ついていく彼女の後ろに、オレもついていった。なんかよく判らないけど、目を付けられてしまったようだし……。


「……なあ、ティアス。オトナシって?誰?」

「中王よ」


 呼び捨てかよ……。だからサカキって言うあの酔っぱらいみたいなおっさんとも仲良かったのかな。

 でもおかしな話だ。同じように仲の良いというか、知り合いっぽいあの酔っぱらいは、中王正規軍で元帥なんて地位についているのに、サワダの父親は地方で元老院議員だなんて。いくら王の妹と結婚したからって中央に入ればいい話だ。

 実は、仲が悪いとか?でも、それならサカキ元帥とも仲が悪いかな?


「……ユウト、ごめんね。巻き込んでしまって。疲れてるでしょ?」

「え?いや……オレは別に。大丈夫だけど」


 さっきは壁の向こうから見ていた、初めて歩く長い廊下を並んで歩きながら、彼女はオレを気遣ってくれた。その優しさに、やっぱりオレは期待をしてしまう。誰にでも、そうだと判っていても。


「……アイハラ?どうして?」


 謁見の間の前にある小部屋には、サワダが待っていた。汚れていた上着だけ着替えたらしく、妙に綺麗だった。


「オレが連れてきたんだ。王子はどうした?」

「中にいます。……オレは……」

「お前は、そうしていればいい。オレにも、あの王子にもついていれば」


 サワダが沈んだ顔を見せる。もうすっかり見慣れてしまったけれど。

 オレの知ってる沢田は、もっと偉そうだったし、もっと不躾だった。繊細な部分もあったけれど。バカみたいなことしか喋ってなかった気がするし、ティアスのことを除けば、オレはあいつのことが嫌いじゃなかった。

 だけど、今オレの目の前にいるサワダは、嫌いじゃないけど、むしろ好きかもしれないけど、ちょっと重くてめんどくさい。しかも、それを口にすることも適わないといった感じだ。重すぎて。


「……王子にも、あなたにも?」

「どうして、何かおかしいか?」


 ティアスの疑問に、サワダ議員は疑問で返した。


「おかしいかって言われても……。おかしいことだらけじゃない。意味が判らない。そんなこと言われたら、困るのは……」


 彼女の示すとおり、サワダだ。自分の息子を困らせて、何が楽しいんだか。ちょっとかわいそうな気がする。

 だけど彼女の言葉に、サワダもその父親も答えなかった。


 謁見の間には、王が玉座に座り、その横にミハマが立ち、一段下がってシュウジさんが控え、それと対称の位置に元老院のナカタ議員が立っていた。彼らの前には中央正規軍のサエキ大尉が一人で立っていた。

 オレ、とんでもない位置に立ってないか?さっきまで、あの壁の向こうでイズミと一緒にこちらを覗いていたのに。きっと今も、あいつはこっちを見てるのに。


「ミハマ。彼はお前の客人ではなかったか?」


 オレのことを一言、そう息子に聞いた王の言葉に、ミハマは表情一つ変えず、沈黙を通した。

 その後、どんなすごいことが起こるかと思ったら、本当にただ王の前で、サエキ大尉と挨拶を交わしただけだった。拍子抜けするほどあっという間だった。

 だけど、オレのことをミハマに聞いたあの王の台詞。多分あれが、全てなんだろう。誰が誰の味方で、誰が誰の影響を受けるのか。オレがここに立っているってことは、もしかしたらミハマに対して、オレが思っている以上に悪い影響を及ぼすことになってしまうんじゃないのか?今は、何も判らないけれど。

 きっとここを出たら、もうすぐにでも終わってしまいそうだけれど、イズミにまたオレは怒られるのだろう。いや、怒られるどころか、無視されるかもしれない。少しだけ態度が柔らかくなったと思ってたのに、怖すぎる。オレはあいつが怖い。


 あっという間に終わった挨拶の後、サワダ父がオレ達に外に出るように促す。それと同じく、別の入口からミハマとシュウジさんも出ていった。サワダ父も一緒に立ち去ろうとしているのに、ナカタ議員が王に話している言葉の中に、サワダ父の名が何度も出てきていたのが聞こえた。良く聞き取れなかったが、サワダ父のことを誉めているのは判った。

 ものすごく遠回しではあったけれど、ミハマが気が利かないから、サワダ父が気を使ったとかなんとか。おっさん、いい年してんだから、陰口叩いてんじゃねえよって、叫んでやりたかった。ミハマはそんなんじゃない……と思うのに。

 一緒に出てきたティアスにも、そしてサワダにも、聞こえているはずだった。オレに聞こえてるんだから。だけど、彼らは何も言わなかった。

 特にサワダは、彼の前では借りてきた猫のようだった。いや、普段もなんかそんな感じの時はあるんだけど、気持ちが悪い。


「……私はこれで。ユウトも一緒に戻りましょう?疲れたでしょ?」


 オレに声をかけてくれた彼女の気遣いに、どうしようもなく心が動く。やっぱりティアスは優しいし、オレのことを考えてくれてる。

 だけどティアス自身も一刻も早く、この場を離れたかったのかもしれない。謁見の間の前の小部屋を出てすぐに、呟くようにそう告げると、サワダ父に挨拶もせずに立ち去ろうとした。


「いや、アイハラくんと言ったっけ?君は残って。城を案内しよう。どうせ客室付近と王子の領域くらいしか知らないだろう?スズオカくんの考えそうなことだ」

「父上。アイハラは……」

「こんなバッジ一つじゃ、動きにくいんじゃないかね?」


 何か後ろ暗いことでもあるのか、止めに入ってくれたはずのサワダまで黙ってしまった。結局、このバッジって、なんなのかはよく知らないんだよな。結構自由に動けるけど。サワダ父の言ってることも、ちょっと気になるかも。


「サワダ議員。殿下が、彼を呼んでおりますので。今日はご遠慮いただけますか?」


 出た!!恐怖の大王!

 多分、またあの壁の向こうから覗いていたんだろう。しれっとした顔で窓際にある壁の方からやってきたイズミが、オレとサワダ議員の間に立ちふさがる。怖すぎる!!

 サワダ父は、苦笑いを見せると、無言で引き下がり、廊下を歩いて立ち去った。

 なんでだ?ミハマが呼んでるからってこと?無理強いしても仕方がないってこと?つーか、なんでオレが彼と話をする機会を、イズミまで止めに来た?

