8話 中二病令嬢に関わりたいわけがない
平穏な高校生活を望む元中二病・真城一真。
登校初日、彼は中二病全開の令嬢と、眼光鋭い謎の女執事に遭遇。
眼光鋭い謎の女執事は生徒会長の"久遠理鶴"で、その妹が一真のクラスメイトでもある中二病令嬢の"久遠小雀"であったことが発覚し、さらに小雀が中二病になったのは一真の責任と言われ、過去の黒歴史動画を脅し道具に、小雀の更正を命じられた。
最悪な展開の中、一真はクラス親睦会へ向かう――。
親睦会の会場――というには少し大げさだが、最寄りのファストフード店に、クラスメイト十数人が集まっていた。
俺が合流した瞬間、最初に親睦会へ誘ってきた男子クラスメイト――たしか名前は高瀬が、テーブル越しに声を上げた。
「お、来た来た!」
俺が席につくと同時に、肘でぐいっと突いてくる。
「なあ、一真、マジで聞いてくれよ! さっきまで超盛り上がってた話があるんだ!」
初日とは思えない距離間に、妙に高いテンション。
嫌な予感しかしない。
「自己紹介で、声ちっさくて、なんか痛い格好してた女子いたじゃん?」
「あー……あの、ちょっと変わってる子な」
「そうそう! その子、名前が“久遠小雀”って言うらしいんだよ!」
――その瞬間、頭に生徒会室での出来事がよみがえった。
「へ、へ~……そうなんだな」
あえて抑えたトーンで返す。
「おいおい、反応うっす! “久遠”だぞ!?この辺じゃその名字、久遠家しかいないんだから、あれ絶対、久遠家の娘で生徒会長の妹だって!」
(それは知ってる。ついさっき、久遠理鶴――生徒会長本人に言われたばかりだからな……)
驚いたフリもできず、微妙な間が空いた。
「……なに、知ってたのか?」
「え、いやいやいや、知らないよ。えっと、その……姉妹って聞いてびっくりしすぎて、反応が追いつかなかったっていうかさ、あはは……」
笑ってごまかす。口元が引きつるのを、自分でも感じた。
「だよな~。姉のほうは“完璧”って感じなのに、妹のほうは、なんかこう……なんていうんだああいうの?変人?」
そこに、別のクラスメイトがひょいっと話に入ってきた。
「あー、ああいうのって“中二病”って言うんだってさ!」
「中二病? なんだそれ。一真、知ってるか?」
「は、はは……いや、聞いたことないな。なんかの病気か?」
――知ってる。
というか、俺はかつての“元患者”だ。だが、知らないフリをするしかなかった。
「中二病ってさ、思春期にありがちなやつで、なんか“自分は特別だ”とか思っちゃうやつ。やたら難しい言葉使ったり、自分のことを世界の中心みたいに扱ったり……ま、要するに“痛い”感じ?」
「へ~。久遠家ともなると、わりかしその解釈間違ってないけどな!」
俺はその輪の中に入りきれないまま、笑ってごまかすしかなかった。
自分がどれだけ“その痛み”を知っていても、いまそれを語る資格なんてない。
時間が経っても――“久遠小雀”に関連する会話が耳から離れなかった。
誰かがその名を口にするたび、勝手に反応してしまう。
声が小さくても聞き取れるのは、集中しているからじゃない。
”カクテルパーティー効果”というやつであろう。厄介な心理状態である。
「てかさ、久遠家の娘ってわかったら、近づきにくくね? 下手したら“金目当て”って思われるじゃん」
「生徒会長の妹とか、仲良くしたら“内申点狙い”って勘繰られそう」
「今日も誰かが誘ったらしいけど、逃げられたってさ。あれ完全に人避けスキルだよね」
「今無理に関わったら、“裏があるやつ”って思われる未来しか見えん」
笑い。軽口。誰も傷つけるつもりなんて、ない。
言われてる本人を除いて。
本人の前じゃできない会話は、悪意が無くても、立派な陰口だ。
だからこそ――たちが悪い。
クラスの空気は、もうできあがっている。
今"久遠小雀"に近づけば、確実に俺も“浮く”。
元中二病としての俺にとって、その空気は痛いほどわかった。
気がつけば、親睦会は解散ムードになっていた。
会計を済ませ、外に出る。夜の空気が、やけに冷たく感じた。
駅から家までの帰り道。一人、歩く。
中二病。
生徒会長の妹。
久遠家のお嬢様。
――地雷どころじゃない。存在そのものが爆弾だ。
けど、それでも。
(……関わらなければ、俺が終わる)
来週の金曜までに“改善の兆し”を見せなければ、俺は黒歴史動画と一緒に社会的に処される。
平穏な高校生活か。
社会的な死か。
選べと言われても、そんなもん――。
(……仕方ない)
なら、せめて“マシ”な方を選ぶしかない。
(そりゃ、うんこ味のうんこより、カレー味のうんこの方がマシだろ)
それが、俺の導き出した答えだった。
ただし。
(できるだけ目立たず、誰にも気づかれずに、久遠小雀に接触する)
最大限のリスク管理で、最小限の関与を――それが理想だ。
頭の中で、来週の作戦が静かに動き出していた。
気づけば、家の前に立っていた。
春の夜風が、やけに静かに感じる。
俺は来週に向けた決心を固めて、玄関のドアを開けた。
最後まで読んでいただき心の底からありがとうございます。
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