第16話 神の鉄槌 vs 悪に堕ちた正義
天すら彼女の意思を受け入れ、世界が息を呑むように風が消えた。
圧倒的な存在感。まるで雲の切れ間から漏れる光が、彼女だけを照らしているかのようだ。
勇者三条は、その光をまぶしそうに手で遮る。
次の瞬間——
ズゴオオオオオオ!!!
巨大なメイスが空を裂き、衝撃波が大気を震わせた。
勇者三条の目の前を轟音とともに掠め、城壁へと突き刺さる。
「チッ、外したか」
聖女アリア・セレスティアが、逆光の中で静かに呟く。
三条は間一髪飛び退いていた。だが、その内心は完全に冷や汗ものだった。まさか、これほどの力を持つとは……。いや、何となく予感はあった。しかし、実際に目の前で繰り出されると、話は別だった。
「ふざけやがって……!」
その声は、余裕の笑みと共に発せられた。だが、ほんのわずかに、指先が震えているのを自覚する。
そして——
聖女が降下する。重力加速を利用し、猛スピードで城壁へと落下。
シュタッ……
そのまま、突き刺さった巨大なメイスの柄の上に完璧な重心で立つ。
まるで、「ここが裁きの舞台だ」 と告げているかのようだった。
「勇者が、魔族を従え、建国?」
彼女の声は静かだった。しかし、内に秘める殺意は凄まじい。
「認めない……そんなものは、絶対に——認めないっ!!」
そしてこのアリアの叫びは、まるで神の意志そのもののように響いた。
「だが、俺は負けない……ッ!!」
声が震えた。 全身を怒りが駆け巡る。
「あの国王の奴隷になるくらいなら……」
歯を食いしばる。拳が震える。
「悪魔の王にだってなってやる!!!」
轟く咆哮。
その叫びは、怒りだけでなく 「決別」 だった。 過去への拒絶。未来への破壊。 己の運命に抗う、最後の意志。
「神がどうした!! 正義がどうした!!」
声が 喉を引き裂く。 鼓膜が破れそうなほどの 激情が爆発する。
「俺は……!!!」
震える息。絞り出す声。
「俺の自由を守るために戦う!!!!!!!!!」
先手必勝。俺様が上だ。くらいやがれ!!
剣先をアリアに向けたまま、槍投げのように後方へ引き、一気に踏み込んで剣を付きだす。剣技「絶空閃」自身の最高速度で突進し、空を切り裂き、何もかも断ち切る必殺の勇者奥義の一つだ。狙いは心臓——決めるなら、一撃で終わらせる。
しかし——
ガキィィンッ!!
剣が止まる。
止められた——いや、 寸分の狂いもなく、完璧に受け止められた。
——息を呑む。
アリアのメイスは微動だにせず、その防御はまるで神の意志が働いているかのようだった。
それはただの物理的な打ち合いではない。
——意志の違い。
彼女の動きには 迷いがない。 重心は 一点の曇りなく固定 され、剣の軌道を完全に見切っている。
そして、その手から漂う 神聖なる輝き。
俺の斬撃は、何か 見えぬ力 によって制御されるかのように、意図を削がれ、殺されていく。
「なっ……!」
剣に伝わる衝撃が違う。
ただ弾かれたのではない—— 根本から、戦意ごと封じ込まれた。
アリアの瞳が三条の目を捉える。
その瞳には、絶対の静寂が宿っていた。
この俺様が思わず目を見開いてしまった。全力の一撃が完全に止められた。この状況は、まずい。
およそ強者は、最初の一撃で、互いの実力差が分かるものだ。
ならばこうだ!
剣を頭上に大きく構え、ゆっくりと円を描くように大きく剣を回す。剣先の軌道が丸い光の輪になる。光の輪の中心へ剣を移し、剣先をアリアに向ける。剣技「螺旋斬」光の輪が中央に収束しながら凄い速さでアリアに向かっていく。これもまた勇者奥義の一つだ。狙いは腹部。腹をえぐり、背骨さえも砕き散らすだろう!
しかし——
またしてもアリアのメイスが、寸分の狂いもなく受け止めた。しかもメイスの先端を俺に向けて真っすぐに受け止めて見せたのだ。
アリアの瞳が静かに細められる。
「貴様、スキルを使うだけの戦闘しか知らぬな」
言わせておけば……!
俺の放った渾身の剣技は2度も完璧に防がれた。
周囲は一瞬で静まり返る。まるで世界から音が消え失せたかのように、すべてが止まったかのようだ。その中で、自分の心臓の鼓動がドクン、ドクンと耳元でうるさく響く。呼吸のたびに、スー、ハーという呼吸の音が、妙に大きく感じられて、喉の奥が震えるのがわかる。張り詰めた静寂が、皮膚の表面を這うように、じりじりと俺を追い詰めやがる。こちらからは動けない。次の一手を、相手の動きを、ただ待つしかないのか……
「くそっ……!」
弱気になりそうな自分を奮い立たせ、剣を振ってアリアに攻撃を仕掛ける。
矢継ぎ早に繰り出される斬撃——だが、それも。
ガカカカカ!!
悉く受け流される。
城壁の上での剣とメイスの激しい打ち合い。何度も打ち合ううちに、アリアは勇者の攻撃の特徴、体の使い方のクセをすべて見抜いていく。
「貴様の剣筋は理解した。もう、満足だ!」
その瞬間——
ドォォォン!!
メイスが振り抜かれ、勇者三条の体が吹き飛ぶ。城壁の上の柱に叩きつけられ、息が詰まる。
「これは……やべぇか……?」
身体が思うように動かない。何かが砕けたような感覚があった。
アリアの手が静かに天へと伸びる。
「エクスティルパティオ・コンプレータ」
その言葉が響いた瞬間、天が裂けた。
巨大な十字架が現れ、三条の体が拘束される。
腕が勝手に広がり、十字架へと張り付けられた。抗えない。これは、なんだ……!?
「待て……まだ俺は……!」
アリアが冷たく言い放つ。
「滅びろ」
——世界が光に飲み込まれる。
——その瞬間、遠く離れた王都の聖堂で、神官たちが天を仰ぎ、十字の光に跪いた。
「……この裁き、神の御業に非ずして、何をか言わん」
……そう、俺がガチャを引いた、その結果が、これだ。
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