9話 中二病令嬢とお近づきになれるわけがない
平穏な高校生活を望む元中二病・真城一真。
登校初日に一真は、生徒会長であり久遠家の執事である"久遠理鶴"から、理鶴の義妹で一真のクラスメイトである中二病令嬢の"久遠小雀"の更正を、過去の黒歴史動画を脅し道具に命じられた。
クラス親睦会で小雀に関わってしまったら平穏が脅かされると再認識した中、黒歴史動画流出による社会的死と天秤にかけ、一真は小雀に接触することを決意する。
月曜日の朝。
すでに俺の心は完全に下校モードだった。
登校2日目にしてこのテンションの低さ。我ながら情けない。
理由は明白だ。
先週金曜、生徒会長・久遠理鶴から、“中二病お嬢様・久遠小雀”の更生を命じられたからである。
どうしてこうなった――なんて考えても、状況は変わらない。
問題は、ここからどう動くかだ。
(そもそも“更生”って、何すればいいんだよ)
そんなマニュアル、どこにも存在しない。
だが、俺にはひとつだけ確かな経験がある。
――中二病は“過度な肯定”と“真面目な質問攻め”に弱い。
かつての俺がそうだった。
技名の意味を真剣に問われたときの、あの羞恥地獄。
同じ地獄を味わってもらう。きっと、それが最短ルートだ。
(まずは……久遠小雀に話しかけるとこから、だな。)
そのための作戦は考えた。
会話しているところを見られれば、俺の“平穏な高校生活”が即死しかねない。
作戦決行は放課後だ――。
放課後になり、俺は久遠小雀が立ち去るタイミングを見計らっていた。
が、小雀が教室の席を立とうとした瞬間――。
「おーい一真、部活見学いこーぜ!」
クラスメイトの高瀬。タイミングが絶望的に悪い男。
「わ、悪い!俺ちょっと用事が――」
と、一瞬目を離した隙に、小雀の姿はすでになかった。
(……忍者かよ)
「ん? 用事ってなんだよ?」
「いや......。今無くなった。部活見に行こう」
作戦を修正して挑む火曜日の放課後。
邪魔が入る前に先手を打つ。帰りのHRが終わった瞬間に席を立ち、昇降口で待ち伏せる。
案の定、リュックを背負った久遠小雀が姿を現した。
(よし、今日こそは――)
だが、目の前に立った瞬間、言葉が出なかった。
(俺って……こんなにコミュ障だったか?)
かつての俺は、今の小雀を馬鹿にできないくらい、他人と会話が苦手だった。
高校デビューで何とか誤魔化してるだけで、本質は変わってない。
気づけば、小雀は靴を履き替えていた。
このままじゃ逃げられる。何か、何でもいいから話しかけろ。
「あ、あの~すみません。そ、そういえば先週……広場で……会いましたよね~。はは……」
最悪の切り出しだった。
数秒の沈黙。
そして、小雀は顔を真っ赤にして、うつむいたかと思えば、そのまま逃げ出してしまった。
(せめて声をかける前に名乗るくらいしとけよ俺……)
自己嫌悪に陥りながら、その日は帰宅した。
水曜日。放課後はもう無理だと判断し、昼休みに切り替える。
「なあ一真、昼メシ一緒に食おうぜ?」
「……悪い。ちょっと、用があって」
高瀬の視線が少しだけ怪しげだったが、無理やり振り切って教室を後にする。
小雀は、校舎裏の木陰で一人座って弁当を広げていた。
そっと近づいて声をかけると、肩をビクッと震わせ、立ち上がろうとした。
「ちょっと待って! 怪しい者じゃない! 話したいことがあるんだ!」
両手を広げ武器を持ってない戦法で話しかけ、何とか引き止めに成功。
「あの……先週、広場で言ってた“深淵より導かれし真理”について、聞きたいことがあって……」
会話の切り出しは意味不明だが、とにかく中二病に“真面目に質問”する戦法を実行する。
(これで、多少は恥ずかしくなって抑制されるはず――)
……だったはずが。
「っ!? それは……真理を延べし終焉の真なる王による教え。それを知りたくば、"理"に触れる必要がある……!」
めっちゃ嬉しそうに語り始めた。