 サワダだけなら……オレに気を使ってくれたと思えたけれど。

 オレの胸で鈍く光るバッジも、言葉も行動も判らないイズミのことも、結局何も教えてくれないシュウジさんのことも、オレはあの人の一言で、全てを疑ってしまいそうだった。




05


 夜になったというのに、相変わらず空は、ただただ薄暗かった。飲み込まれそうで気持ちが悪かった。気持ち悪いと判っているのに、一人で部屋にいることが耐えられなくなって、ベランダに出た。

 ベランダから外に出たら、今日みたいな目に遭う可能性はある。そう言ったのはサワダだった。イズミはそれを見ながら、また彼を笑った。仏頂面のくせに親切なサワダと、笑顔のくせに人を突き放すイズミ。随分慣れてきたけど、いや、慣れてきたからこそ、彼らの秘めているものを感じ取れるようになってきた。

 最初のころより、彼らを信用してるし、疑ってもいる。


 このバッジが何を意味するのか、オレは何も知らない。あいつらは悪いヤツらじゃないのも知ってるけど、オレが彼らにとって荷物にはなっても、利益をもたらす存在じゃないのも判ってる。だからこその距離感だと言うことも。だけど、あんな言われかたをしたら、気になるだろう。

 オレに知られたくないこともたくさんあるだろう。オレだってあいつらの中に入っていけるとも思えないし、行こうとも思わない。だけど、分厚い壁を感じてるのも確かだし、それが怖いのも確かだ。

 ティアスは、どうだろう。彼女だけは、オレを受け入れてくれてる気がしたけれど。だけど、触れることも適わないのに?


 中庭の様子なんてほとんど分からないことは承知で、下を覗き込んだ。高くて足がすくみそうになっていたのは、最初だけだった。こんなコトはどうでも良いことなんだ、今のオレには。

 一瞬、あの中庭の広場に人影が見えた気がした。不愉快で、吐き気がして、悔しくて震えているのに、オレは部屋を飛び出してエレベーターに乗っていた。この目で見ないと、現場を押さえないといけない気がしていた。


 2階の窓から、二人いることを確認して中庭に向かった。出られるかどうかは判らなかった。だけど、通用口に立つ警備員にバッジを見せたら、案外あっさり通してくれた。

 絶対、あれはサワダとティアスだった。だけど、違っていたら?オレはそれを望んでいるんじゃないのか?だから、確証が欲しいのか?


「夜中は魔物が出るぞ?」


 広場へ向かうオレを止めたのは、ニイジマだった。風が強く吹いて、木々を揺らす。その揺れで、彼の姿を一瞬見失ったと思ったら、オレの横に立っていた。


「……お前こそ。ここをどこだと思ってるんだよ。お前は客人じゃないだろ?」


 早く行かないと、いなくなっちゃうかもしれないだろうが。


「いや。明日辺りにでも、カナさんの部下としてこようかと思ってたんだが。オレ、こういう隠密的なこと苦手なんだよな、本来」

「出てきたしな」

「言うなよ、もう。さんざん怒られたし。そもそも、こういう仕事はコウタ向きなんだよ」

「つーか、部下としてって、そんな簡単なもんか?予定になかったのに。何とか言う別の人が来るんだろ?」

「西ニホン管理部のカツラ少尉相当官だよ。ほとんど研修生扱いだし、カナさんなら何とかするだろ」

 

 なんとかってなあ。そう言う問題か?


「てか、なんでこんな所にいるんだよ。部下として来るのは明日以降だろ?急にいろいろ変わりすぎたら、またここの城の人たちが振り回されるし?」

「姫の護衛だよ。夜中に出歩くからさ。こないだもいたよ?」


 そうなんだ。立派に隠密してる気がするけど。


「……ティアスは?」

「何、姫に用だった?あっちの広場にいるぞ。一緒に行く?」


 邪魔しに来たのかと思ったら、そう言うわけでもないのかな。


「いや。用があるわけじゃないけど……。あの子、一人?」

「一人だけど」


 見間違えか……もしかして一緒にいたのはニイジマってオチとか?

 いや、それはないか。今日はそうかもしれないけど、昨夜は明らかにサワダだった。


「イズミ中佐とかに、見つかるだろ?こんな風に出歩いてたら」

「いや、もう開き直るしかないだろうよ。今まであの人がいたから見つからないようにって思うとホントに動きづらかったけど、もうばれてんなら、逆に気が楽だ。さっきなんか屋上で挨拶までしたっつーの」

「なんか、イズミの顔が思い浮かぶ……あいつホント、そう言うときは超笑顔で人の悪いこと言いそう」

「だよなあ。食えないよな。ただ……」


 ちらっと、空を見上げた。その先には木が揺れているだけだったのだが。


「ただ?」

「『敵か味方か判らないから、仕方ないですよね』なんつってたけどな。まあ、その通りだと思うよ。今の状態では、オレもそうすることしかできないし」

「ティアスは、味方にしたがってたんだから、そう言えば良かったのに」

「いや、どうだろうな。必要ないし、必要なら姫が言うし。イズミ中佐自体は気にしてそうだけど、あそこの王子はそんなこと気にしてなさそうだったからな。『敵か味方か判らない』っつーのは、王子の受け売りだって言ってたからな」


 他に誰もいない中庭を、ニイジマと二人で進む。

 ニイジマがイズミに抱いた感想と、オレが彼に抱いた感想は、似て非なるものだった。オレは、あのイズミの考え方が不思議で、酷くミハマに依存しているようにしか見えなかった。だけど、ニイジマはそんなことは当たり前のこととして受け取っているように見えた。立場の違いなんだろうか。

 広場のベンチに、ティアスは一人で座っていた。隣に誰か座っていたようなスペースを空けて。


「ユウト、どうしたのこんな夜中に?」

「あ、うん……。隣、座って良い?」


 彼女は一瞬戸惑った表情を見せたが、すぐに笑顔を見せてくれ、頷いた。だけど、彼女に触れられる距離までは近付かせてもらえなかった。ニイジマもいるし仕方ないかと思ったけど。


「あの後、サワダ議員に何か言われた?」

「え?あの後って?会ってないよ。すぐに部屋に戻ったし」


 誰とも会いたくなかったって言うか。何も考えたくなくて、そのまま寝ちゃったんだよな。なんかここにいると、時間の感覚が狂うし。


「そうなんだ。目を付けられてたみたいだから、何か言われてないかと思って、ちょっと心配してたのよ。シンが間に入っていたみたいだけど」


 良かった。やっぱりティアスは、オレのことを心配していてくれたんだ。立ち去ったと思ったけど、どこかでニイジマかセリ少佐が見ていてくれたんだ。


「気をつけてね。あの人のこと、全面的に信用するのは、なしだから」

「……ナイフ、向けてたから?あれって、オレが思うに、ティアスとあの人って……」


 裏で手を組んでたって考える方が妥当だろう。それはおそらく、あの魔物の襲撃に関することか、ティアスの正体に関すること。

 彼女はそのオレの心を読みとったかのように、大きく溜息をついた後、少しだけオレに近付いて囁いた。


「今日の襲撃は、仕組まれたものよ。あの人と、私の手でね」

「なんで?」

「それが、オトナシの意志だからよ。判る?猫がネズミを嬲るように、様子を伺っている」


 最後にとって食ってしまおうと言うことか。


「なんでそんなことに、彼も君も、加担をする羽目に?」

「私は、ヤツの言うことを聞かざるをえない状況なのよ。私は捕らわれてる」

「無理矢理協力させられてるってこと?中王に?何でそんなこと」

「……国を、墓にすると脅されてる。それと引き替えに私はあそこにいる」

「それで、姫って……。だけど、それって」


 少しおかしくないか?脅されてるって言っても、他にも方法があったんじゃないのか?それに、彼女の周りにいるのは、皆中央でそれなりの地位についてる軍人ばかりだ。


「正確には、もう半分握られてるんだけどね」

「握られてる?よく判らないよ。この国を墓にしようとすることと、ティアスの国は違うってこと?」

「そうね。少し違うかもね。中央と、この国と、私の国との関係のせいかな。私の国は、ニホンにはないの。人がもういなくなったと言われている大陸にあるのよ。北の話は聞いたでしょう?中央が北を封鎖してるのは、ここから人が外に出ていかないようにするため。だけど、あの先には国も人も存在している」


