灰中隊副隊長アッシュ・グレイの観察録1
灰中隊副隊長、アッシュ・グレイ。
我ながら、どれだけ灰色なんだとツッコミたくなる名前だ。
しかし名は体を表す。その地味さが功を奏し、俺は隠密行動や諜報活動に重宝されてきた。
誰の記憶にも残らない、それが俺の武器だ。
そんな俺の目から見た、数日前の隊長室での出来事を語ろう。
師団長室から戻ってきたレオン隊長の顔は、普段の仏頂面がさらに悪くなっていた。
隊員たちが遠巻きに見守る中、隊長はデスクに座り、眉間に皺を寄せ、蜂蜜色の髪を何度も搔き上げていた。
「隊長、何かあったんですか?」
俺が声をかけると、レオン隊長は差し出された書状を無言で俺に寄越した。
そこに書かれていたのは、〈参謀リエラ・グランヴェールを貴隊に配属する。以後、共同して任務に当たれ〉という、たった一行の文面だった。
「……リエラ・グランヴェール? あの“黒の災厄”ですか?」
俺は思わず声を上げた。隊員たちがざわつく。
無理もない。「黒の災厄」という異名は、魔術師団の誰もが知る悪名だ。上司を使い潰し、部下を骨の髄までしゃぶり尽くすと言われる悪女。それが、よりにもよってうちの隊に来るというのか。
「……これは、俺たちも使い潰されるってことですか?」
俺の問いに、レオン隊長はブルーグレーの瞳をニヤリと細めた。いつもの仏頂面からは想像もつかない、だが確かに闘志を秘めた笑みだった。
「さあな」
俺たち隊員は、不安九割、好奇心一割でその時を待つしかなかった。
あの“悪女”リエラ・グランヴェールが隊に配属されたその日――
俺は、隊長室の書棚を漁るふりをしながら、ふたりのやりとりを観察していた。堂々と見ていれば角が立つが、物陰からチラ見していればバレない。それが地味の力だ。
だが予想したよりも、ふたりの間には妙な緊張感はなかった。
あの隊長が、自分から皮肉を投げた。「死地へようこそ」なんて。いつもの慎重な隊長からすれば、あれは踏み込んだ一手だったと思う。
それに、リエラ参謀の方も、あっさりとその毒に乗った。
その後の模擬戦で、俺の書棚を漁るふりをする余裕はあっけなく消えた。
参謀は補給線も無視した無謀な戦術を仕掛け、最終的には引き分けた。それも最初から「撤退戦」を想定していたと知った時には、背筋が凍った。
だが――もっと気持ち悪かったのは、隊長の反応だった。まるで敗北の中に何かの種を見つけたような目をしていた。
そしてその種に、水をやろうとしているような。
あのとき、俺は確かに感じたんだ。
あのふたりの関係は、“命令で無理矢理組まされた”って感じじゃない。
リエラ参謀はレオン隊長を見定めている。
レオン隊長はリエラ参謀を利用できるか計算している。
互いの武器を測り、斬り合う気配を探りながら、それでも切っ先を収めることも選択肢に入れている――そんな距離感だった。
それは、まるで熟練のスパイ同士が、最初の晩餐で毒を盛り合いながら、微笑を交わしているような関係。
この先、どう転ぶかは分からない。
さて――
こいつは案外、面白いことになるかもしれないな。
俺の中の不安と好奇心の割合は、この日を境に逆転した。