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3話-②

誤字脱字ありましたら申し訳ありません。

誤字修正します。

 2


 依頼者であり猫のミーちゃんの飼い主、風間結希(かざま ゆき)のアパートを訪れた二人は、恐る恐る呼び鈴を鳴らした。

 途端、物凄い勢いで扉が開き、黒い物体が突進してきた。

 慌てて避けた茨目の腕から、猫又が飛び降りる。

 黒い物体、即ち黒いマントを羽織った異世界人は、猫を思い切り抱き締めた。何十年越しの再会を遂げたような顔だった。


「モチ! 良かった、無事だったのね! まさかこんなところで会えるなんて!」

「異世界にもお餅ってあるんだ……」

「ケガはない? そこの野蛮な異世界人に丸焼きにされなかった?」

「誰が野蛮だコラ」

「お餅の丸焼き……」


 空気を読まないお腹がグゥと鳴り、詞葉は慌てて自分の腹を押さえた。茨目の呆れた視線を感じて、咳払いする。

 一方、異世界人は詞葉達の声など聞こえていないらしい。

 完全に猫又と二人だけの世界だ。異世界だけに。


「猫又の方は若干嫌がってるけどな」

「思い切り爪立ててますよ……」


 喜ぶ飼い主と、前足で主の顔を押し退ける猫又との温度差が、何とも不憫だ。

 爪+肉球のダブルパンチは飴と鞭で、大した障壁ではないのか。寧ろご褒美なのか。異世界人は幸せそうに笑っている。


「ご心配なく! アタシの世界では、飼い主と書いて下僕と読みますから!」

「安心しろ。こっちも似たり寄ったりだ」


 風間含め世の猫好き達は、皆等しく御大(お猫様)に魂を売り渡している。

 生活が全て猫基準になるのだから当然だ。

 猫は可愛い、尊い。

 周知の事実であり不変の真実。

 マジな顔で語る飼い主を、茨目は何人も見てきた。

 気を取り直し、詞葉は改めて声をかける。


「えっと、貴方は異世界人ですよね? 一体どうやって……」

「そうだ、悪いけど問答に付き合っている暇は無い! アタシは気ままな風来坊、ロマンを追い求める探求者。ってことで、さらば!」


 綺麗なウィンクと共に、颯爽と立ち去ろうとする異世界人。茨目は詞葉に目配せして、指を鳴らした。


「……紡木君、やっておしまい(意味:捕まえて)」

「イエス、ボス」


 詞葉の類い稀なる握力が炸裂した。


「イダダダダ!! ギブギブ、降参です! 話しますので離してください! アタシの二の腕が螺旋階段になっちゃいますって!!」



  *   *   *



 見事ゲットした異世界人を、探偵事務所まで連行する。

 詞葉の物理攻撃が効いたのか。それこそ借りてきた猫のように、大人しく正座している。


「ええ、旦那方の言う通りっす。アタシはフウマ。旦那達から見れば異世界から、はるばるやって来ました」


 何なら口調まで変わっている。恐怖云々というより、元々こっちが素なのだろう。飼い猫又が相手だと、喋り方が丁寧になるようだ。


「フウマ……風間の読みを変えただけだな」

「顔も似ていますね」


 年齢は20代前半くらいか。どこにでもいる普通の女性に見えるが、例の如く異世界人だと名乗った。

 異世界召喚における等価交換の法則から、恐らくフウマ=風間結希だろう。


「さっき俺の電話に出たのも貴方だろ、フウマさん」

「はい。先程は失礼しました」


 渦が開いた場所は風間家のリビング。机に放置されたスマホの着信音に気付き、間違って画面を開いてしまったという。


「いやはや、不思議な形の電話っすね。アタシの住む世界には無いので驚きました」

「電話自体はあるんだな」

