第8話 地上最強の聖女 アリア・セレスティア
この世界には、“果て”がある。
地上は平面であり、遥か彼方には、世界の終焉たる「最果ての森」が存在する。そこを越えた先には、何もないとされている。
最果ての森は神域とされ、何人も立ち入ることは許されない。
そしてその森の周辺には、もれなく聖教国家が存在する。
中でも、セレスティア聖教国は三大教会勢力のひとつにして、より強大で過激な国家だ。最果ての森の東縁に位置し、北側と東側――最果ての森のおよそ半分を、自らの神域として守護している。
聖教国の民は、神の導きに従い、その教義を絶対のものとして疑わない。戒律に背く者は“異端”とされ、裁きを受ける。
異端審問官は、問答無用で罪を断罪し、裁きの炎で異端者を生きたまま炙り殺す。その頂点に立つのが――聖女アリア・セレスティア。
彼女は幼い頃、神託を受け、神の加護によって異能を授かった存在である。その力は控えめに言って世界最強クラス。幼竜の頃から育てたホーリードラゴンと共に、異端狩りのためなら自ら戦場へ赴くほどの戦闘狂。これが、聖女の真の姿だった。
彼女に狙われた者に、救いはない。――いや、それこそが最大の救いなのだ。
これが、誰もが知るこの世界の常識だった。
だが、海斗たち一行は、そんな世界の常識を知る由もない。
* * *
それは、神聖なる空を裂く異変だった。
セレスティア聖教国――この世界における最大教会勢力の“正しき信仰”を司る国。その中心、天の御座にて祈りを捧げていた聖女アリア・セレスティアは、異常な光に気づく。
金色の柱が、地上から天へと突き上がっていた。
通常、この世界において、そんな現象は起こりえない。光が“降る”ことはあれど、“昇る”ことなどない。
その柱が天に伸びた瞬間、空が一瞬揺らいだ。
まるで、神の法に逆らう禁忌の儀式。世界の法則が乱れ、神の秩序が崩れかける予兆。
聖女は眉をひそめる。
「……異端だ。強大な力が最果ての森から……」
その言葉は静かでありながら、断罪を告げる鐘のように重く響いた。
異端は、存在することすら許されない。それが、この世界の理。
彼女の瞳が、神の雷を宿すかのように輝き、ホーリードラゴンが空を裂くように羽ばたく。
その瞬間、世界はもう、海斗たちを見逃さない。
静かに、しかし確信を持って断じた。その瞳には、粛清を宿す冷たい光。
彼女はホーリードラゴンの背に飛び乗り、即座にその光の発生源へと向かう。
――異端があれば、自らの手で討つ。それが、聖女アリア・セレスティアの生き様だった。
* * *
「……なあ、おい。あの空の影、ヤバくないか……?」
背筋が凍る。視線が合った……気がした。
遠くの空に、巨大な影が現れた。白銀のドラゴン。その背に乗るのは、銀の鎧をまとったひとりの少女。
その瞳に宿るのは、粛清の冷たい光。
ライアとアリスは目を凝らして上空を見上げる。
ちょうど、コボルトの魔窟を発見したところだった。上空も気になるが、目の前の敵の対処が急務。
メリーヌが四つん這いになり、お尻を上げて尻尾をゆっくりと左右に振る――メリーヌの攻撃体勢だ。その緊張感、集中力、構えから放たれるオーラ、すべてが伝わってくる。
そして尻尾がピタッと停止し、真っ直ぐに伸びてふわっと逆立ったかと思うと、
「行くにゃ!」
言うが早いか、メリーヌはコボルトの脇を凄まじい速さで駆け抜けた。まさに弾丸。コンパクトに畳んだ両腕が青白く光り、そのまま流線形の残像を残して、コボルトの首を跳ね飛ばした。
コボルトは血しぶきを上げながらも、その場に立ったまま。
10メートル先で、両手をクロスさせたメリーヌが大股で踏み込み、急停止。低めの声で、静かに呟く。
「猫爪にゃ」
そして俺のレベルが2に上がった。上空も気になるが、まずはステータスを確認する。
「ステータス オープン!」
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名前:来栖海斗
種族:ヒューマン
年齢:22
性別:男
職業:ニート
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LV : 2
HP :80/80
MP :70/70
STR: 7
INT: 5
DEX: 8
VIT: 6
LUK:24
ポイント:9
コスト:10
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スキル:[デイリーボーナス] [デイリークエスト] [ガチャ] [カードブック]
耐性:なし
加護:なし
称号:なし
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HPとMPが10ずつ増えている。もしかすると、レベルアップごとに自動で増えるのかもしれない。
また、ステータスポイントが9。0だったコストが10になっていた。おそらく、MPが10増えたことで、コストも10増えたのだろう。
ポイントをINTに振れば、さらにMPが増えて、コストも同時に上がるはず。
9ポイントをすべてINTに振った結果、MPとコストが90増え、100になった。
「あと一回レベルアップすれば、ジェシカが呼べる……!」
だが、その希望は一瞬で凍りつく。
空の“それ”は、確かにこちらを見ていた。
メリーヌが俺のもとに戻ってくる。もう、コボルトどころではない。
コボルトの魔窟から距離を取り、上空を警戒する。
――それは、一頭の巨大なドラゴン。その背に、直立不動の少女。
風にすら揺れない。まるで無機質な冷気の塊のように、彼女は背を伸ばしたまま仁王立ちしていた。
右肩には、常人の背丈ほどもある巨大な鉄槌。その存在を支えるだけでも、只者ではないと分かる。
「……アレは……人か?」
ドゴゴゴゴォ!!