 彼女の悲しい瞳が、強い意志に光る。淡々と、抑揚もなく話をしてくれているけれど、彼女の背負っているものが重いのは充分すぎるくらい伝わった。


「なんでオレにその話をしてくれたの?」

「どうしてかな?」

「……オレが、サワダ議員に目を付けられたからだろ?」


 彼女は黙って微笑んだ。うそがつけない彼女に、オレは胸をなで下ろした。




06



 彼女の国はあの大陸にあるという。一時期、それを疑ったこともあった。


『空から来る魔物を統率する力を持った一族が住んでると言われてますね。その昔、中王正規軍によって追放され、奥地に追いやられたそうですよ。ですから、危険なため、現在はこの北の門という場所から先は許可がなければいけません』


 あの、シュウジさんの言葉が、知識が本当なら。彼女はあの魔物達を統率する一族だと言うことになる。魔物の襲撃に関わっていると言ったのは、彼女自身だ。

 でも、それにはサワダ父も関わってるし、中王の手引きもあった(と思う)。彼女が襲撃の実行犯ではないと信じたい。


『こっちの砂漠は?』

『かつては生き残りがいて、ニホンとも国交がありました。しかし、その国の跡地は中王に支配され、閉鎖されています』


 ……たぶん、こっちだ。こっちの国ならつじつまが合うぞ!ティアスが襲撃の実行犯の可能性も低くて、中王に協力をせざるを得ない、悲劇の姫君的シナリオの!!

 だって、あんなに優しくて良い子なのに。あんな悲しそうな顔をさせてるのには、絶対そう言う理由があるはずだ。

 オレのその思いに答えるように、彼女はオレを気遣い、「疲れてるみたいだから早く寝たら?」と声をかけてくれる。確かにオレはすごく疲れていたし、辛かった。それを彼女が見ていてくれたと思ったら、それが嬉しくて仕方なかった。だからオレは、彼女の言うとおり、部屋に戻ることにした。

 疑問が残っていないわけじゃない。どうして彼女はわざわざここにいるのか。ニイジマと話をするためだとしても、不自然だろ?オレは確かに二人いるのを見てる。

 どうしても腑に落ちなくて、オレは彼女たちに中庭を廻ってから戻ると告げ、その場を離れた。

 遠ざかっていく彼女たちを、振り向いて確認したが、ニイジマは座ることなく、彼女のそばに立ったままだった。それが、彼のあり方だと思ったら、ますますオレの不信感は募っていった。


 広場を抜け、表玄関につながる、木々の生い茂る遊歩道を歩いていく。きちんと整備されていて、美しい庭だとは思う。

 二手に分かれた一方の道の先には、温室らしきものもあった。オレのいた時代のティアスが、植物園の話をしてくれたことを思い出していた。沢田は一緒だったらしいけど、二人じゃないって言っていた。でも、そんなことは、どうでも良いことなんじゃないかと、その時もそう思っていたし、今もそう思う。

 この時代のあの二人が一緒にいる、あの姿の衝撃に比べたら。


 温室の入り口付近に、人影が見えた気がした。オレ、うろうろしていたら、もしかして怒られるかな。守衛には止められなかったけど、見ないフリして通り過ぎよっと……。もう一方の道を進み、玄関の方へ向かう。あっちから宮殿に戻ることって出来るのかな?でも、なんかティアスのいた方に戻りにくいしな。


「くぉら!何してやがる、こんな時間に」

「うわ!でた!」


 温室の前の人影が消えたと思ったら、イズミがオレの横に立っていた。コイツ、ホントに怖い……。


「てか、イズミこそ何してんだよ!」


 そう聞いてから、コイツがいるときは、ろくなコトはないってことを思いだして嫌な気分になった。


「仕事だよ。さっさと戻るぞ。うろうろしてるんじゃねえよ」


 イズミがオレの背中を突き飛ばす。そのくせ、彼の視線はオレではなく、温室の方に注がれていた。


「サワ……」

「静かにしろ」


 思わず声を出したオレの口を、イズミが無理矢理塞ぐ。オレも彼も同じモノを見ていた。

 温室から出てきたのはサワダと、サトウアイリ。木々にかすみそうな距離から見ているにも関わらず、存在感のある彼女と、消えてしまいそうなサワダが、妙に印象的だった。


「……あれも、内緒?」

「うーん……」


 仲睦まじいとは言いがたい二人の様子を伺いながら、イズミは悪巧みをしているときの顔を見せた。


「本人以外はみんな知ってるからね」

「本人。あの本人?」


 サワダが消えてしまうんじゃないかと、本気で心配してしまうくらい、彼の存在感はなくなっていった。サトウさんとの力関係によるものだろうか?

 でも、オレの知ってる沢田は、佐藤さんに頭が上がらなかったし、その理由もわかりやすいものだった。先生だったし、惚れてたし。それ自体は本人含めて周知の事実だった。ティアスでさえもそう言っていたから。


「良いから、行くぞ。うっかり見つかっちゃったらバツが悪いだろ?」


 イズミに押され、その場から逃げるように立ち去る。

 でも、本人以外みんな知ってるって言うのは、どういうことだ?あの二人がこそこそ会ってるってコトをか?それにしては、護衛部隊のサトウアイリに対するあの嫌悪感と言ったら無いだろう。いや、それ以前に矛盾だらけだし。

 ティアスも、これを知ってるのか?だってこんな時間に(明るいけど)わざわざ中庭で危険を冒して会う必要のある関係なんて言ったら……。


「そう言えば、中庭って、魔物が来るってこと?今日だって、来たんだろ?」

「え?ああ。今日くらいのレベルのヤツだったら入ってこれるかな。でも、この辺りには来れないよ。結界の張られている範囲が決まってるんだ」


 その言葉を指し示すかのように、イズミは玄関の方へ向かうのに、あえて遠回りの道を選んだ。


「じゃ、危ないんじゃんよ!こんな所で密会とかしてるけど。なんで全体に張らない?!」

「地形とか、形とかで決まってるんだよ。あと、あえて隙を作ってある部分もあるし。テツは知ってるから、そんなところにはわざわざ行かないって。それにしてもお前さ……」

「なんだよ?」


 なんか文句があるってか、これ以上!?


「方言、酷いよね。だからとりあえず、中王関係ではないと判断されたんだけどさ」

「酷いって!?」


 いや、なんかプラスの方向に働いたみたいだけれど、だけどなんか失礼!