「そちらの世界には猫又がいないようで、ショックです。あの二本の尻尾がチャーミングなのに……」


 スマホは無いが、猫又はいる。

 どうやらフウマは、かなり特殊な世界に住んでいるらしい。彼女の格好も、今まで見てきた異世界人とは明らかに違う。


 フード付きの黒いマントと、同じ色のズボン。クリーム色っぽい麻のような生地の服。革製品っぽいリュックや手袋、ブーツ。

 目や髪は黒く、顔も日本人の風間と似ているが、格好はコスプレっぽい。


 ファンタジーの冒険者、百歩譲って登山家か。リュックからはみ出たピッケルやロープなど、年季が入っている。

 どう見ても現代的ではない。

 何より、腰のベルトに差した短剣と思われる物品は、限りなくアウト寄りのアウトだ。


「一応お聞きしますが、模造刀ですか?」

「何を言いますか! これは祖父から受け継いだ由緒ある名剣っす!」

「銃刀法ーー!」


 二人は項垂れた。

 現代社会ではまずお目にかかれない貴重な武器だが、せめて博物館とかで見たかった。


「中世でもあるまいし、短剣って……」

「異世界の日本って、そんなに物騒なんですか?」

「いえいえ、あくまでもサバイバルや護身用っす! これでもアタシ、探索者なもんで」

「探索者?」

「はい。ダンジョンや古代遺跡を調査する仕事っす」

「とうとうダンジョンまで出て来たか」

「完全にファンタジーの領域ですね」


 聞いたところ、イメージとしてはトレジャーハンターや考古学の発掘隊に近い。

 政府公認の探索者が、個人または団体で各地を調査している。

 魔法や超能力の類いは無い。中世の雰囲気や文化を残しつつ、生態系と科学技術が別方向に進化した世界。


 ところが近年、異世界に繋がる次元の渦が観測されたという。


「遺跡や古代文明の中には、異世界から伝わったと思われる未知の物品や、建造物がありまして。起源を調査するのがアタシの仕事っす」

「その仕事に飼い猫を連れて来ていいのか?」

「とんでもない! 危険な現場にうちの天使を連れて来るなど、言語道断!!」


 大声の即答だった。フウマは愛しのにゃんこ(天使)に頬擦りする。強烈な猫パンチが頬に炸裂したが、寧ろおかわりを要望していた。

 茨目と詞葉は若干引いた。


「とにかく、仕事の時はお留守番してもらって、絶対に外に出さないっす! なのに今回は預け先から逃げて来ちゃったみたいで……」

「預け先?」

「いつも姉にモチを預けるんです。だけど脱走して、しかも『次元の隙間』に落ちたと、異世界へ到着する直前に連絡が……」

「待て待て待て待て! ここに来て新情報が多い!」


 渦の溝って何だ。まず異世界と連絡繋がるのか。

 色々聞きたいことはあるが、ひとまずお茶を淹れて一息ついた。


 まずは連絡方法についてだ。


「基本的には不可能です。電波や信号が届きませんから。でも、アタシと同じように渦を通って、人伝に手紙を渡すことは出来ます」


 一日滞在するのと違い、異世界を一瞬行き来するだけなら影響も少ない。

 主な連絡手段は伝書鳩や、届ける相手の匂いを辿れる犬で、今回は前者。等価交換として、こちらの世界に棲む野生の鳩が召喚された。


「そしてアタシがいる異世界は、ここから世界三つ分離れたところにあります」


 フウマは一枚の紙をテーブルに広げた。それを見た瞬間ハッとなり、茨目が身を乗り出す。


「まさか……異世界の地図か!?」


 横並びに書かれた名前同士が、線で結ばれている。各駅停車の路線図のように、隣り合った世界の名称を見下ろす。


  |

 硝子の世界

  |

 フウマの世界

  |

