戦の乙女 1
戦場はエリシアの突撃で幕が開いた。
中央を突破し、両翼も順調に魔族を蹴散らして進んでいる。
戦争が始まって以来、魔族側は初めて崩壊寸前に追い込まれた。
人類は、これまで魔族に負け続きだったが、今ようやく、我々は勝てるのだと誰もが高揚した。
エリシアが居れば、負けないと誰もが思った。
このまま魔族を殲滅して隣の戦場で戦っている王太子軍の元へ向かうだろうと誰もが思った。
1人の伝令が来るまでは――――。
「姫様!辺境伯の兵がこちらを攻撃しています」
「何じゃ、奴ら裏切ったのか」
戦の前に懐柔されていたか。
辺境伯を懐柔出来たのだから他の貴族も裏切る可能性を考えないといけない。
「めんどくさい事になったわね」
「どうするんじゃ、嬢ちゃん」
敵本陣が目の前だったのに背後からの一突きで全ておじゃんだわ。
戦力は拮抗してるけど半数を後ろに送ったら戦線を維持出来るか分からないが仕方がないか。
「バカな辺境伯の首を取りに行くわよ」
乱戦中で主力を引き抜けない。
私の私兵で行くしかないか。
「近衛と親衛隊は私に続け、前衛の指揮はハルバード将軍に委ねる」
戦場にエリシアの声が響き渡り戦場の端まで聞こえそうな声だった。
「嬢ちゃんに頼まりゃ断れねぇな」
「任せたわよ」
軍の中を複数の騎兵集団が逆走する形になり陣形は崩れ始めるがエリシアは気にせず手綱を強く握り馬を走らせた。
中間に辺り騎士団が1つにまとまり軍の最後部を抜けた。
「姫様」
近衛騎馬隊がエリシアの周囲を固め、後ろに親衛隊騎馬隊が随行している。
「中央突破するよ」
「御意」
「魔導師は詠唱を開始、辺境伯軍前方に叩きこみなさい」
魔導士が詠唱を始め、重装近衛騎兵がエリシアの前方に布陣し始める。
「親衛隊は左右に分かれて突撃して」
「おうよ」
辺境伯の軍に近づき歩兵は槍と盾を構え騎兵はランスチャージの体制に入り弓兵と魔導士の攻撃魔法が両軍を飛び交う。
「チャージ!」
エリシアの雄叫びで配下の軍も負けじと叫ぶ。
重装近衛騎兵が歩兵と衝突して吹き飛ばされた。
第一陣を突破し、第二陣へ勢いのまま突撃していく。
順調に敵本陣へ迎えるハズだったが。
突如、前方の重装近衛騎兵が次々と横転していった。
突撃をいきなり止めた事で陣形がぐしゃぐしゃになって敵中で孤立した。
敵陣の中で立ち止まり周囲から歩兵が囲い込む形で、遠距離から弓兵が攻撃してくる。
「何事なの」
「地面に縄が張られています」
周囲を見渡したエリシアはあり得ない光景を目にする。
至る所に張られ地面が水浸しで馬が上手く走れなくなっていた。
辺境伯軍が布陣して間もないのに突撃してくる個所を見抜き罠を仕掛けられる時間は無い。
どう考えても辺境伯が、これ程の策を思いつくハズが無かった。
「総員、下馬して本陣へ向かうよ」
下馬した兵士が馬を盾代わりに矢を交わし、前衛は馬を敵前衛へ突撃させ乱れた個所に突入して乱戦状態になった。
数で負けている。エリシア軍は半数まで擦り減らされた。
しかし、被害は辺境伯側が多く、エリシアが敵前衛指揮官を討ち取り一瞬の混乱が生まれる。
突撃の末、包囲から突破する事ができた。
「このまま進むわよ、敵本陣は目の前だわ」
「姫様、右から騎兵が来ます」
乱戦中で勢いに任せ突撃した為、側面からの敵騎兵突撃を気が付けなかった。
近衛隊がエリシアの周辺を固め親衛隊が前に出て突撃に備える。
「お嬢を守るぞ、固まれ!」
突撃してくる敵騎兵の旗を見てエリシアの顔色は悪くなる。
「どうして……兄さんの軍旗があそこにあるの」
そこには1つ隣の戦場で戦っているハズの王太子の軍旗が掲げている。
動揺で思考が停止し騎兵突撃の衝突で周りの兵と共に吹き飛ばされた。
エリシアは意識を失うが直ぐに取り戻して立ち上がろうとする。
周囲ではエリシアと兄の私兵が混ざり合い、その周辺を辺境伯軍が取り囲む形になっていた。
立ち上がるエリシアを周囲の兵が手伝い剣を渡す。
「クソが」
貴族が裏切っているなら未だしも身内が裏切っているなら話は変わってくる。
王族内に魔族と繋がっている者が居るのなら誰も信用できない。