「そうでもないって!イズミも酷い!多分。しかも今、関係ないし!?」

「いや、じゃんだらりん、うっさいからさ」

「つーか、方言残ってんの?」

「残ってるだろうよ。中王が現れてしばらくの間、各地は隔絶された状況だったらしいから。まあ、何百年も前のことだし、オレにはよく判らないけど。妙な反作用みたいなもんだと理解してるけど」

「反作用……?中王が、昔のものを排除しようとすることに対すること?」


 あからさまに「喋りすぎた」と言った顔をした。だけど、オレに対してではなかったらしい。彼は辺りを見渡し、オレに顔を近付け囁く。


「だっておかしいだろ?何でこの国は、わざわざ昔のものを残そうとするのか。だって、中身はきちんと進化してるのに、外側だけ。文化としておかしいだろ?あの地殻変動以前とは、環境そのものが変わってるのに」

「……どっちが、反作用だよ。中王が古いものを排除しようとすること?それとも……」


 判らなくなってきた。この時代、この世界で何があるのか。あの地殻変動以来、何があったんだ。

 オレは、あの地殻変動以前の人間だ。地殻変動も知らない。

 どんなに地殻変動で、未来が判っているとしても、それでも、少しの時間でも、オレは元の時代の方がいい。

 だけど、彼女の存在が、オレの心をここに残す。


「どっちだろうね。オレには、あんな風に人の上に立って、人民の頭を踏んづけようとしてる奴の気持ちなんかわかんねえさ」

「つーか、中王って幾つなんだよ。おかしいだろ?」

「今の中王は多分、サワダテッキと変わらんはずだけど?まあ、あの人は侵略者だからな。本来の中王とは違うって言われてるけど……オレには一緒にしか思えねえな」


 もしかしてオレ、結構重い話をイズミから聞いてる?


「なんだよ。にやにやするなよ、気持ち悪い」

「いや、イズミのくせに、親切だな、と思って」

「……話しすぎたな。何か哀れだったからな」


 哀れって……。オレのどこが?!哀れって言うなら、今さらだろうが!オレがここに拾われたときに、もっと大事にしろよ、もう!


「そういやさ、お前、最初からニイジマ中尉を知ってたよな」

「え?まあ、知ってたっつーか……」

「そっくりさん。お前曰くの『お友達』の中にいたってことだろ?写真持ってたし」

「でも、違う人なんだろ?」

「もちろん。だけど、そっちのそっくりさんなら判るんだけどさ、ニイジマ中尉も方言きっついよな」


 そういえば。何かやっぱりオレの知ってる新島と混同してしまうから、気にならなかったけど、確かにこっちのニイジマがそうだとしたら、おかしいかも。気にしたことがなかっただけかもしれないけど。


「カントウの人じゃないってこと?」


 いや、そもそも、ティアスの側の人でもないってことだ。ティアスはだって、あの大陸から来たって言ってたんだから。


「まあ、出身はそうかもね。しかも結構長いことオワリにいたんじゃねえのかな。そうなると、ティアちゃんの出身も怪しくなってくるな。明日になれば判ることだけど」


 ティアスはどこまで、コイツらを信用してるんだろう。敵である可能性を8割だと言った、コイツらを。

 オレは、彼らよりは信用されてる。それで良い。




07



 結局、眠れないままミハマの元へ行き、いつものように護衛部隊のみんなで一緒に朝食をとるための部屋に入った。ただミナミさんは未だ調子が悪いらしく、いなかった。彼女を見舞っていたであろうイズミの到着を待って、朝食が始まった。

  さすがに2晩続けて徹夜はきついはずなのに、不思議と眠気はなかった。

 だけど頭はぼんやりとしてもやがかかっていた。ミハマを囲む姿が最後の晩餐だとしたら、一体誰が裏切り者なのか等とバカなことを考えてしまう程度には。徹夜明けってやつは、ろくなことを考えない。


「どうです?こっちでの生活にも、だいぶ慣れてきたんじゃないですか?」


『いっそ、この時代を満喫してみたらどうですか?』


 シュウジさんがいつものように新聞を読みながらも、珍しくオレに気を使ってくれたのに。どうして、裏があると考えてしまうのか。そしてその台詞は、最初からずっと一貫していたことにも、何で今さら気付いてしまうのか。

  彼はずっとオレに対して、「帰ることへの希望」より、「この時代への希望」へ目を向けさせようとしていたじゃないか?

 オレの朦朧とした頭が、そう思わせているのか?


「……オレのこと、何か判ったんですか?何でこんなことになったのか、とか……」

「現在調査中です。私もあまりおおっぴらに動けないんで、勘弁してくださいよ」


 何か誤魔化された気がするな……。


「シュウジのヤツ、ああ見えてちゃんと動いてるからさ。あんまり突っ込んでやるなよ」


『「滅びることが判ってる時代」に戻ってどうする?』


 シュウジさんのフォローをするサワダの言葉にすら、別の意図を感じてしまう。実は何もしてないんじゃないかとか、何もしてないのをサワダも知っていて、あんなフォローなのか、とか……。

  大体、ティアスとのことをあんなに隠してるんだから。それは、彼女もそうかもしれないけど、意図が判らないし。


「シュウジさん、そんな安請け合いしてたわけ?もう少し、自分の力量を計った方が……」

「安請け合いしたわけではありませんよ。流れでそうなったんです。失礼なこと言うんじゃありません。そんなこと、判らないでしょうが?」


『なんでも。平和のためさ。何事も、タイミングが肝心なわけよ』


 コイツだ。この男が究極にわざとらしい。ヘラヘラして、だけど全てを影で覗いてる。

  でも、怖いけど、嫌いになれやしない。どうしてだ?この男がずるいから?

 隣に座る、笑顔のイツキさんだけが、憩いのオアシスだよな……。敵に回したら本気で怖そうだけど。つーか。敵に回してるのかどうかもよく判らないし。

 ミナミさんも敵か味方かっつーたら、中立ではいてくれるけど、オレの優先順位はかなり低そうだしな。ミハマがいてサワダがいて…・ってなるだろうし。


「あ、そうだ。アイハラ」

「……なに?」


 ミハマは……どうなんだろう。彼は綺麗だ。だけど、ここでは誰よりも強い。その強さなんてオレには判らないけれど。だけど、彼がこの中で、唯一オレをフラットに見てくれているような気はしている。


『2割……敵である確率よ。あの子は信用しても良いと思う』


 ティアスの評価も高かったし。


「今日、3時からティアスと話をしようと思うけど。君も来る?」


『オレは君の味方でいるつもりだけど、オレの味方が君の味方とは限らないし、オレ達の敵が、君の敵とは限らない。それは、オワリの国にいようと、中央にいようとね。だって、オレだって、そうなんだから』


「え?いいの?」


 彼の意図は判らないけれど。だけどオレは、彼の発した「味方でいる」という言葉を嘘だとは思えない。


「ミハマ〜」


 当然だが、抗議するような口調で主を責めたのはサワダだった。シュウジさんは苦笑い。何故かイズミは何も言わなかった。こういうことは、真っ先にミハマに文句を言いそうだったのに。


「どうして?オレは良いと思うけど。彼女に対して感情的にはともかく、中立の立場の人間がいた方がいいと思うし。むしろ、ニイジマ中尉とかで周りを固められても困るけど。今、監査に来てるサエキ大尉も実質上、彼女の部下だろ?オワリにこれだけ彼女の手のものが集まっているこの状況で、余計に警戒心を強めるように追い込んでどうするんだよ」