 錬金の世界

  |

 緑地の世界

  |

 金鉱の世界

  |


 一部抜粋だが、上記のように文字が連なっている。

 そして線を辿っていくと、フウマの世界から三つ離れたところ。『金鉱』の下に『神政の世界』と記載があった。


「神政……。俺達のいる世界のことか?」

「この世界は、神様と呼ばれる存在が治めているんでしょう? こちらに伝わってきた文献や遺跡の壁画にも、神について色んな記述がありました」


 確かに、日本は八百万の神が。世界各地にも多くの神話や宗教が存在する。それがどうやら神=王様と解釈されたらしい。

 異世界での神様に対する信仰や、宗教の有無は不明だ。聞いてもややこしくなるので保留とする。

 とにかくフウマは、その文献の記録に興味を持ち異世界に来たという。


「いやはや長旅でしたよ。経由地を三つ通らないといけないので。多分20日くらいは経ってると思います」

「約一ヶ月……」


 茨目は暫し考える。

 異世界召喚は、同じ価値を持つ物を交換する要領で、生物や無機物を移動させる仕組みだ。

 しかし移動にそれだけの時間が必要なら。

 同じく異世界に召喚された紡木兄。彼の等価交換の相手が、未だに現れない理由も説明がつく。


 と同時に、こっちで一ヶ月行方不明になっている人物がいれば、それがフウマの交換相手だ。

 普通に考えれば依頼者の風間結希が該当する。だが彼女は、数日前に会ったばかりだ。召喚されたのは風間ではない。

 ならば一体誰だ。


 その時、茨目のスマホから着信音が聞こえた。

 風間結希の実家からである。


 探偵事務所に帰る前、茨目は念のため依頼人の実家に電話していた。

 一人暮らし中の風間は、長期間外出する際は必ず実家にミーちゃんを預ける。

 だから猫探しのポスターにも、実家の番号が載っていた。

 もし実家がある地区でミーちゃんを発見したら、すぐ連絡して保護出来るように。


 それが功を奏したようで、折り返しの電話がかかってきた。

 結論から言うと、風間結希は無事だった。

 どうやら出勤する時、鞄にスマホを入れ忘れたらしい。

 ちなみに今日は土曜日である。会社の労働環境は不明だが、スマホを忘れるほど急いで出勤する辺り、お察しである。


「となると、フウマの等価交換の相手は?」


 これも家族から事情を聞き、すぐに判明した。

 風間結希の姉が、物凄いマイペースな風来坊だった。フリーの写真家で、海外旅行や山籠りは日常茶飯事。半年連絡が取れないのも普通と、野良猫みたいな姉だった。

 仕事や収入はどうしているのか、是非とも知りたいが、今それは重要じゃない。


「間違いなく、姉が召喚されてるな」


 丁度、約一ヶ月前に妹のアパートに来て、猫を撫でた後いつの間にか消えたらしい。

 姉はいつも挨拶せず帰るから、気にも留めてなかったと妹は語る。余計な混乱を避けるため、行方不明であることは伝えなかった。


「あの、旦那方はどうして異世界について調査を?」


 通話を終えた茨目に、フウマは今更ながら質問した。


「俺は探偵……あー、探偵って知ってるか? 人や動物を探したり調査する仕事だ。行方不明者を探している最中、異世界の存在を偶然知ったんだよ」

「だから私達、情報を集めているんです」

「でも口振りから察するに、旦那方は異世界に移動する手段を持っていないようですが」

「だから色々と調査中だ。召喚の方法を教えてもらえると助かるんだが……」

「アタシも政府所有の移動装置で来たので、仕組みは知らないっす」

「やっぱり……」


 いつも肝心な部分だけが分からない。

 設定考えてないんじゃないか?


