2話ー④
誤字脱字や専門知識など、矛盾や間違いがありましたらすみません。
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事前に土浦から件のオタク仲間に連絡してもらい、自宅を見張ることになった。
異世界側は、標的が一人の時を狙って異世界召喚を行っている。場所と日時が分かっていても、渦が現れた瞬間、不意打ちで突撃しなければ塚原の時と同じく間に合わない。
だからこそオタク仲間、ハンドルネーム:シャトーさんとやらの協力は必須。
問題はどうやって、非現実な現象と作戦を説明するかだが、博士と茨目のタッグでどうにか言いくるめたらしい。
「シャトー殿も拙者と同じく科学大好き人間なので、説得は容易いものですぞ」
本当にどうやって説明したのか。詞葉は気になって夜しか眠れなかった。ぐっすり8時間寝た。
いよいよ作戦決行の日。
シャトーの住まいは、同じ町の住宅地にある平屋の一軒家で、母親と暮らしているという。今日は母が同窓会に出かけており、シャトー人しかいない。好都合だ。
シャトーの部屋から廊下を挟んだ向かいに位置するリビング。そこで三人は待機する。
渦が現れたタイミングで、彼から電話がかかって来る予定だ。土浦のスマホに合図が来た瞬間、『突撃! 隣の異世界』の時である。
予定時刻、一分前。
壁の時計を三人で食い入るように見つめる。秒針が進むごとに緊張感も増していく中、土浦のスマホが振動した。
バネのように飛び上がり、三人は勢い良く廊下へ出ると、ノックもせずに扉を開けた。
部屋の中央には、空気が抜けた風船のように萎む渦の光の残像と、コール音を鳴らすスマホだけが落ちていた。
「……なあモグラ。オタク業界では異世界で暮らすのはご褒美じゃないか?」
「妄想するのと実際に体験するのとでは大きく異なりますぞ」
「だよねー」
いくらチートを与えられようと、異世界の過酷な環境でどれだけの人間がエンジョイ出来るだろうか。是非とも異世界帰還者に聞いてみたい……駄目だ、全員記憶無いんだった。
揃って盛大な溜め息を吐いた。
出題されるクイズの傾向と対策は完璧だったのに、早押しで負けた気分だった。文字通りタッチの差で敗れた三人は項垂れる。
「チクショウ、三度目の正直って言うじゃねえか。変な難易度出してんじゃねえよ」
「二度あることは三度あるとも言いますよ」
「こればっかりは拙者達の反射神経の問題ですからなぁ」
哀れ、渦の餌食となったシャトーは部屋にスマホだけ残して消え去った。
そのスマホを拾い上げ、詞葉は改めて部屋を見渡す。
土浦のオタク仲間なだけあって、素晴らしいコレクションだ。壁に設置されたガラスケースには、飛行機の模型が綺麗に並んでいる。ここだけ見ると模型の販売店みたいだ。
ポスターやカレンダーの写真から察するに、シャトーは飛行機玩具マニアらしい。
「そこに並んでいる内の半分は、シャトー殿が木や粘土で手作りした模型ですぞ」
「本職になれるクオリティ!」
土浦もシャトーも趣味の範囲を越えている。三つ子の魂百までとはよく言ったものだ。
「どうやら今回も、シャトー以外に何か巻き込まれたらしいな」
茨目が目線で指した先に、不自然な空白があった。等間隔に貼ってある飛行機のポスターが、一枚分消えていた。
「な、なんたる一大事! ここに飾られていたのはシャトー殿の最推し、ライトフライヤー号のポスターですぞ!」
「それ、ライト兄弟が世界初の有人飛行を成功させた機体じゃないか?」
「ポスターと入れ替わった物はこれですかね」
詞葉が部屋の隅に転がっていた物を拾う。
SLの車体が刻印された小さい銅板。よくテーマパークのお土産とかで売ってるやつだ。
それを見て、詞葉はふと思い出し笑ってしまった。茨目が訝しげに眉をひそめる。
「どうした?」
「いや、異世界召喚の技術は近未来なのに、交換されて来た物はちょっと古いんだなって」
紙幣の代わりが金貨で、フルートの代わりに竹のパンフルートだったからと。
そう言った途端、高学歴オタクと探偵は目を見開き、それだ! と叫んだ。
「さすが茨目殿が選んだ助手ですぞ」
「選んではないがナイスだ紡木君」
「え、何がですか?」
訳が分からず困惑する詞葉から、銅板を受け取り説明する。
「あの召喚のシステム、等価交換だけじゃない、材質も条件に組まれてたんだ」
ツカグチの一件で、あの異世界では金がアホみたいに取れるのかもしれないと、茨目は推測していた。逆に紙の原料となる木材は、こちらと比べ高価なのでは、とも言った。
「つまり、等価交換でバランスを取ると同時に、不足した部分を補うように交換しているということですな!」
「ああ。そしてこっちでは、飛行機のポスターが消えて、鉄道が描かれた銅板が来た」
ならば、木製手作り飛行機オタクと入れ替わった異世界人は。
「鉄道模型好きの鉄オタしかいねえだろ」
* * *
隣町との境に、小さな美術館がある。入口の掲示板によると現在、『鉄道の歴史』というテーマの展示を期間限定で行っていた。
古今東西、様々な鉄道の風景写真や列車の模型が飾られた空間。ガラスケースを食い入るように見つめる背中を、ポンポンと叩く。
「ハロー、異世界のオタク君」
「!?」
相手が振り返るより早く挨拶すれば、余程衝撃的だったのか、男は慌てて逃げようとした。
すぐに足が縺れて転びそうになった。
「準備運動もせず急に走るのは危険ですぞ!」
「あ、え、どうも……すみません……」
