灰中隊副隊長アッシュ・グレイの観察録2
こほん。
まず最初に断っておくが、俺は別に誰かの色恋沙汰に首を突っ込む趣味はない。
任務には忠実、感情には鈍感、影には徹する。それが俺だ。灰中隊の影法師、副隊長アッシュ・グレイ。地味で控えめ、目立たぬこと山のごとし。それが俺だ。
……だったはずなんだけど。
最近、うちの隊長と参謀さんが、ちょっとおかしい。
いや、なにかこう、こう……空気が違うんだよな。
目に見えてじゃない。目線も声色もほとんど変わっちゃいないのに、妙に呼吸が合ってる。しかもそれが、計ったように自然で、なんか……こう……なんだよ、なんなんだよ、アレ!
たとえば先日の作戦会議。
隊長が地図に手を置いたその瞬間、参謀の指がピッタリ横に並んだ。
意図的でも無意識でも、ふつうそんなことあるか?
隊長が「ならここに突撃部隊を」って言いかけた途端、参謀が「囮になります」と被せてきて、しかも両方がまったく驚いてない。まるで台本でもあったかのように会話が進むんだ。
しかも、そのあとだ。
休憩中、俺が水差しを取りに戻って、ふと見ちまったんだよ。
夜営地の焚き火の横、二人で肩を並べて地図を見てる姿をな。
何か話してるわけじゃない。ただ、沈黙の中で小さくうなずき合ってる。
そのときの隊長の顔、見ちまったんだ。
あの厳格で朴念仁で、感情なんか脳みその保管庫に置き忘れてきたようなレオン・アークライトが──
ちょっとだけ、笑ってたんだよ。
……柔らかく。安心したように。
やばくないかこれ?
いや別にやばくはないんだけど、ちょっとやばくないか?
こっちが敵陣の塹壕に這い寄って情報抜いて、泥だらけになって戻ったら、隊長が「どうだった?」って聞いて、参謀が「この戦力差、隊長なら覆せますよ」ってニヤッと笑って、それを見た隊長が……何て言ったと思う?
「……無茶を言う」って顔をしかめながら、そのまま命令したんだよ。
「全中隊に伝達。作戦を開始する」と。
いや、俺は知ってる。
あの時点で、成功率は四割以下だった。
隊長なら絶対その数字が頭にあった。普通ならやらねえ。けど、やった。……何が彼をそこまで動かしたのかって?
多分──
あの女の“予感”を信じたってことなんだろうな。
あーあーあー、こりゃもう、なんというか、
バディを超えてるよね!?
同じ地図を見て、同じ未来を見て、同じ嘘をついて、同じ現実を操るって──
ちょっとエモいんですけど!!!!!!!
……まあいいさ。
俺の役目は裏で支えることだ。
一歩引いたところで、誰よりも戦況を読んで、誰よりも部隊を生きて返す。それが副隊長の務め。
でもね──
帰還後、レポート書きながらふと考えた。
あの二人、次にどっちかが死地に向かったら、もう片方はどんな顔をするんだろうって。
……やめとこ、そんなの、縁起でもねぇ。
とりあえず今は、生きて戻ってきた奴らに拍手。
そして何より、戦場で芽生えたらしいこの妙な空気に──
副隊長として、静かに、にやけておこうと思う。