「……そりゃ、お前が考えた『良い方』の理由だろ?」

「何がそんなに心配かな?」


 ミハマの笑顔の圧力に、サワダごときが敵うわけもなく、彼は黙ってしまった。

  でも、確かにミハマの言うとおりだ。ミハマは彼女の味方になると言ったんだ。その言葉を信じるなら、彼女に頑なな態度に出られても、戦う姿勢を見せられても、良い方向に話はいかない。彼女とミハマの距離が縮まる結果になったとしても、そっちの方がいい気もする。


「お前は、あの女のためにどこまでする気だ?」

「……どこまでって?」

「話を聞いて、味方になりたいっつって、どうやって味方でいるつもりかって聞いてるんだ」


 そこまでサワダが話したタイミングで、イズミが席を立った。しかし、その様子を気にする者は誰もいなかった。彼は窓を開け、ベランダへ出ると、小さな拳銃を取り出した。その先は考えたくもなかったし、見たくもなかった。


「面倒なことに首を突っ込む羽目にならないか?あんな、中王の子飼いの女なんか」


 イズミがその台詞を言ったのなら、オレは納得できたかもしれない。だけど、その台詞を吐いたのはサワダだった。


「うーん。テツが言う面倒なことって言うのが、どの程度のことなのか、オレにはよく判らないけど」

「判らないフリしてるだけだろうが。……判りたくないと言うか」

「だって、テツもそう思ってないのに、何を持って面倒だと言ってるのか判らないや」

「オレに面倒じゃなくても、お前には面倒なこともあるだろうが」

「それはテツの考えであって、オレはそうとは思わないけど。話してみないと判らないし、どんな状況になるかも判らないし。アイハラがいることが嫌ってわけじゃないなら、別に良いんでない?どう転ぶかなんて、誰にも判らないよ」


 そう言われて、サワダは黙るしかなかった。彼らは二人とも、何か含んだ物言いをする。けれどもそれが、お互いを思ってのことだと、端から見ていてもはっきりと判るからこそ、彼らの言い争いは険悪にならないのだろう。少しだけ、羨ましい関係だった。

  この城の中で言われてるような、派閥争いなんて、彼らには関係ないのかもしれない。だけど、関係ないからこそ、辛いのかもしれない。この城にいて、彼らと話をして、やっとそれが分かってきた。


「……で、アイハラはどうする?彼女がこっちに来てから、仲良くしてるみたいだし」


 何か、釘を差された気分だけど、ここは聞こえなかった振りをしておこう。さりげなさ過ぎて怖いってば。もしかしなくても、ミハマって結構、嫉妬深いんじゃ……。


「いてもいいなら」

「よかった」

「話はまとまった?」


 爽やかな笑顔を見せながら戻ってきたイズミが聞いたのは、サワダだった。元通り彼の横に座り、食事を再開する。何をしてきたのかあんまり考えたくないけど、よく平然と飯が食えるもんだ。


「まとめられた」

「ま、そうだろうね。テッちゃんがミハマに勝とうなんて、そんな図々しい」

「お前なら勝てるとでも?」

「そこはそれ、交渉術でしょ?テッちゃん、真っ正面からぶつかるから。口は時として、剣よりも強いよ?」


 目の前で噂話みたいなこと喋ってんなよ。ミハマが気にするとか、考えないのか?


「じゃあ、3時に呼びに行くから」


 気にしてないみたいだった。判っててあの態度か、コイツらは。イツキさんもシュウジさんも平然としてるし。

  でも、3時か……。今が8時半だから、未だ結構時間がある。


『お前、誰の味方なの?』


 オレはティアスの味方でいたい。今なら、あのニイジマの言葉にも即座に答えられる。

  彼女だけが、本当の意味でオレの味方だ。




08



 朝食のあと、ティアスの部屋に向かった。少し心配していたけど、彼女はオレを快く中に入れてくれた。

  黒いレースをあしらったコンパクトなワンピースに、ベロアのジャケット。それに太めのヒールのブーツを身につけていた。普段も柔らかい印象の服は着ない娘だけど、ケガをしていたせいか、もう少しラフな服装だった気がする。オレが心配しすぎてるから、そう見えるだけかもしれないけど。


「どうしたの、急に?」


 オレに、部屋の片隅にあるソファセットの横にある椅子を勧め、彼女自身はオレに断りを入れてからソファに座った。未だ、体が辛いのだろう。


「いや、今日、どうするのかと思って。ミハマ達に、どんな話するんだろうと思って。オレにも何か出来ることがあるなら、オレは協力するよ」

「そう」


 笑顔で頷いた彼女は、その表情を崩すことなく、続けた。


「でも、いいわ。あなたにも迷惑がかかる。自分だって大変なんでしょう?シュウジさんに聞いたわ」

「何を?」

「あなたの話。私に教えてくれたでしょう?それで、私のことを知ったシュウジさんが、昨夜……というか早朝、私の所に来たの。その時、あなたのことも聞かれたわ。彼から何か話を聞いてるかって」

「……オレが楽師のことを知ってるって……」

「そう言う風には聞かれなかったけれど。ここに来てから仲が良いみたいだけれど?って。その時、彼の仮説を聞いた。あなたが元の時代に戻れるように、調べてくれているみたいね」


 シュウジさん、ホントに動いてくれていたんだな。疑ったようなこと言っちゃって悪かったな……。


「それはまた別だよ。オレは……多分大丈夫だから」

「ホントに?心配だな」


 やっぱりティアスは優しい。


「大丈夫だって。今日、オレも話を聞いていて良いって、ミハマに言われてる。だから」

「……ミハマが、私に味方を付けようとしてくれてるのも判る。だけど、それはあなたが感情的に私の味方をしてくれていても、立場は中立だから。あなたが私のために動いてしまったら、あなたまで彼らの敵になりかねない」


 そう言って彼女は立ち上がり、オレを部屋から出るよう促した。彼女も一緒に部屋を出たかと思うと、廊下をオレと反対方向へ歩いていった。元老院のある方へ。

  元老院といえば、サワダの父親であるサワダテッキがいる。ミハマがあからさまに敵視をする、政治的にも感情的にも彼の敵。だけど、彼女にとってはここにいるための大事な後見人であり、中王を介してつながっている男。


『伝えて。「しばらく動けないから、2週間後に彼の合図で動く」と。「それまでに連絡を取れる体制を整備して」』


 彼女にそうとはっきり確認したわけではないけど。だけどおそらく、あの時ニイジマ達に伝えようとしていた、あの伝言が示す「彼」って言うのは、サワダ議員のことだろう。


『あの方とはきちんと話されているのですか?時期が早すぎる』


 だけど、彼と彼女たちは、連携がとれていない。だからこそティアスのあの態度だったわけだ。

  彼を探れば、何か判るかもしれないって思うけど……正直怖い。オレは彼に目を付けられてるわけだし、そこを利用すればって思うけど。思うけど、オレには無理だ。あいつらですら、あんな態度なのに。出来れば、関わりたくない。だけど、彼女のためには何かしたいのに。


「アイハラくん……だったね?どうしたの?こんな所で」


 出た!この人も神出鬼没!! オレの名前すらうろ覚えのくせに、親しげに彼は話しかけてきた。オレと微妙な距離を保ったまま、廊下を挟んで壁際から。


「……いえ……」


 こんな所と言えば、こんな所だ。ティアスの部屋の前だなんて。彼も、彼女に用でもあったのだろうか。それとも……。


「ちょうどよかった。君と話をしたいと思ってた」


 やっぱり。そんなに彼はオレに近付いているわけでもないのに、なのに逃げられない。蛇に睨まれた蛙って、多分こんな気持ちなんだろう。イズミ対サワダのケンカよりも、この人一人分の威圧感の方がある気がする。種類は全然違うけど。すごく怖いわけでもないけど。

  いや、いいタイミングじゃないか。オレしかできないぞ?この人に突っ込むのは。


「あの、オレ……ちょっと……」

「君、あの子のことを最初から知ってたみたいだけど?」


 オレ、断ろうとしてたのに!有無を言わさず話を始めるか?!しかも直球!いきなり!


