1話ー⑤
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異世界の男はツカグチと言うらしい。奇しくも塚原と似た名前だった。
そして茨目の推理通り、ツカグチの世界ではパラレルワールドの存在を証明、観測に成功していた。
ただし物体の移動実験は、多少なりとも両世界へ影響を及ぼす危険があるため、公式に許可されていない。
観測自体が半分タブー扱いされる中、学者達は慎重に研究を続けていた。
そういうグレーゾーンに目を付け、金儲けに利用する悪党は、パラレルワールドだろうが異世界だろうが何処にでもいる。
独自開発した装置で、自由に望みの異世界へ行けると連中は嘯く。『新たな人生を提供します』だなんて、随分チープな謳い文句だ。
しかし人々の目には魅力的に映ったのか。悪徳商法に騙される若者は多く、ツカグチもその一人だった。
聞けば異世界で暮らしていくノウハウは、その悪徳商人から伝授されたらしい。
ツカグチは、色んな意味でメソメソと泣いていた。
見知らぬ世界で謎の男に追い詰められ、怪力娘に捕縛された恐怖も要因の一つだが、純粋に詐欺に遭ったショックが大きいようで。
「オレが熱望したのはファンタジー世界ダ。大金ヲ払ったのに裏切られタ!」と終始憤っていた。
異世界の移動は違法だと知っているから、被害者側も訴えることが出来ない。阿漕な商売だが自業自得だ。
「ところでその違法召喚だけど、まさか片道切符だったりしないでしょうね?」
「そんな危ないものなら、異世界側の警察がとっくに気づいて止めるはずだから、多分大丈夫だろ」
「ああ、その通りダ。帰リのトビラが開く時間と場所ハ決まっている」
「ヨッシャ!」
それを聞いた詞葉と茨目は、互いにガッツポーズした。
安全性が保証されているなら不幸中の幸いと言える。いや、犯罪には変わりないけど。
とにかく詐欺師連中を捕まえ、異世界を行き来する方法が明らかにする。塚原を取り返し、あわよくば紡木兄の所在も分かればもっと嬉しい。
だが結果として、戻ってきたのは塚原だけだった。
ツカグチの言う通り、渦は指定の場所、兄達が暮らすアパート二階の角部屋に再び現れた。
ツカグチが渦に入った直後、入れ替わるように塚原も帰還。気絶しているが五体満足、無傷と分かり安堵する。
そんな二人を嘲笑うかのように、異世界への扉は僅か三秒でサヨナラバイバイした。
「いや待てやツカグチ!!」
慌てて手を伸ばすが届かず。
茨目達に何の了承も弁明もせず、渦は役目を終えた途端、透明に霧散し消えてしまう。再び味わう空振りという絶望に、茨目は崩れ落ちた。
流石は違法の交通手段。証拠隠滅のつもりか、逃げ足が早い。数分待ってくれてもいいじゃないか。何と無情で容赦ない扉だろう。
けれどツカグチは、ちゃんと義理を果たしてくれたようだ。
扉が閉まる瞬間。項垂れる茨目の頭上から、一枚のメモ用紙がヒラリと舞い降りる。
渦へと戻る際に、ツカグチがわざとメモを落とす様子を、詞葉は目撃していた。
詞葉は、ふと思う。
茨目の持論を踏まえ考えるなら、異世界の召喚技術や情報を教えるのも、世界のバランスとやらに影響を与えかねない行為ではないのか。
それでもツカグチは、危険を承知の上でメモを残した。多分、自分と同じように騙され、こっちの世界に来る被害者を、茨目に助けてもらうために。
それだけ茨目の探偵としての能力を買ってくれたのか。
「……いや、単純に面倒を押し付けられただけな気もする」
詞葉はメモ用紙を拾い上げ苦笑する。
情報の等価交換として選ばれたのは、兄のゲームソフトだった。
* * *
「紆余曲折あったが、この情報自体は値千金だな。ツカハラに感謝しよう。塚口も帰って来たし」
「茨目さん逆、逆です。塚原とツカグチです」
冷静にツッコミを入れながら、詞葉はお茶を淹れた湯呑みを茨目のデスクに運んだ。
渦が閉じた後、二人は念のため救急車に塚原を押し込み、病院へ連行した。逃げ場の無い病室で、異世界のことや未払いの依頼料について話を聞くために。
ところが塚原の頭から、渦や異世界に関する記憶は全て欠落していた。
召喚の副作用なのか、異世界人に抹消されたのか。どちらにせよ手掛かりは得られなかった。
「お金は必ず返します!」と土下座する塚原から言質と書状を取り、改めて調査の方針を決めるため、茨目達は一旦探偵事務所に戻った。
残る手掛かりは、ツカグチが記したメモのみ。
同じ日本語だ。走り書きされた字の汚さを無視すれば、解読はさほど難しくはない。
果たしてメモの中身は、ツカグチを騙した悪党業者が、今後行う異世界召喚の日程表だった。
「ツカグチの話じゃあ、向こうの季節や時間の周期はこっちと一緒らしい。メモの日程通りなら、次の出現ポイントに先回り出来る」
「そして悪徳業者を渦から引き摺り出し、兄の居場所を尋問する作戦ですね!」
「紡木君って、ちょいちょい発想が物騒だよね」
けれど理にかなっている。ただでさえ相手は常識外れな異世界。姿を捉えるには、こちらから攻めるしかない。もう後手に回るのは御免だ。
「今まで以上に時間は掛かるし、慎重に計画を練る必要ある。だが、」
「絶対に見つけ出す、でしょ?」
「その通り」
茨目の台詞を言い当てて、詞葉はニコッと笑った。釣られて探偵も微笑み、湯飲みに口をつけた。
「……ところで君、何でしれっと事務所に入り浸ってんの?」
メモを解読した日から、もう三日連続。
あとは探偵に任せてくれと言ったはずなのに、依頼人の少女は放課後必ず事務所を訪れた。いつの間にか茶葉や湯飲みの場所まで把握している。
「だって、調査の進展とか把握しておきたいですから」
「進捗ならメールなり電話なりするさ。学生はもっと放課後をエンジョイしなさい」
「そんなこと言って、茨目さんまで異世界に拐われたら困るし」
「そんなヘマするか。探偵は隠密調査が基本なんだ。空気の薄さには自信がある。自動ドアだって俺の存在に気付かない」
「そんな悲しい自慢はいらないんですよ。それよりも!」
詞葉は、ゴミ袋と掃除機を持ってふんぞり返る。
「あんなに頑張って片付けたのに、二日で元に戻すのは精神衛生上やめてほしいので」
「…………」
散らかったカップ麺と雑誌の再来に、詞葉は何度も頭を抱えた。
掃除の際に口酸っぱく注意した効果か、応接間は無事だった。代わりに台所が酷い。
リピーターが少ない最大の原因は、茨目の自堕落にある。これは推理じゃない、女の勘だ。
とにかく、事務所を訪れる度にゴミとご対面は勘弁してほしい。詞葉が会いたいのは無機物ではなく、兄と清潔な部屋なのだ。
「だから決めました。兄貴を見つけるまでの間、私が掃除のお手伝い兼助手をやります!」
そう言って詞葉は、珈琲の空き缶を片手で握り潰した。
探偵の明晰な頭脳が、瞬時に最適解を弾き出す。ちなみに顔は真っ青だった。
「……どうぞ、よろしくお願いいたします」
異世界を推理する探偵と、その助手の奇妙な人探しは、こうして始まったのである。
次回の更新:最短で明後日、遅くとも2週間後を予定。
あくまでも予定です、進捗次第。
頑張ります。何卒よろしくお願いいたします。