しかも、その言葉のほぼ全てが、俺の影響を感じさせるワードばかり。
俺の影響で中二病が発症したと言われても否定できないほどに染まっていた。
だが、ここで折れては、今日近づけた意味が無になる。
まだだ。まだいける。
そう自分を奮い立たせた。
「そ、その……真理を延べし終焉の真なる王ってのが、理に触れるすべを持っているのか?」
小雀はさらにテンションを上げた。
「ふっ。特別に教えてやってもよい。“真理の黙示録”第3章『理について』第2節『理に触れる方法』第1項『理に触れる前の準備』曰く――赤き夕日が照らされる日、平行線の先に眠る――」
「やめろー!」
俺はその場でのたうち回った。
俺の黒歴史ブログの一節を、原文ママで読み上げられたのだ。
中二病を更生するどころか、俺の精神が焼け野原になった。
結局、一方的に語られ、小雀ではなく、俺が一方的にダメージを受け昼休みが終わった。
放課後。魂が抜けた俺に高瀬が声をかけてくる。
「お前最近、昼も放課後も姿消してんだけど……何してんの?」
「え? ああ……まあ、色々あって……」
誤魔化すのが精一杯だった。
「ま、いいや。お前の付き合いが悪い間に、俺は入りたい部活決まったから先行くわー!」
と、軽快に廊下を去っていく。
(付き合いが悪いって、たかが1日2日だろ……)
そんなことを思いながら、一人で昇降口へ向かうと――また、あの視線。
振り返ると、小雀が一定の距離を置いて後ろを歩いていた。
(ついてきてる……? いや、まさかな)
少し人通りが減ったところで、小雀が声をかけてきた。
「き、貴様に……昼に話しきれなかった“理”の補足をと思ってな」
(久遠家の教育、どうなってんだ……姉妹揃って“貴様”呼びって)
その後、彼女は所々詰まりながらも、楽しそうに語り続けた。
「普段もそんなふうに話せばいいのに」
ふと、そんな言葉が口をついて出た。
小雀はうつむき、小さく何かもごもごと言っていた。
けどすぐに顔を上げて、誇らしげに言った。
「まぁ、来たる日が到来すれば、我の咆哮に皆が膝をつくだろう!我の家はこっちだ!さらば!」
愛想笑いを返すと同時に、とある危機感も覚えた。
(……更生どころか、当初より悪化してないか?)
そう思いながら見送った背中が向かった先に、見覚えのある道があった。
(確かここ通ったことがあるな......この先が久遠家の別邸か……?)
当時の記憶が少しだけ蘇りながらも、更生の方法を考えながら帰路についた。
木曜日。明らかに視線を感じる。
授業中、廊下、移動教室中――ずっと。
(……小雀が、俺を見てる)
放課後、高瀬がひょいっと近づいてきた。
「なあ一真、お前さ……久遠さんと何かあるの?」
「なっ……なんでそうなるんだよ」
「いや、最近お前が久遠さんにと仲良く話しながら帰宅したり、昼休み一緒にいるって情報が入ってな。しかも久遠さん、今日なんかずっと見てたし。お前のこと」
(終わった……!)
このままじゃ”平穏な高校生活”に終焉を迎えると焦った一真は、咄嗟に口を開く。
「な、なわけないだろ! 今近づいたら“金目当て”とか“内申点目当て”とか言われるって! そもそも、あんな中二病お嬢様、誰が――」
思いもしないことを言いかけて、背後の気配に気づいた。
振り返ると、小雀が立っていた。
目に、涙を浮かべて。
「――っ!」
言葉をかける間もなく、小雀は走り去ってしまった。
金曜日。
謝ろうと思ったが、小雀は学校を休んでいた。
俺のせいだ。間違いなく。
重い気持ちを抱えたまま過ごしていた放課後、校内放送が鳴る。
『一年D組・真城一真くん。至急、生徒会室まで来てください』
呼ばれた。
そう。俺の、タイムリミットが――来た。
最後まで読んでいただき心の底からありがとうございます。
3幕構成で書いており、1幕までは毎日投稿予定です。
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