しかも隣の戦場で戦っている王太子が裏切っているなら両軍合わせて10万を超える軍が流れ込んで来る。
急いで前線の軍に合流して戦場を離脱しないといけない。
「近衛と親衛隊はどれ程残っているの」
「ざっと千人程かと」
先程の突撃で結構、削らされたわね。
この数で戻れるか……怪しいがやるしかない。
「急いで騎乗して、本軍に戻る」
「戻るのですか?」
「軍旗を見たでしょ。兄さんが裏切ってるなら隣の戦場から王国軍と魔族軍の大軍が流れ込んでくるの」
辺境伯軍の中を来た道を逆走するのはエリシアの兵達には動作もない事だ。
だが馬を犠牲に前進していた為、殆どが怪我や疲労で本来の速度は出ずに王太子直属の騎兵と追従乱戦しながら本軍へ戻る事になった。
エリシアは最後尾で敵騎兵を引き付けていた。
辛うじて本軍の後衛にたどり着くことが出来た。
敵騎兵は歩兵に任せ、エリシアは急いでハルバード将軍の元へ向かうが、思いもよらない光景を目にする。
中央軍と左翼軍が戦闘していたのだ。
訳が分からず急いで将軍の元へ向かう。
入り乱れた陣形の中からハルバード将軍の軍旗を見つけ出す事が出来た。
旗本へ行くが、目にしたのは負傷した将軍の姿があった。
エリシアは馬から降りて、心配した顔でハルバードの傷を見ていた。
「よぉ、元気そうじゃの」
「その怪我はどうしたの」
「左翼軍が裏切ったんじゃ」
「バカな事を言わないで、左翼軍はアルノーが指揮してるのよ」
アルノーはハルバードと共に5年間同じ戦場に居た。
彼が裏切るなんて……あり得ない。
「アルノーは死んだよ」
「アルノーが……死んだの?」
「裏切ったのは貴族じゃ」
……あの、アルノーが殺されたの。
「バカ貴族どもが!」
辺境伯が裏切り王太子も裏切り、更にアルノーが裏切りで戦死して我慢していた感情が爆発した。
「私が何の為に5年間、戦ってきたと思っているんだ!」
地面に倒れてる魔族を何度も何度も斬りつける。
「お嬢、落ち着けよ」
「何が落ち着けよ、この決戦の為だけに5年間も遊撃戦に徹してたのよ」
配下の兵の言う事も聞く耳を持たずに抑えが聞かなくなっていた。
「私が探し出した人材が、 ここまで育てた騎士団が、バカどもの裏切りで!」
「落ち着かんかい」
頬を叩かれ、頭が真っ白になった。
落ち着きを取り戻したエリシアは自身を恥じて、剣を収める。
「……私ったら取り乱していたわ」
「気にするな、嬢ちゃんはまだ若い」
さて、これからどうする。
考えろ、今できるのはなんだ。
前方は魔族軍が立て直して攻勢を強めてる。
後方の辺境伯は敵に回り、アルノーを殺した。左翼軍と中央軍が乱戦中だ。
それに兄の軍が魔族と共にこちらに向かっているだろう。
「最悪ね」
右翼軍に殿軍をやらせて生き残りを軍を逃す。
そこから体勢を立て直せれば、まだ勝機はある。
「伝令! ランベルク卿からエリシア様へ伝令!」
「ランベルク卿から?」
「はい、ランベルク卿はこちらから撤退されたしとエリシアに伝えよと」
あのランベルク卿が、私よりも先に考えつくなんて。
出会う前は引きこもりのダメニートだったのに成長したわね。
「分かった、右翼から引くわよ。殿軍は私が……」
「いや、ここは儂らに任せてお嬢は先に行け」
「何を言ってるの、その傷で何が出来るのよ」
「年寄りの命よりも若い命が優先じゃよ、それにな」
ハルバードは自身の傷口に手を添える。
もう――長くないのだろうと察したエリシアは先に行く覚悟を決めた。
「……必ず生きて、また会いましょう」
「フォッ任せとけぃ」
馬に乗り配下の兵と共にランベルク卿が待っている右翼へと急いで向かう。
すると中央軍と右翼軍が進路を塞ぐ形で左右から敵騎兵が突出してくるのが見える。
まるで、動きが分かっているかの様な動きをする敵軍に不信感を覚え始めていた。
だが、エリシアは、この絶望的な状況でも巻き返せる自信があったのだ。
右翼軍と合流し、魔族軍を敗走させる事が出来れば、残るは人間だけだ。
エリシアの名は国内で知らない者は居ない。
彼女の名を出せば辺境伯の大半がこちらに寝返るだろう。
味方になってしまえば、戦力は五部に持ってこれる。
「大丈夫、まだ負けて…………あれって」
