灰中隊副隊長アッシュ・グレイの観察録4
……ふたりして、隊舎の作戦室を長時間占拠しているのを見て、まあ、まさかと思ったが――
案の定、始まっていた。“戦術盤戦”という名の、軍務を装ったいちゃつきである。
正確には、“戦術演習”という名目で、リエラ参謀とレオン中隊長が作戦シミュレーションを行っていた。
本来ならば演習室の記録義務があるのだが、あの二人の“例外処理”はもはやお家芸である。
※なお、傍受記録はこの通り正規に取得されている(※私が勝手にやったとは書かれていない)。
【観察1:開始前の口火】
レオン:「悪いな。急に時間もらって」
リエラ:「いいのよ。今夜は暇だったし。どうせ――誰かさんが“勝てたら考える”って返事を都合よく解釈してたんでしょう?」
……こほん。
この段階で既に言外の“圧”がひしひしと出ている。
なお、後で聞いたが、レオン中隊長は“考える”の意味を「イエス寄りの保留」と判断していたらしい。楽天家にも程がある。
【観察2:盤上の攻防】
初手は、レオン隊長の“機動遮断陣形”。
これに対してリエラ参謀は、“補給線狙撃”の布陣を素早く展開。
相変わらず、あの女狐……いや、悪女は“急所”を見抜くのが早い。
レオン:「あ、ちょっとそれ、補給車を狙うのは非人道的じゃ――」
リエラ:「戦争に人道を持ち込むなら、まず私に口説き文句を言うべきね」
レオン:「え、それはつまり――」
リエラ:「言わせないで。指揮官なら盤に集中なさい」
……もはや戦術盤ではない。求愛と照れ隠しの応酬である。
【観察3:戦術的敗北と関係的勝利】
終盤、レオン隊長は“歩兵左翼部隊の囮突撃”により、リエラ参謀の中央を一時突破した。
だが、リエラはすかさず“機動魔術師隊”を投入、補給拠点を奪還。最終的にはリエラ参謀の僅差勝利に終わった。
レオン:「……やっぱ、勝てなかったか」
リエラ:「まあ当然よ。私が盤上で負けるのは、そう簡単じゃないわ」
レオン:「でも、楽しかった。お前とこうして、正面からぶつかるの」
リエラ:「……ふふ。そう、なら良かったわ」
※このあたりから、リエラ参謀の声が半トーン柔らかくなっていた。
※ちなみに頬も赤かった。火照っていた可能性:中程度
【観察4:戦術盤のあと】
レオン:「で、ここまで僅差になったんだ。そろそろ本当に考えてくれてもいいんじゃないか?」
リエラ:「ああ……そんなことも、言ったわね」
(沈黙)
リエラ:「――それじゃあ、そろそろ考えましょうか。“戦術”以外の未来についても」
なんだこの人たちは。
いや、“おめでとう”だ。ほんとに。心から。
【補足所感】
リエラ参謀の戦術盤戦での戦い方は、常に“情報を操る側”に立っていた。
しかし今回は、“情報を共有する側”にシフトしていた。
つまり、あの戦術盤はただの勝負ではなく、信頼を前提にした“共犯者の訓練”だったのだろう。
レオン中隊長は、その信頼に応えて見せた。
盤面では負けたが、リエラの心の“内側”へは踏み込めたように見えた。
……俺にはあんな勝ち方はできない。だが、彼女のそばに立つ資格がある男は、ようやくそれを得たのだと思う。
【記録終了】
※この記録は極秘扱いとする。本人たちに見せると恥ずか死ぬ可能性が高いため。
【記録終了後】
リエラはしばらく黙っていた。
そして、盤の隅に転がったままだった歩兵の駒を拾い、ふいにレオンの手に押しつけた。
「……この子、今日いちばん頑張ってた。
次は、ちゃんと勝ってもらわないと困るわ。私、勝ち続けるのも疲れるの」
レオンはその駒をじっと見てから、そっと握りしめた。
「わかった。……じゃあ次は、戦術盤じゃなくて、俺の言葉で勝ちにいくよ」
「……ふふ。ずいぶん自信あるのね」
「お前が今日、俺と向き合ってくれたからな」
リエラは、ランタンの光の影に半分顔を隠しながら、かすかに微笑んだ。
ほんの少しだけ、いつもの彼女よりも力の抜けた表情だった。
そして――
「……ああもう。これじゃ私、完敗じゃない」
戦術盤の勝敗は彼女が制したはずなのに、
今のその一言だけで、どちらが本当に勝ったかは、きっと明らかだった。
俺は背を壁に預けながら、ため息をついた。
「……まったく、夜更かしして損したな。いいもん見せてもらった代わりに、明日の眠気が地獄だ」
でも大丈夫。きっと明日の隊長はご機嫌だろうから。