天から、何かが落ちてきた。とんでもない地響きだ。
それは巨大なメイス。銀色の金属の塊に、青と金の意匠が芸術的にほどこされていた。
その鋼鉄の塊が、垂直に落下し、大地を割って突き刺さる。まるで「ここが処刑場だ」と告げているかのように。
――その直後。
少女が一歩、空を踏み抜いた。
重力に従い、真っ直ぐに落下してくる。
風すら巻き込まず、ただ真下へ向かう直線の殺意。
ドンッ!!!
衝撃が地を揺らし、足元の土が跳ね上がる。
砂塵が舞い、空気が震える中、銀の鎧の少女は、何事もなかったかのように地に立っていた。
そして彼女は、メイスの柄に片手を添える。
地に深く突き刺さっていたそれを、まるで枝でも抜くかのように軽々と引き抜いた。
そのまま、無言でこちらへ歩き出す――。
衝撃が収まり、音が消える。鳥のさえずりも虫の鳴き声も、一切が止んだ。
聞こえるのは、自分の心臓の鼓動と、みんなの息遣い。そして足音だけ。
まるで“神罰”そのものが、目の前に現れたかのように。
アリアは真っすぐ、こちらへ向かってくる。邪魔な大木は、メイスで殴り倒しながら、一直線に進んでくる。
距離はまだ100メートルはあるか――。
「ご主人様は、メリーが守るにゃ!」
メリーヌが前に出る。二人の距離は、少しずつ縮まっていく。
「異端を見つけたなら、それを粛清する。それこそが私に与えられた使命。それこそが、救い。それ以外に、選択肢はない」
「アイツ……何を言ってるんだ? 頭は大丈夫か?」
メリーヌが戦闘態勢に――いや、耳を倒し、怯えている。明らかに、強敵に対する猫の反応だ。
まだ距離はあるが、振り下ろされたメイスが地面を砕く。
土が爆ぜ、衝撃波が周囲に吹き荒れる。それはまるで、世界そのものが、彼女の攻撃を拒めないかのようだった。
できることなら、俺が助けてやりたい……。だが、強い圧に足がすくむ。声すら出ない。
これは……マジでヤバイ!
銀の鎧の少女が、メリーヌに向かって手を翳す。
本能的に危険を察知したのか、メリーヌが一気に飛び出す。
すり抜けながらの攻撃――猫爪だ! 少女の脇をすり抜け、青白い流線形の光が走る!
ポージングまで決まった!
「その攻撃……さっき見たぞ」
次の瞬間、メリーヌは膝をつき、バタリと倒れる。
倒れたメリーヌを、メイスで殴り飛ばす。まるで容赦がない。
地面を転がり、背中から大木に激突する。
「メリーヌ!!」
駆け寄って容体を見る。辛うじて息はあるが、完全に戦闘不能だ……。
「ここまでにゃ……」
「しっかりしろ! メリーヌ!!」
メイスを背負った少女が、ゆっくりとこちらへ向かってくる。
「ご主人様は、私が守る!」
「守ります!」
アリスとライアが、震えながらも俺の前で壁になる。
――最後にジェシカに会いたかった……。
彼女なら、勝てるだろうか? いや、コストがあと60足りない。あと1レベル……なのに、上げる手段すら失った……。
――完全に詰んだ。
アリアが天を仰ぐ。その瞳には、一片の躊躇もない。
「……コンデムナティオ」
巨大な十字架の紋章が空に浮かび上がる。
空気が張り詰め、大地が軋み、世界そのものが“処刑の準備”を始める。
ライアとアリスの膝が、崩れ落ちる。
その瞬間、俺は悟った。
これは「攻撃」じゃない。――これは、ただの“処刑”だ。
俺の異世界ガチャ生活……ここまでか。
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