戦の乙女 2
深い闇の底から、浮かび上がるように意識が戻っていく。
体は鉄のように重く、手足の感覚も曖昧だった。
どれだけ眠っていたのだろう。
瞼越しでも、柔らかな光が差し込む。
草木の音色が心地よく、花から蜜の匂いがする。
気持ちよい風が吹き、全てがどうでもよくなる。
あぁ、これが天国なら悪くない。
「……てください」
誰かに体を揺らされる。
せっかく気持ちよく寝てるのに邪魔しないで欲しい。
「起きてくださーい」
見知らぬ声で耳元を囁かれ、眠気が覚め始める。
寝返りをして声が聞こえる方へ体を向ける。
「おはようございます」
「う~ん、おはよう」
久しぶりに気持ちよく眠れた気がする。
長く眠れたのはいつ頃だろう。
もう、昔の話だ。
私が幼い頃以来か。
「エリシア様、朝食にサンドイッチをご用意致しました」
「……気が利くわね」
丁度、お腹が減っていて何か食べたいと思っていた。
サンドイッチを一口かじって周りを見渡す。
私は何故、ここにいるのか理解出来なかった。
確か、戦場に居た気がする。
仲間たちと共に戦場を駆け回り、最後は玉砕したような。
……いや、玉砕した。
あの時、あの戦場で仲間達と共に死んだ。
だとしたら、どうして私は生きてるの。
ここは何処なの。
――そして。
「聞きたいのだけど」
「なんでしょうか」
「貴女は誰なの」
寝起きで気づけなかったが、知らない女性だ。
いつから側にいたのだろう。
「私はアナエルと申します」
聞いた事が無い名前だ。
少なくとも、私の配下でアナエルという名前は聞いた事がないし。
ハルバードかランベルク卿辺りの下で働いていた者なのか。
「何者?」
「私はエリシア様の世話役みたいな者です」
「私の?」
私に世話役は居ない。
戦場に出てから使用人達は、ついて来なかった。
身の回りの世話をしてくれる者など居ない。
怪我をして服が破れても、全部自分一人でどうにかしてきた。
「私に世話役は居ないよ」
エリシアはサンドイッチを食べながら、ゆっくりと剣を抜いた。
その切っ先が、アナエルの喉元に届く。
だがアナエルは微動だにせず、エリシアの目を見つめる。
「……あらあら」
「サンドイッチは美味しいよ。だけどね」
エリシアは静かに息を吐いた。
目覚めたばかりで身体はまだ重い。
それでも、剣を振るう感覚は調子がいいくらいだ。
「傷は完治した様で何よりです」
傷口に指先を触れると、エリシアは息をのんだ。
深かった傷口が、元から無かったかの様に綺麗に治っていた。
まるで最初から何もなかったかのように。
どころか、すべての怪我が完治していた。
「私に何をしたの」
「蘇らせました」
「何を言っているのよ」
エリシアは思わずため息をついた。
普通、死んだ人間は戻ってこない。
蘇らせれるのは、おとぎ話の世界だけだ。
「頭の中、お花畑なんじゃない?」
「そう言われても、事実ですから」
「証拠はあるの?」
アナエルは静かに両手を組むと、背中から光があふれだす。
白い翼が現れ、白い羽が零れ落ちる。
「私は天使です。主のお導きでエリシア様は蘇ったのです」
大きな翼を見ると少しは驚いたが、直ぐに殺意に満ちた表情を見せる。
人から羽が生えるなんて、普通は考えられない。
こいつは人外で人類の敵だ。
「そんな怖い目で見てくるなんて、お姉ちゃんは悲しいです」
「いつから、お姉ちゃんになったのよ」
この人外はバカなのか、刃を向けられて悲しいと思うなんて。
もっと怯えなさいよ、何で命乞いをしないの。
どうして戦わないのよ。
「あぁ、忘れていました」
アナエルはこちらに手を振り森の奥へ歩き始める。
状況が掴めないままアナエルに付いて行くしかなかった。
「見せたい物があります」
森の奥へ入ると不気味な光景がエリシアの目に入る。
武具や鎧が地面に刺さっていたり木に埋もれていた。
「ここは何」
「戦場だった所です」
確かに武具に血の跡が付いていたり、衣服に切り傷の跡が付いている。
中には馬の鎧まであったりと見渡すだけで、大規模な戦闘だったと感じさせる。
歩き続けると奥から見た事が、ある鎧を見つける。
そこには、エリシアの騎士団が着ていた、鎧だった。
周囲には、王国軍や魔族軍の鎧まで落ちている。
アナエルは立ち止まりエリシアの方を向く。
「この先です」
アナエルに言われ先へ進むと木々は一切ない開けた場所に出る。
真ん中には十字の墓石があり誰かの名前が書かれていた。
剣を収め、エリシアは墓石に近づいて名前を読む。
【王歴三百十五年・王女エリシア・安らかに眠る】
「これ……私の墓石?」
胸の奥が凍り付いて、体が震えだす。
動揺したエリシアを見て横に立って背中を揺する。
「ここの戦場は大規模で、人類が勝利するハズでした」
エリシアは騎士団の残骸を見て察していた。
見た事ある鎧に刻まれた王家と騎士団の紋章。
武具は王国の物で中には魔族軍の物もある。
本当に蘇ったのか。
「私が死んで何年経ったの」
「三十年です」
「三十年で、あの戦場が自然豊かになるわけない」
「神々の神罰、ラグナロック」
それは、私が最初で最後に使った魔法だ。
だが、どうしてこの女が知っているの。
「あの魔法は、攻撃魔法じゃないんです」
攻撃魔法じゃないだと?。
神官は攻撃魔法と言っていた。
