第1話 全財産ニキ、異世界サバイバルはじめます
「う、うそだろ……?」
電気も点けず、暗い部屋の中。モニターの明かりだけが、ぼんやりとその顔を照らす。
絶望——その二文字が、べったりと貼りついていた。
床には飲みかけのエナドリ缶。デスクのモニターには、何度も確認されたであろうクレジットカードの明細画面が映っている。
ご利用金額:168,000円
残高:0円。
「は、ははは……俺の全財産……。今月、給料入ったばっかりなんだけどなぁ……。正確に言えば昨日も結構散財してしまった。なんで俺……ガチャに……」
頭を抱えて前屈みになる来栖海斗、22歳。
一応、地球では普通の会社員——いや、“だった”。
その現実逃避のために始めた新作MMORPG『異界召喚ガチャクロニクル』。
初回限定SSR2倍ピックアップに釣られ、気づけば全財産ニキ。
しかも結果は……。
「欲しくもないSSRばかり何枚も被り、どうしても欲しかったSSRが1枚も出ない!!」
部屋に響く悲痛な叫び。返ってくるのは静寂と、PCから流れ続ける「ガチャ爆死演出BGM」。
その時だった。
バチッ。
「……え?」
モニターが一瞬ノイズを走らせたかと思うと、床に白い光が浮かび上がった。
「な、なんだこれ……?」
光のラインが床を走り、幾何学模様を描いていく。まるで、ゲームの召喚陣のようだ。
それは次第に明るさを増し——
ドォン!
「うおおっ!?」
部屋全体を突き上げるような衝撃。そして突然、重力が増したように身体がズシリと重くなる。
床に膝をつきながら、海斗は叫んだ。
「ま、まさかこれって……そういうテンプレ!?」
光はさらに強く、眩しすぎて視界が白く染まる。
身体が引っ張られるように、宙に浮き上がり——
バチバチッ!
「ちょ、おい、俺の部屋っ! 俺のゲーミングPC……っ!」
そして次の瞬間、彼の姿は部屋から消えていた。
……眩い光の中で、意識がふっと遠のく。
次に目を開けた時、来栖海斗は、見たこともない場所に立っていた。
石造りの巨大なホール。高い天井、荘厳な装飾。ステンドグラスから差し込む光に満ちたその空間には、厳かな空気が漂っている。
「え……ここどこ……? てか俺、何も着ていない!」
すぐさまメイドらしき女性たちが集まり、衣装を着せられる。よくわからないが貴族にでもなった気分だ。少々恥ずかしいが、悪い気もしない。
服装を整えると、メイドたちは下がっていった。
「……これは、まさか……」
冷静に見まわすと、目の前には、金髪でティアラをかぶった美少女。
その周りには、ローブを着た老人たち。騎士風の鎧を着た男たち。
明らかにファンタジーな光景。
「ようこそ、勇者様! 我が王国へ!」
ティアラ美少女が、ぱあっと笑って両手を広げた。
すっげー可愛いお姫様みたいな女の子。たぶん、そうだろう。15歳くらいか?
周りを見渡すと、隣にも一緒に召喚されたであろう日本人男性が3人いる。
間違いない! これは異世界勇者召喚だ!
一人は茶髪のロン毛でニヤニヤしながら姫様を眺めている。見た目でわかる、絶対ロクな奴じゃない。定番のろくでもない勇者ってところか。
いや、人を見た目で判断しちゃいけないか。
もう一人はメガネをかけたサラリーマン風の男。こいつは多分まともな奴だろう。理知的な雰囲気だ。とはいえ、真面目すぎる奴は若干苦手なんだ。
そして一番奥にいる男。まるで興味なさそうに、だらしなく床に座ってるんだが?
つまりあれだ。俺がまともな勇者で、他はろくでなしってパターンで決まりだろコレ。そうだ、間違いない。ラノベでよくあるアレだ。
そしてその全員の視線の先には——
「……これより《職業鑑定》を開始する」
重厚な声が響く。
前に立つ白髪の長身男性。宰相らしき偉そうな人物が、手にした水晶のような宝珠をかざす。
「まずは、三条政希。職業……勇者」
ビィィン、と宝珠が輝き、金色のよく分からない文字が空中に浮かぶ。
ざわっ、と周囲がどよめく。どうやら王侯貴族や騎士団など、この世界の偉そうな人々が揃っているようだ。
「ふっ……当然だな」
ドヤ顔で胸を張る三条政希。イキリ主人公かよ……。
「次。宮本隆。職業……大賢者」
「ほう、私が選ばれたか。その事実そのものが、君たちの判断力の相対的な優秀さを証明している。だが、それはあくまで『正しい答えに辿り着けた』という結果論に過ぎない。私という絶対的なる真理が、君たちの思考回路を無意識のうちに最適解へと誘導した結果であり、君たちはただ、その摂理に抗うことなく従ったに過ぎないのだ。
つまり、君たちの選択は、まるで水が低きに流れるように必然的に私へ行き着いただけの話。選ばれた私が規格外に優れていただけだ。それ以外の解釈は、すべて無益な妄想に他ならない。」
眼鏡をくいっと持ち上げてポージングする宮本隆。
お前は自足型哲学者か! 何言ってるのかはわからないが、ちょっとだけ敗北感を感じたのは内緒だ。
「横峯浩一。職業……大魔導師」
「……帰っていい?」
座ってくつろいでやがる。だらしない態度のせいか服装も似合ってない。
そして……最後。
「来栖海斗。職業……ニート」
……え?
「は?」
空気が一瞬で凍った。
騎士たちは顔を見合わせ、「ニートとは……なんぞや?」と首をかしげる。
国王が立ち上がり、声を張り上げる。
「ニートなど聞いた事がないが、これは神託ではないのか?」
「「「「おおおおおおおお」」」」
「きっとすごい職業に違いない、新たな救世主ですぞ!!!」
その時——
「ハッ、こいつは働かないやつだよ。家に引きこもって、親の金で怠惰を貪っているだけのクズだ、それがニートだ!」
ドヤ顔で説明する勇者・三条。
「え、いや、ちょっと待って? 俺、ちゃんと働いてたぞ、ニートじゃないから!?」
慌てて否定する海斗だったが、宰相はすぐに判断を下す。
「……ふむ。戦力にならぬ者が召喚されてくるとは大変遺憾である。だが、転送陣で元の世界に返してやるからありがたく思え。」
「え、ちょ、ちょっと待ってくれよ!? 俺、なんかの役に立てるかもだし!? ほら、現代知識もあるしさ、多分!? いや、せめて観光くらいしてから帰りた……」
「用済みだ。さっさと帰れ」
三条が鼻で笑った。
足元に転送陣が浮かび上がり、眩い光が視界を包む。そして——
ニートはこの場から退場となった。
来栖海斗は、“異世界に召喚されたにも関わらず即帰還”という、前代未聞の屈辱を味わうことになる。
……はずだった。
「陛下、もしかすると転送に失敗したかもしれません。」
「よい、処分できたのだ。気にするな。」
……
目を覚ますと、そこは見たこともない森の中。
「……あれ? 戻ってなくね?」
虫の鳴き声。風の音。空気の匂いも、見たこともない密林のジャングル。
完全に異世界だった。
……まさかの放置プレイ。
これ、ガチで捨てられたってこと!? 異世界、雑すぎるだろ!!
「そりゃ観光したいって言ったけどさぁ、ここじゃないってば!!」
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