「どうして?」

「えっと……知り合いに似てて……その……」


 なんて説明したら良いんだよ。楽師のことを知ってるって、この人にもばれたらまずいだろうし。ホントのこと言って、信じるとも思えないし。


「彼女は顔を隠していたのに?似てるも何もないだろう?王子が拾ったって言うのも、おかしな話だし」

「いえ、あの、オレをここに連れてきたのは、サワダ……あの、息子さんでっ!」


 変な汗が止まらない。

  落ち着け、落ち着け!別にそんな怖くないはずだろうが。口調も穏やかだし。彼はしゃべり方も冷静だし。怖い顔してないし。見かけだって、細っこいし、小綺麗な顔だし。別にオレには後ろ暗いことなんてないし。むしろこの人の方がそう言うのはいろいろ持っていそうじゃないか。何でオレがこんなに怖がらないといけないんだよ。

 でも、彼の穏やかな表情からは判らない、何かがオレにプレッシャーをかける。

 

「どうしたんですか?」


 オレと彼の間に入ってくれたのは、反対方向へと歩いていったはずのティアスだった。


「元老院の方に伺ったら、こちらだと」

「君に用があってね。たまたまアイハラくんがいたから、少し話をしていただけだよ」


 彼女はオレに苦笑いをして見せ、盾にでもなるようにオレの前に立った。オレのこと、心配してきてくれたんだ。


「何のお話?」

「聞こえていたろう?気になっただけだよ。それとも、言えないようなこと?後見である私に」


 脅迫めいた彼の台詞に、彼女は溜息をつく。


「この子は、500年前の世界からタイムリープして、ここに来たんですって。その世界に私や私の部下や、オワリ王子の護衛部隊の名前も同じそっくりさんがいたんですって」


 突然の彼女の台詞に、さすがのサワダ父も呆気にとられたような顔でオレ達を見ていた。


「それで?」

「私や彼らのそっくりさんの写真を、この子は持っていたの。驚くほど似てるんですって。それで、私が顔を隠していても判ったって言うの。だけどそんな話、あなたは本気に出来る?」


 そう言われるとそれはそれでショックですけど。けど、ティアスがオレをサワダ父の目から遠ざけるために、そう言っているのは判る。だって、彼女はオレの話を(正確にはシュウジさんの力で)信じてくれたから。だから今の彼女とオレの関係も、秘密を共有していた期間もあったわけだから。


「するよ。ただ、君の言葉では信用できないかもしれないけど」


 彼は、ティアスを見ることなく、笑顔でオレに近付いてきた。


「本当?」


 念を押す彼の笑顔に、オレは黙って頷くことしかできなかった。


「驚いた。オトナシと同じコトを言ってるんだ、君」

「……どういうこと?オトナシが?ユウトと同じコトって?」

「おっと。余計なことを言ったかな?ああ、でも、オトナシと会わせてみるのも面白いかもね。君たちの話が一致したら、お互いの話に信憑性が出てくるわけだから。聞いてみたい。オレ達は、タイムトラベラーを目の前にしてるわけだ。SFだな」


 邪気だらけの笑顔で言われても、不愉快なだけですけどね。余計なこと言ったかな、なんて嘯くくせに、どうでも良いって顔してる。いや、事態を引っかき回して楽しんでるようにも見えるかな。

  ティアスの2度目の溜息が、事態を悪化させてしまったことを物語っていた。



09



 中王である「オトナシ」と、オレが同じコトを言っていると、サワダ議員は言った。しかもこの人、それを楽しんでる。

  いやいや、そんなことより、この人が言ってることが本当なら。仮に、中王がオレと同じく「五百年前の世界」の話をするというのなら。

 この世界を支配している男は、この時代の人間じゃないってことだ。何があってこんなことに……。


「おもしろいな。あいつ、人が変わっただけかと思ってたけど。一人ではなく、二人なら。その話を信じてみても良いかもね」


 また一歩、彼はオレに近付く。多分、野生動物に目を付けられたら、こんな気分なんだろう。この人にそれを感じるなんて、おかしな話だけど。元傭兵だって言うサカキ元帥とかなら、判らないでもないけど。

  オレに手が届きそうなところまで近付いたとき、ティアスが再びオレ達の間に割って入った。


「変わった?」

「そう、変わったんだ。あの中王の座で、退屈そうにしていただけのあの男がね」

「いつ?判らなかった……」

「君では判らないよ。君は、所詮あいつに拾われただけの女だ。鳥かごに閉じこめてる小鳥が泣き叫んでるくらいにしか思ってない。最初に気付いたのは、カズキだったかな。オレの所に相談に来た」


 また、知らない名前が出てきたぞ?それより、この隙にオレは逃げた方がいいんだろうか。ティアスの部屋の前とはいえ、ここはオワリの王宮だ。この人達、何つー怖い会話をしてるんだよ。それに、中王のスパイとかだって、そんなこと知ってるのか?聞いてたらどうするんだよ?

  オレの不安を察知してくれたのか、ティアスがちらっとオレに目配せする。それをオレに立ち去れ、と言っていると判断して、そっと後ずさりする。


 いや、無理。それ以上の存在が、影から見てる。オレにだけ判るように、壁の隙間から、よく知ってる視線がオレを突き刺してきた。

  ここにいろってこと?オレなんかいなくたって、イズミがこっそり覗いてるなら、良いじゃんかよ。何でオレにここにいることを強制するんだよ。


「オレ達とすら、関わりを持とうとしなくなってきた。その代わり、酷く自分勝手になった。そして、人に妙な期待をするようになった」

「期待?」

「例えば、あひるが成長して、白鳥にでもなってしまうような。そんな期待をね」


 ティアスが唇を噛みしめ、次の台詞を必死に考えているのがよく判った。彼女のプライドの高さは、彼の台詞を許さなかっただろうことも。


「……だから、あなたはオワリにいるのね。中央にいればいいようなものを。その方が、あなたの息子さんも、いまよりずっと幸せなんじゃない?」


 何を思って、ティアスはサワダのことを口にしたのか、彼女の背中からは判らなかった。


「どうだろうね。あの子は、いまの状態を望んでいるし、それによって付随してくる不幸に甘んじている。君が気にすることではない」

「以前は、中央によく出入りしてたんでしょ?サカキ元帥に聞いたわ。それがここ何年かはちっとも出入りしなくなったって。私があそこに捕らわれてからは、サカキ元帥達とだけ会って、オトナシの元へは顔も出さなくなった。随分久しぶりだって聞いたけど」