 溜め息を吐くが、不明なものは仕方ない。

 一旦思考を切り替える。


「……それで? さっき言ってた『次元の隙間』ってのは何だ」

「人工的に作る異世界への扉とは違う、自然発生する渦のことです」

「あれ自然発生するのか!?」


 異世界召喚は人為的なもの。それは間違っていない。

 希望する異世界へ人間が移動するためには、専用の装置を使い、扉を開く必要がある。


 だがごく稀に、僅かな亀裂や穴が、次元の壁に空くことがある。文字通り次元の隙間だ。


 開いても一瞬で閉じる小さな渦だが、あくまで次元に開いた割れ目。人工的に作った異世界召喚と違って、行き帰りの機能がない。

 発生する場所も時間もランダムで、予測が難しい。

 運悪く落ちてしまった物は、基本的には隣の世界に迷い込む。タイミングが悪いと、自然発生した別の渦に落ちて、さらに遠い世界へ飛ばされることも。


「まあ隙間自体は凄く小さいから、人が落ちることは殆ど無いっす」


 しかし小さな渦でも、子供や赤ん坊なら誤って落ちる可能性はあるだろう。

 実際、猫又のモチが次元の隙間に落ちて、ここまで流れ着いた。


「モチのように迷い込んだ一部が、神隠しやUMAって呼ばれるのかもな」


 推測が正しければ、オカルト史がひっくり返るような事実である。


「近々、隙間から落ちたものを探す専門の機関が出来るそうです」

「異世界のレスキュー隊って奴か」


 是非ともモチと入れ替わったミーちゃんを探してもらいたい。

 何度目かの溜め息を吐く探偵に、フウマは慌てて「大丈夫」と答えた。


「自然発生した渦でも、等価交換の法則は働いてますから!」


 次元の隙間に落ちたものは、なかなか帰って来れない。渦がいつ発生するか、交換した両者共に分からないから。

 渦が見つからず、永遠に異世界を彷徨うことになる。


 その問題は、フウマがモチを連れて予定通り帰れば解決する。

 異世界召喚と自然発生した渦との違いは、行き来する日時や場所を、自由に選択出来るか否かだ。

 要はモチが異世界を移動すれば、ミーちゃんも移動する。


「もちろん長居はしないっす。明日一日だけでも、アタシは遺跡を調査したい。ご迷惑はおかけしません!」

「とはいっても、一人でフラフラ歩かせる訳にはいかないんだよ」


 とはいえ茨目にも予定がある。明日、フウマとは別の異世界人が来てしまうのだ。


 そもそも、フウマの来訪は全くの想定外だった。

 今まで茨目達は、最初に出会った異世界人ツカグチから貰った、召喚の予定表を見ながら作戦を立てていた。


 ところが今回は違う。

 別の異世界から同時期に訪れた二人を、見張らないといけない。とはいえ、フウマと異世界人を同じ場所に拘束するのも躊躇われる。

 どんな影響や法則が働くか分からないため、なるべく異世界同士の接触は避けたい。


 イレギュラーな状況に茨目が頭を抱えていると、詞葉が手を挙げた。


「茨目さん、ここは助手の私に任せてください!」

「おお! 頼もしいお弟子さんっすね!」

「いや弟子でも助手でもないって」

「「違うんですか!?」」

「何で紡木君も驚いてんだよ」


 ブーイングが聞こえるが、茨目は耳を塞いで無視した。


「お願いします! 頑張って役に立ちますから!」

「もう十分役に立ってるし、助かってるよ。でも君を助手と呼ぶ訳にはいかないんだ」

「そ、そんなに頼りないですか……?」

「ただでさえ給料も払えないのに。色んな条例や法律に触れそうだから、あまり公に助手って言わないでくれ」

「割りと切実な理由だった」


 しかし実際、助けを借りないと仕事が回らない。

 フウマは明日まで帰る気が無いし。約一ヶ月かけて移動した彼女に、「今すぐ帰れ」なんて酷なこと、さすがに言えない。


「……何かあればすぐに連絡しなさい」

「勿論です。任せてください!」


 長い葛藤と熟考を経て。

 茨目は、フウマの見張りと異世界の案内を詞葉に任せたのだった。


 猫又のモチだけが、ニャ~とマイペースに鳴いていた。


次回の更新:遅くとも2週間後

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