右翼軍の外側で王国軍旗が掲げられているが様子がおかしい。
何故、直ぐこちらに来ないの。
それに右翼軍の背後に向けて軍が伸びて行ってる。
「何かおかしい、本当に王国軍なの」
エリシアが先程から、感じていた不信感の正体が明らかになった。
右翼軍の中央から左翼にかけて魔族軍の軍旗が立ち上り、右翼軍を囲い込む様に両軍が突撃して行く。
唯一の逃げ道を失い、完全に包囲された。
エリシアに残された選択は右翼軍と共に包囲を突破するしかなくなった。
「あなた達、まだ行けるかしら」
「近衛はどこまでもついて行きます」
「元傭兵団の実力をなめんじゃねえ、親衛隊がこの程度でへたってたまるか」
良し、大丈夫の様ね。
これなら突破はどうにか出来るだろう。
「突っ込むよ」
「姫様に続け!」
左右の敵軍が進路を変えこちらに向かい始める。
軍旗を確認すると1つは王太子の軍旗だ。
もう1つは本来、皇太子が相対しているハズの魔族軍の軍旗を掲げていた。
「近衛隊の勇士達よ、姫様の可愛らしいお体に傷をつけさすな」
「近衛隊に後れを取るな。野郎共、お嬢に男らしい所を見せるぞ」
エリシア達はエリシアの周囲を固める所か、前に突出し始めた。
ここでエリシアが死んでしまったら、今度こそ王国は滅んでしまう。
騎士団は例え相打ちになっても1人のプリンセスを逃がそうと死兵となり戦う覚悟を決めた。
残り、十馬身程の距離の所でエリシアは矢の狙撃を受け落馬した。
「姫様!」
近衛兵はエリシアを守る様に周囲を固め、親衛隊は退路を確保するべく、敵騎兵に突撃を行った。
「……何で矢なんか、加護は」
エリシアは生まれつき飛び武器を認知出来る加護を受けている。
だが、気づかれる事なく、矢は真っすぐエリシアの肩めがけて突き刺さった。
加護無効化の弓矢を扱える種族は1つしか思いつかない。
エルフだ。
以前、エルフの軍と戦った事がある。
その時はまだ戦場に慣れておらず、捕虜や生き残りを逃がしたが。
「あの時、全員殺すべきだったわ」
戦場の全域が乱戦状態で周囲を敵が完全に囲んでいる。
右翼軍も隣の戦場から来た王国魔族連合軍で逃げ道を蓋されている。
「もう…………ここまでね」
近衛兵がエリシアを逃がす為に、起こそうとするがまだ幼い体に刺さった矢は大きかった。
むやみに動かそうとしたら傷口が広がってしまう。
「我らを盾に使って逃げて下さい。姫様だけは」
「もういいわ、あなた達だけで逃げなさい」
エリシアは自身が身動きを取れない事を察していた。
矢はエリシアの肩を貫き、抜けなくなっていた。
「我々だけが逃げれば後世の笑い者ですよ」
「それに姫様と共に死ねる事は誇らしいです」
「私と、一緒に死んで、何を誇るのよ」
「姫様をお慕いしているから、我ら一同ここまで戦って来たのです」
「騎士団だけではありませんよ。この戦場に居る者は、全て同じく思っております」
ほんと、王族の小娘をお慕いしているなんて、相変わらず変わった集団ね。
彼らともっと一緒に居たかったけど退路は塞がれて逃げられない。
中央と右翼は壊滅状態。
太陽が沈むまでに私達は全滅するだろう。
……だったら最後は皆と一緒に。
「皆、私と死ぬ覚悟は出来てるよね」
「もちろんです」
「どうせ死ぬなら敵も道ずれにして死んでやりましょう」
「そいつは面白いですね」
「我らは何をすれば」
「魔法を使う。初めてだから時間が欲しいの、出来るだけ長く」
「まほ……御意」
「それと、ランベルク卿に撤退してと伝えてね」
数十騎がランベルク卿の元へ向かい、残りはエリシアを中心に方陣を築き始める。
「何で逃げないんだ」
「魔法を使うらしい」
「嬢ちゃんって魔法が使えたか?」
「分からないが時間が欲しいとの事だ」
「だったら話は簡単だ。他の味方を巻き込んで防御陣を築くぞ」
話を聞いた友軍は、次々とエリシアの元に集まり臨時の包囲陣が完成した。
一方、エリシアは剣を地面に刺して膝まづいたまま動かない。
周囲の兵士は不安でエリシアの方を見ていると独り言を喋り始めた
「神よ、見ているのでしょう」
彼女の行動に周囲は理解出来なかった。