「だから?」

「自分勝手になったオトナシに、見切りをつけたんじゃないかって」

「そんなことはないさ。ただ、それよりも大事なものが、オレにはずっと昔からあるだけだ。期待されなくなった分、彼との関係は随分楽になったよ」


 サワダ議員の言ってることが、オレには全くもって判らん。彼は一体何を目的に、彼女を、そしてオワリを振り回すのか。彼女の言うとおり、中央にいた方が自然だ。何しろ、彼の昔の仲間とやらが、いまの中央の支配者達なのに。何が楽しくて、こんな支配国の政治戦争を、自ら行ってるのか。


「……何で、この国にいるの?あなたがこの国にいて、良いとは思えないわ」

「ずいぶんな言い方だね。どこにいようと、オレの自由だ」

「あなたにはね。子供は、生まれる場所も、親も選べない」


 生まれる場所を選べなかったのは、サワダだけじゃないはずだ。ミハマも、イズミも、みんなそうだ。誰も選んでこの国にいないはずだ。


「辛辣だね。そんなに酷い親であるとは思ってないけど。君の親はそうだったのかい?」

「知らない」

「そんなこと言われたら、親が泣くよ?」

「泣こうにも、戦争で死んでしまったから」


 彼女の声に、全く揺らぎがなかったのが不思議だった。そして、自分の昔の仲間がその戦争を引き起こしたんだと判ってるくせに、顔色一つ変えないサワダ議員も。

  オレは、彼女のことを知っているようで、何も知らないのかもしれない。彼女の重い過去のことを、この世界に起きたことを、オレは何も知らない。知りたくもない。

 怖いよ。


「そんなところで何をしてる?」


 オレの後ろに誰かを見つけたらしく、声をかけた。もしかしてイズミが見つかった?間抜けすぎるぞ?!つーか、それってますます修羅場じゃないか!?


「……テツ」


 その名前に、ティアスも振り向いた。すぐに目の前のサワダ父の方へむき直したけど。

  イズミが見つかるよりはましな気がするけど、修羅場が待っていることには変わりない。つーか、何つータイミングで出てくるんだよ、サワダのヤツ。オレは姿を見たくもなかった。こちらを振り向いた時の彼女の泣きそうな顔を思い浮かべたまま、必死で彼女の後頭部を見つめていた。

 いままで聞こえなかった彼の足音が聞こえ始め、少しずつ近付いてきたのが判る。一体、彼はいつ頃からここにいたのか。


「いえ、たまたま通りかかっただけですから」


 振り向きもしなかったオレの背中を、彼は軽く叩き、ティアスの横に立った。悔しいけど、少しだけ楽になってしまった。


「また、今度って所だな。ぜひ頼むよ、アイハラくん」

「……や」

「一緒に、中王の元へ」


 蚊の泣くようなオレの声ですら、容赦なく叩きつぶすといった感じの強い口調と視線を残し、彼は立ち去った。息子から逃げたようにも見えたけれど。


「……いつから?なんで?いたにしても、影で見てればいいのに」


 彼を責めるように、彼女は彼を睨み付け、立て続けに質問をする。彼は一瞬、オレの様子を伺ったようにも見えた。

  躊躇しながら、彼は彼女に手を伸ばす。右手で彼女の肩に触れ、撫でるように首筋にも触れ、頬に手を当てた。


「そんな泣きそうな顔で強がられても、説得力ねえし」


 文句の一つも言ってやりたかったけど。サワダの台詞の方がよっぽど強がってるように聞こえて、笑顔がやっぱり儚すぎて、何も言えなかった。


「オレのこととか、関係ないのに。生まれる場所を選べなかったのは、お前も一緒なのに」

「でも、私は後悔してない」

「歯を食いしばりすぎると、血が滲むだけだ」

「それはテッちゃんのことだと思うけどねー」


 突然隣に現れ、サワダの頭を軽く小突くイズミに、彼も彼女も声が出ないくらい驚いていた。

  あれ?てっきりサワダもティアスも、イズミの存在に気付いているもんだと思ってたけど。知らなかったってこと?珍しくない?


「い、いつからいた?!お前!?ティアス、お前は気付いてなかったのかよ、コイツに!」

「だって……」


 何、その反応。何でそんな恥ずかしそうにしてるかな。真っ赤になりながらおたおたする二人は、微笑ましいっつーより不愉快!あからさまに怪しいし!なにこの二人の関係!

  そして、何故か二人揃ってオレを見る。


「何だよ。……ティアスもサワダも、オレ、何か悪いコトしたか?どっちかっつーと、お前らの方が……」

「そのためにアイハラを!?」


 あれ、オレのせいみたいな言われ方。


「テッちゃん、詳しく話そうか。オレ、ティアちゃんとテッちゃんにいろいろ聞きたいことあるんだよね。午後の話し合いまで時間もあるし」

「ミハマにそう言われてるんだから、それまで待てばいいだろうが。ちゃんということ聞いとけ」

「いや、状況把握しとかないとさ。ね?」


 逃げようとしたティアスの肩を掴む。魔物より怖い。


「関係ないだろうが。それに、コイツの状況は父の話でだいぶ判っただろうが?」

「だね。状況は……だけど」


 彼女の肩を掴む手を、彼は離さなかった。




10



 彼女の肩を掴むイズミの手を、サワダが掴む。その行為が意味することを、彼は理解しているのかしていないのか知らないけれど。


「別に、何もないし。関係もないし。何が聞きたいか知らないけど」

「テッちゃん。しらばっくれてる状況じゃないと思うけど」


 サワダが彼から手を離すと同時に、ティアスも彼から距離をとった。


「違うよ、シン。何を疑ってるか知らないけど。どういうつもりか知らないけど」

「そう言うときって、なにを疑ってるか、十分理解してるってことでしょ?」

「だから、それは違うよ。私とサワダ中佐は、何もないよ?むしろ、私のことを彼は疑っている」


 彼女の目と雰囲気に、あのイズミですら飲まれていた。


「ミハマや、あなた達を心配して、私に近付いてきただけよ?あなたと同じように」

「だろうね」

「判ってるなら」


 飲まれたことが不愉快だったのか、他に何か意図でもあるのか、イズミは彼女ではなくサワダを見ていた。


「最初はね。ミイラ取りがミイラって言葉、知ってる?」

「ふざけんな。そんな話なら、後でしろよ」


 怒ってみせるサワダだったが、オレには逃げてるようにしか見えなかった。


「いいの。ミハマが私のことをどう思って、話をする時間をくれたのかは判らないけれど、私自身がシンにとって怪しい存在であることは変わらないし。だけど、それでも、シンが疑うようなことに、サワダ中佐は関係ない。彼は私を疑ってる」

「そのわりに……」

「全部きちんと話すから、安心して。ねえ、ミハマ?今からでも良いよ」


 ミハマが後ろにシュウジさんを従え、こちらに歩み寄ってきた。彼もまた、彼女にあらかじめ何かを話そうとしていたのだろうか?この場所にこんなに人が集まるのは不自然だし。