自分の命を犠牲にして敵を滅ぼす、魔法のと聞かされた。
「あれは、天界から天使を降臨させる魔法です」
「天使を?」
「地上に降り立った天使は周囲の生命を吸い、力の糧になるのです」
「じゃあ、貴女は」
「私は天使アナエル。これから貴女と共に過す、天使です」
「どうして、一緒なのよ」
「エリシア様は可愛いので一緒に居る事にしました」
アナエルは、ニコリと笑みを浮かべる。
その笑顔は、人間の形を真似ただけの仮面のように見え、エリシアは目を細める。
そんな視線すら楽しそうに受け止める。
「……念のため聞くけど蘇生の時、変な事してないよね」
「変な事はしてませんよ。ただ追加の加護を付与させました」
「どういうの?」
「魔法への絶対耐性と言う加護です」
「初めて聞く加護ね」
「エリシア様が最初の持ち主ですね」
そんな加護が存在するなんて、信じられない。
これから遠距離攻撃を気にせず、戦える。
死ぬ前に欲しかったわ。
「それと、私から贈り物がありますよ」
「贈り物?」
「エリシア様を天使にさせました」
「はい?」
聞き間違いかな。
私が天使に?。 「主へ直訴し、空白だったセラフィムの称号を与えられました」
……聞き間違いであって欲しかった。
「それってすごいの?」
「とっても」
セラフィムの名は初めて聞く。
空白だったから神官も把握してなかったのか。
「じゃあ、私は人間じゃないの?」
「人間と天使の中間だと思ってもらえれば」
つまり半分が人外か。
不快だけど、生き返った代償として受け止めるしかない。
「天界の事情は気にしないよ。戦が出来ればいいの」
「えぇ、主も望んでおられます」
まるで天界の言いなり、みたいで気に入らない。
まぁ、戦えるならなんだって良いわ。
「死んだ後、王国はどうなったの」
「魔族側に味方した。王族や貴族が政権を握ってますよ」
「抵抗した者たちは?」
「多くは処刑されましたが、生き残りはランベルク卿に集まり、抵抗していますよ」
予想通り、ランベルク卿がまとめ役になったのね。
無理やり王室から連れ出して正解だった。
恐らく、彼が居なければ王国は魔族の物になっていた。
「彼は、まだ生きてるのよね」
「抵抗勢力として旧アルノー伯とハルバード将軍の領地に立てこもっています」
「戦力はどの程度なの」
「私が知っているのは、これだけです」
二人の領土は北西の山岳群を超えた先にある。
大軍が攻め込もうと、ランベルク卿が守備側だったら、勝てる者は居ない。
合流したいが、ここからランベルク卿まで、距離がある。
途中の都市や城は魔族側だ。
兵を集めて占領して行きたいが、上手くいかないだろう。
死んでから、三十年も年月が経っているんだ。
若者達は私の事を知らない。
兵も集まらないし、貴族は殆ど敵だ。
「そういえば、私の騎士団は蘇らせれないの?」
「死して直ぐの者しか蘇らせませんね」
「……そう」
正直、騎士団が居れば楽だったのだけど。
何処か、近場で頼れる人物はいたかしら。
そういえば、王宮魔導大臣はどうなったのだろう。
彼女は私と同じで魔族を嫌っていた。
抵抗して、始末されたのだろうか。
……いや、彼女に限ってあり得ない。
多分、隠れ家に潜んでいる。
だが、隠れ家の場所は、最後まで教えなかった。
当分はこの天使と二人っきりか。
「アナエルだったよね」
「はい」
「私と一緒に居たいなら、命令は絶対服従よ」
「わかりました」
さて、何処に行こう。
旗揚げをしようにも、少女に命を預ける奴なんかいない。
世界を見渡しても、私の騎士団ぐらいだろう。
ある程度、まとまった戦力が欲しい。
ランベルク卿と東西から挟撃して王都に進撃、出来ればいいのだが。
エリシアが難しい顔をしているとアナエルが突如、あ!と声を上げた。
「何よ、急に」
「天界から地上に降りてくる最中、近くに村がありましたよ」
「魔族が移住してるのかしら」
「いえ、人間が入植してました」
「他地域からの入植か」
魔族に土地を奪われた人々か。
それとも人口が増えすぎたか。
どちらにせよ好都合だ。
その村で三十年間の情報を聞き出そう。
ついでに、民兵を組織させれば戦力になる。
まぁ、民兵なんか当てにならないが、数を増して訓練積めば肉壁にはなる。
「その村に案内しなさい」
アナエルの後に続き、来た道を戻って行く。
地面の下で眠る仲間の上を歩いて、一人ひとりの顔を思い出す。
心の中で、彼らの顔を思い出しす。
お父様の命令で私に付いてくる事になった近衛隊の皆。
放浪好きの傭兵団だったのに、最後まで付いてきた親衛隊の皆。
最後まで、命を預けて一緒に戦ってくれてありがとう。
数々の戦場を共に歩んできた。
常に劣勢で負けそうでも、皆が居たから勝ち進んで来れた。
ここまで成長できたのは、皆のおかげ。
だから、大丈夫。
後は、私に任せて休んでいて。
全てが終わったら戻って来るから。
だから、見守っていてね。
「もう少しで森から出ますよ」
「そう」
エリシアは振り返り、かつて戦場だった場所を見渡す。
仲間達の気配が、そこにある気配がして言葉として一言、口にする。
「行ってきます」
花びらがひとひら頬を撫で、舞い落ちた。
仲間たちが頷いて送り出してくれたようだった。
エリシアは微かに笑い、静かに背を向ける。