今まで神々を信仰していなかったのに今になって神に語り掛けているのだ。
少し経つとエリシアの胸元が光り始めた。
「私の全てを捧げるわ、敵を皆殺しに出来る力を寄こしなさい」
時が経ち、胸元の光は腕を通り剣へ移り始める。
エリシアの髪は伸び白い翼が生えてくる。
「……まさか、あれは」
ひとりの兵士が震える声で呟いた。
「なんだよ、知ってるのか?」
「まさか……いや、あり得ない」
「勿体ぶらずに言えって」
「あれは――神官しか扱えない最高位魔法だ」
「魔法? お嬢は魔法なんて使えねぇだろ」
「だからあり得ないんだよ」
エリシアは生まれつき神への信仰が薄く、戦しか知らない少女だ。
そんな彼女が、神の奇跡を行使していて、兵士たちは信じられなかった。
「で……それって、どんな魔法なんだ」
「ラグナロック。神々の終焉を呼ぶ魔法だ」
「名前だけ聞くと、かっけぇな」
「名前だけじゃない。神が降臨してくるんだ」
「神だと?」
兵士たちは息を呑んだ。
「命を代償に周囲の生命をすべて喰らう。敵も味方も、関係なく」
「……つまり、この戦場にいる全員が」
「あぁ、死ぬ」
一瞬の静寂が生まれた。
やがて、隣の兵士が小さく笑う。
「ははっ……そいつはいいな。実にいいじゃねぇか」
「死ぬってのに笑うなよ」
「お嬢が一緒なら、悪くねぇよな」
どれほど覚悟を決めて戦おうが、鉄壁の守りを築こうが包囲され身動きが出来なければ殲滅されるまで時間の問題だ。
誰もが死を覚悟する。
外側の兵が1人、また1人と倒れていく。
ついに敵兵の刃がエリシアに届きそうになる。
その時、エリシアの翼は巨大になり、周りの敵兵は愕然とした。
彼女の変わり果てた姿は、まるでおとぎ話に登場する天使のような姿をしていた。
「皆、ありがとう」
エリシアは翼を広げて勢いよく空へ飛び上がり、その衝撃で地面は揺れた。
空高く飛び、戦場を見下ろす彼女を敵味方が注目して沈黙が生まれた。
剣を空高く掲げると、強風が吹き空は雲で覆われた。
戦場全体を見渡すと、ランベルク卿が戦場から逃げる姿が見える。
彼が居る限り王国は辛うじて持ちこたえられるだろう。
「王国の将来は任せたよ」
空を覆った雲は一瞬で晴れ、一筋の光が差した。
全ての音は消え、心臓の振動だけが戦場を駆け回る。
中にはひざまつき祈りをしている者も居る。
そんな彼らを見下ろして剣を地上に向け、目から血の涙を流し始める。
「神々の神罰、ラグナロック」
一言、その名を口にすると遠くからラッパを吹く音が聞こえ始める。
空から天使たちが地上に降りるとエリシアの命は尽き、地面に落ちていく。
地上の王国軍と魔族軍は少しずつ意識が遠くなり倒れ始める。
戦場に居る。すべての命が消え去るには、時間はかからなかった。
戦場に沈黙が生まれた。
天使が無邪気に飛び回り、通った所に花が咲き、一瞬で草花が咲き誇る。
天使の一人がエリシアを見つめ、周囲の天使達も集まってくる。
全ての天使が空を見上げエリシアに向け指をさすと、一人の女神が下りて来る。
「戦姫エリシア、貴女の人生は実に面白かったですよ」
女神は羽衣をエリシアにかぶせ、頭を撫でる。
「褒美に蘇らせましょう。肉体や力、剣はこのままにしてあげますね」
天使のひとりが女神の耳元に囁いた。
女神は楽しげに目を細める。
「素晴らしい考えですね。魔法への絶対耐性の加護を与えましょう」
天使達がエリシアを持ち上げ、舞い上がる。
白い羽が舞う中、1人の天使が女神の前に立つ。
「女神様、お願いがあります」
「何かしら、アナエル」
「私をエリシアの元に居させてもらえませんか?」
「理由は?」
「彼女に愛情という救済を教えたいのです」
エリシアは愛を知らぬまま戦場を生き、戦場で死んだ。
アナエルは、そんな彼女を哀れと思っていた。
何かできる事が無いか考えついた答えが加護を与える事だった。
しかし、加護はエルフに無効化されエリシアの死の原因に繫がったことをアナエルは悔いていた。
「そうですねぇ……許可しましょう」
「ありがとうございます」
女神はその背を見送りながらラッパが鳴り響く。
「さぁ、戦姫エリシア。もっと私達を楽しませて下さいね」