「いや、いいよ。君も準備があるだろ?」

「あなたも、私に何か話があったんじゃないの?」

「いや、そこでテッキさんに会って……」


 笑顔で彼女の隣に立つミハマの後ろで、シュウジさんがメチャクチャ嫌そうな顔をしていた。要するに、あの人に会って、彼はこっちへ様子を見に来たってことか。


「牽制されたから」

「ああ、そうですね。あんた達の世界では、あれを牽制って言うんですね。良いですけどね」


 シュウジさんの溜息が、哀れで涙を誘う。また大人げのない会話してたんだろうな、あの二人……。


「牽制、ねえ。変なの。ミハマの前だと、あの人まるで子供みたい。サワダ中佐の前ではちゃんと父親の顔してるのに」

「……ティアちゃん、それもちょっと違う気が。サワダテッキがテッちゃんの前で父親ヅラをしたことはあっても、父親の顔をしてるのは見たことがないよ」

「そんなこと無いよ?さっきだって、そうだったよ。見てたくせに」

「あれが?」


 イズミがオレに同意を求める行為に、ティアスが嫌そうな顔をして見せたが、オレも彼女とは別の意味で嫌な顔しかできなかった。あの人に関しては、概ねイズミと同意見だったから。あの人も、ミハマも、意味が判らない。


「何か込み入ってるみたいだけど、君は少しでも休んで、早く傷を治してよ。テツもね。あんまりうろうろしたり、ストレス溜めたりは良くないと思うけど」

「別に溜めてないし」

「眉間の皺が跡になりそうなくらい、考え込んだ顔してるのに?相変わらず、自分のことは見えてないよね。冷静さに欠ける守護者はいらないよ?」


 突き放したようなミハマの台詞に、サワダは噛みつきそうな顔を見せたが、すぐに引っ込めた。


「オレにも素直に『休め』って言えばいいだろうが。妙な気を回すな、バカ」


 長い間、サワダを心配して言って来た台詞を、ミハマなりの伝え方で彼に伝えていただけなんだ。だから、ミハマはサワダにだけ、少し違う気の使い方をする。敢えて彼を見ないように、彼のことを心配していないかのように。


「だって、テツはそう言ってもちっとも言うこと聞かないから。それより、シンに頼んで無理矢理にでも外出禁止とかにした方がいいのかな。休めっつってんのに、ピアノ室で練習してるって聞いたよ?大体、昨日だってケガを理由に引っ込んでることだって出来たのに」

「ちなみに、昨日の夜、訓練場に顔出してたよ?人がいない時間を見計らって」


 その後、温室に行ってサトウアイリと密会もしてるけどね。イズミは他にも色々見てるくせに、さすがにそれは言わないんだな、ミハマの手前。


「……何で知ってる、お前。ストーキングか?」

「だって、お仕事ですから、隠密として」

「ちょっとはおとなしくしてることは出来ないのかな。イムラ先生にもこの間怒られてたし。昼食まで横になってれば?」


 サワダの腕を掴み、引っ張るミハマ。シュウジさんもこっそりそれに加勢して、二人がかりで引っ張る。


「いや、もう、傷は埋まって……」

「はいはい。状況はイムラ先生から聞いてるから。宮殿にいる医者じゃ、君の言いなりだから」


 ……穏やかな顔して、有無を言わせない男だな……。引きずられていくサワダを、イズミもティアスも苦笑いしながら見送っていた。


「やられたな。完全にミハマに混ぜっ返された」


 部屋に戻ろうとしたティアスを、引き留めるために彼女の肩に手をまわす。


「馴れ馴れしいぞ、お前!」


 オレですら、昨夜はニイジマの監視が怖くて彼女には指一本触れられなかったのに、そんな簡単に肩を抱いて!!


「五月蠅いな。大事な話の途中だったろうが」

「終わったじゃない。何もない。今日、全部話すから。ちゃんと。私が悲劇の姫君なんかじゃないってこともね。あの王子様が、私のことを何か誤解してるんじゃないかと思って心配なんでしょ?それから、その守護者を誑かす悪い女なんじゃないかって、心配?」


 さっきまでのティアスとは違う。影と毒のある女の顔を見せた。サワダと二人の時とも、ミハマの前とも、オレの前とも違う顔。


「そうだな。前半はかなり心配だな。大分掴んではいるけど、真相は君しか知らないし、現場に行かないと判らない。後半に関しては、自業自得だよ。ミハマを裏切るような真似はさせないし、するなら……いや、それはいいや」


 自己完結。何か含んでるよな、イズミのヤツ。それをティアスが見逃すはずもなく、彼女もまた含んだ笑顔で彼に問うた。


「シンは、随分我が儘なのね?ミハマがあんなにサワダ中佐のことを守っているのに、彼らの間を引き裂こうとする。知らない方が、引っかき回さない方がいいこともあると思わない?」

「そうだね。守ってるけど……」

「そうでしょう?ミハマはサワダ中佐を守ってる。サワダ中佐はそれに負い目を感じながらも、それに甘えている。でもそれに関してはあなた達も、その程度の差こそあれ、同じ状態だと思うけど」

「テツほどではないさ。けれど、……そうだな」

「ミハマが、サワダを守ってる?逆じゃなくて?」


 オレの疑問に、ティアスは笑顔で応えた。その真意は、その表情からは読めなかった。作られた笑顔を浮かべる彼女からは。


「そうよ。ミハマはね、サワダ中佐を懐に入れることで、彼を守っているの。その行為によって、彼は以前にも増して攻撃を受けるだろうコトを、そのリスクを理解していながら。彼の親友は、自分の政敵である男のたった一人の息子なのよ。しかも、彼のすぐ下にいる、数少ない王位継承権を持った、ね」


 彼女の言葉の意味を、おそらくオレなんかより、イズミは遥かに理解をしていたのだろう。見たこともないような悲痛な面持ちを見せていた。


「よく……判らないけど……」


 おそらく、またイズミが怒りそうだったから、オレは小さな声でしか聞くことが出来なかった。それに気付いたのか、イズミがオレの顔を見て苦笑いを見せた。


「サワダ中佐は、派閥争いにも、権力争いにも、残念ながら全く興味のない人だわ。閉じちゃってるのよ、良くも悪くも。だから、ミハマはそれを理解して、彼にはあの態度だし、彼を自分の懐に入れている。ミハマは、サワダ中佐のためのシェルターになってるのよ、この狭い世界で攻撃に晒されないように。サワダ中佐にだけじゃない、彼の護衛部隊全てを、彼は守ってる」


 その言葉が、限りなく真実に近いことを、イズミの表情が物語っていた。イズミやサワダが不自由の中で、自由に考え動けるのも、彼らの主である、ミハマが彼らの盾になっているから。そしてその盾を守るために彼らは戦う。

  その状況を、ミハマはどんな思いで作り出したのだろう。


 だけど、オレの頭には、彼の笑顔しか出てこない。

  こんな状況でも、「敵も味方もいるから幸せ」だと、彼は笑うのだろう。



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