土浦のふくよかな腕が、転ばないように男を支えた。顔を上げた異世界人は、何とも気弱そうな男だった。
肩から下げた一眼レフカメラにリュック、ネルシャツとズボン、スニーカーという動きやすさ重視の服装は、鉄道オタクのイメージ通りだ。
突然現れた茨目達に心底驚き、怯えているはずなのに、土浦に対して一礼する辺り、礼儀正しい人物だった。
少なくとも、クズな塚原とは違う。
「え、っと、その……なんで僕が異世界人だと?」
おずおずと質問する異世界人は、土浦曰くシャトーにそっくりらしい。
「だってこの展示来てる客、お前だけだから」
「リュックに、銅板と同じデザインのピンバッチがたくさん付いてますからなぁ」
「これ落としましたよね?」
「そ、それはっ、鉄道博物館100周年記念メダル!! 無くしたと思って絶望していたんです! 戻って来てくれてありがとう!!」
先程までの弱々しい態度はそれが原因だったのか。グッズを手に異世界の鉄オタが狂喜乱舞する。そして何度も頭を下げてお礼を言った。
あのリュックや一眼レフは、等価交換の法則があっても絶対手放したくなかったようで。全部オタク活動で得た宝だと涙していた。詞葉と茨目にはちょっと着いて行けないテンションだった。
「まあ喜んでもらえて何より……って違う! 危うく話が脱線するところだった!」
「鉄道だけに?」
「違う!」
そんな詞葉と茨目を他所に、同じオタク同士だからか、似た空気を感じ取ったのか。既に土浦と異世界人は意気投合していた。
異世界人はシャドと名乗った。やはりシャトーと近いハンドルネームだった。
シャドの世界はツカグチが住む世界と同じ。あの金貨が普通に流通する、黄金の国ジパングだ。
そして鉱石や化石が大量に採掘され、台頭する世界だった。
交通手段は列車や船が主流。石炭を使う蒸気機関とディーゼルは、未だ現役。自動車や飛行機の発展が少し遅い。
その代わり、様々な列車が毎年新しく作られている。現代の日本では少なくなった寝台列車や食堂車が、向こうにはたくさんあると知り、これには茨目と詞葉のテンションも上がった。
やはり人生で一度は、寝台列車で旅をしてみたい。
シャドは世界中の鉄道を知り尽くしており、最早博士と呼べる領域に達しているという。
聞けばシャトーも、飛行機好きのオタク界隈では有名人らしい。
異世界の鉄道にシャドが興味を持つのは、自然なことだった。
「ちなみに、そっちの世界の飛行機ってどういうのがあります?」
「オートジャイロを自慢する芸能人がいましたよ」
「おい、某大泥棒の古城でしか聞いたことないやつだぞ」
「案外シャトーさんも今頃、向こうで狂喜してるかもしれませんね」
ヤバい、このオタク達一日で帰ってくれるだろうか。
そんな探偵達の不安と心配を察したのか、シャドは慌てて首を振った。
「僕は異世界に残りたいとは思いません。オタク活動は、節度と礼儀と敬意を持って行うべしと決めています。一日だけで良いんです。たった一日だけ、神々が創造された異界の芸術を見てみたいんです」
鉄道を芸術と称する辺り、相当推(崇拝)しているらしい。
三人は思案する。一日で元に戻る上、入れ替わった人の安全性も保証されていると、前例が示している。シャドの口振りからしてもそうだろう。
それなら……まあいいか。
なんて考えてしまうくらいには、詞葉達もオタクの熱意に感化されていた。
とりあえず、日本の技術結晶、新幹線を見せた。
「な、な、なんて美しい……! 近未来的な流線型のフォルム、シンプルながらも陶器のように白く滑らかな車体、デザインの全てが国宝級だ!! いっそ登録させてくれ!!」
これ見せとけば間違いないだろうと思ったら、予想以上の食い付きに少しビビった。
SLが主流と聞いた通り、電車自体が未だ少数、新幹線はそもそも存在しない。
シャドにとっては未知の乗り物という訳だ。
「異世界観測するより、新幹線を発明する方がまだ簡単だと思うんですけど……」
「随分と局所的に科学技術が発展したみたいだな」
苦笑する茨目達の声は聞こえないようだ。
感動のあまり咽び泣く鉄オタは、異世界召喚における何らかの規約違反になるのか、写真を撮りたい欲をグッと堪えている。相当悔しいのか、産まれたての小鹿のように震えていた。
どうせなら新幹線に乗ってみようと提案する。
土浦の奢りで乗車券と駅弁を購入。日帰り出来る距離だけ、新幹線で移動することになった。横一列、二人掛けの座席に茨目と詞葉、土浦とシャドが座る。
「凄い、凄すぎる! 発車する時も走行中もなんて静か! 車内も清潔で、テーブルや座席も機能的です!(小声)」
声のボリュームは最小限、テンションは急上昇。シャドは終始、子供のようにはしゃいでいた。
お弁当を食べながら、高速で流れる景色を眺める。料理の味はこっちと変わらないと、シャドは嬉しそうに卵焼きを口に運んだ。
どうやら異世界でも、日本料理や箸の文化は廃れていないようだと、詞葉は安心していた。
分岐したIFの世界だけど、ちゃんと繋がっている。
それにしても、と詞葉は隣に座る茨目を見る。遠出なんて修学旅行以来だと、シャドの次に楽しそうだ。
異世界人を探しに来たはずが、詞葉も普通に旅行気分を味わっている。
良いのか? これで。でも、旅は道連れ世は情けって言うしな。意味が違う気がするけど。
本日二回目の「まあ良いか」で済ませた詞葉は、スマホを取り出し旅の思い出を撮影する。
画面に収まった海の景色と茨目を保存して、詞葉は弁当の蓋を開けた。




