第9話 地上最強の聖女 vs 銀狼の乙女舞
「……コンデムナティオ。」
無情にもアリアによる処刑が始まる。
海斗にはもはや止める手段がない。
自分をご主人様と慕うアリスとライアが壁となって守ってくれている。戦闘が苦手でも命がけで俺を守ろうとしている。
上空の巨大な十字架の紋章がさらに大きくなる。この圧に耐えるだけで意識が遠のきそうになる。前にいる二人はすでに膝をつき苦しそうにしている。
そうだ、せめて二人だけでも助けてやろう。カードブックを出してメリ―ヌも含め全員回収する。
「何をした?」
アリアにはどう見えただろうか?突如として3人が同時に消えたのだ。カードブックは空中に浮かんだままだ。
あと少し、あと1つでもレベルを上げていたらなら、ジェシカを召喚出来たんだ。ジェシカなら打開できただろうか?
その時ページがパラパラとめくられて行きジェシカのカードが手元に来る。
すぐに分かった、コスト不足の時とは違う感覚がある。そう、コストは100だった、そして今アリス、ライア、メリ―ヌで、合計60のコストが戻った。つまり3人を戻した今、合計160で丁度ジェシカを呼び出せるコストが稼げたのだ!
「サモン……」
声さえも出せないほどの威圧の中、
「ジェシカ―――――!!!!」
俺がガチャチケットを掲げたその瞬間、辺りの景色が突如として歪み始めた。
まるで薄いガラスにヒビが入るように、眼前の木々や地面、そして空がパキン、パキンと音を立てて砕け散っていく。現実の風景が、そのまま万華鏡のように粉々に崩れ落ち、視界から消え去った。
残されたのは、暗闇のようでありながら、果てしなく広がる神秘的な空間。
深淵の闇の中に溶け込むように、息をのむほど美しいオーロラのような光の帯がゆらゆらと揺らめいていた。青、紫、緑、そして黄金色の光が複雑に絡み合い、まるで宇宙の神秘そのものが目の前に現れたようだ。それは、これまで俺が見てきたどんな景色よりも幻想的で、どこか恐ろしいほどの美しさを放っていた。
次の瞬間、俺の手にあるカードから、金色の閃光が弾けるようにして、一頭の小さな狼が飛び出した。 その体はまるで光の粒でできていて、空間を滑るように宙を舞う。見る見るうちにそれは大きさを増し、そのシルエットは闇を切り裂くように、力強い人の形へと変容していく。
身体が虹色に輝き、その光の渦が彼女の肉体と融合するように、白銀色のビスチェとパニエが織り上げられ、ミニスカートが翻る。光の残滓が白いファーとなり襟元を飾り、硬質な革の上着とプロテクターが吸い付くように形作られる。体をくるりと回しブーツが、そして腰元には2本のベルト、更には狼らしい立派な耳の右側に三日月を模したピアスが煌めく。最後に、首元に牙を加工したチョーカーが装着されまるで格闘技のシャドーの様なモーションからのスキが無いポージングだ。
全ての装備が完成した時、そこに立っていたのは、銀の髪が風になびき、金の瞳が月光のように輝く、麗しき狼人族の女戦士だった。その姿は、まさしく戦場に舞い降りた月牙の戦女神。銀狼の乙女舞だった。
その姿は、アリアの目にどう映っただろうか。
ジェシカは、ゆっくりとアリアを見据える。その瞳には、召喚されたばかりとは思えない、静かで、しかしたぎるような闘志が宿っていた。
アリアの処刑宣告から、巨大な十字架の紋章が、まさに今降りかからんという場面だ。
空気が裂ける。
大地が軋み、重力が狂う。
それは、まるで世界が処刑の準備を整えたような錯覚。
この空間では、もはや“生”は許されない。
だが、ジェシカは微動だにしない。
ジェシカは、具現化して迫りくる巨大な十字架の紋章を左手一本で受け止め、
「導きのアルカディアは今示された。」
そのまま左側に力を逃がした。
グゴォォォォォォォォオ!!
横へそれた神罰の力は遥か彼方まで地面をえぐるようにして突き進んだ。鬱蒼とした密林を、片っ端から蹴散らして、地平線が見えるまで一直線に破壊してみせた。
アリアの瞳が、信じられないものを見るかのように見開かれた。
「馬鹿な……」
彼女は初めて表情を変え、後ろに飛びのいた。
「……主に仇なす愚か者には、絶望のレクイエムを奏でてやろう。」
その言葉と同時に、ジェシカの全身からオーラが出る。それは、先程の召喚時の光を遥かに凌ぐ、激しく、そして美しい光だった。
光の中から、銀色の残像が奔る。ジェシカは獲物を狙う獣のように地を蹴り、一瞬でアリアの間合いへ飛び込んだ。
「豪裂爪破」
一閃、銀の残像が走る。
刹那、衝撃が世界を裂いた。
風が悲鳴を上げ、大地が震え、空気が砕ける。
それは、ただの戦闘技ではない。
神話に刻まれる獣の爪撃、豪裂爪破。
次の瞬間、アリアの身体が、信じられないほどの衝撃で吹き飛ばされた。
それは、ただの物理的な衝撃ではない。ジェシカの爪に込められた、月光の神秘が宿る如き銀狼の力、そして、主に仇なす者を決して許さないという、彼女の強い意志そのもの、大地を砕くほどの力で一点を貫く豪撃だ。
アリアは、吹き飛ばされながらも、辛うじて体勢を立て直す。その瞳には、初めて明確な動揺の色が浮かんでいた。
ジェシカは、アリアが飛ばされた方向を静かに見据える。
銀髪を風になびかせ、両手を体にまとわせたポージング。俺に背中を向けて凛々しく佇むジェシカの姿があった。
その姿は、まさに銀狼の乙女舞。
美しく、気高く、そして容赦ない。
戦いの幕が、今、切って落とされた。
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